死者のコートと帽子
「特殊な家族構成なのね……」
マユは何かを考えている様子。
「あの姉妹は、祖父母と両親を、この3年の間に亡くしたんだ」
「不幸が重なったのね」
「もう一組の姉妹も、バス事故で母親を亡くした。……結果一本松家は4人姉妹になったんだ」
「そっちの姉妹は、父親とは血が繋がっていないのよね」
「そうだよ。母親の連れ子らしい」
「そして、なんでだか、継父の妹と娘も一緒に暮らしてる」
「敷地が広くて部屋数が多い家なんだ。……どさくさに紛れて、子連れで居候したのかな。厚かましい、って思うだろ。一本松家は元々兄嫁の実家。普通は押しかけないだろう」
「あ、でも一家の主婦が癌で亡くなったのよ。家事を担う役目で同居したのかも」
「どうだろ」
聖は椿と楓の荒れた手を忘れられない。
洗濯、掃除、炊事、それは、あの姉妹に押しつけられていたのではないかと
疑っている。
姉妹の母が、メンタル弱っているのにつけ込んで、満は一本松家に入り込んだかも。
無職と聞いて、良いイメージは描けない。妹まで無職とか、考えられない。
一本松家は、たちの悪いのと関わり合ってしまったのでは?
さらに今回の強盗殺人事件。
椿と楓だけが偶然助かった。それは天の裁きではないかとまで、思っていた。
ネット上でも特殊な家族構成へのコメントは多い。
概ね、資産家の一本松家のパラサイトだと、
当初、満と妹は攻撃されていた。
「毎月末50万、亡き妻の金を引き出して暮らしていた。パラサイト認定されるだろ」
「50万、一月の生活費としては高額なイメージなのね。けれど実際は質素だった可能性もあるでしょ。6人が住んでいる大きな家。光熱費、食費、学費。そして椿さんに仕送りしていたとしたら?」
「……メチャ贅沢でもないか」
「そうでしょ。満さんと妹は求職中だったかも」
「そっか。うさん臭い奴とは、まだわからないんだ」
聖は新しい情報が無いかとネット検索してみた。
すると、満の両親のコメントが出てきた。
(息子と娘と孫達を一度に亡くし、まだとても現実とは思えません。人に恨まれるようなことは無かったと思います。娘達の為に良い父親であろうと努力しておりました)
満の実家は金沢市内の旅館だった。
満は次男。長男が代表取締役であるらしい。
「創業200年の、高級旅館だって」
「実家が旅館。ホテルマンで経験を積んで民泊経営。そこまでは、うさん臭くないじゃない」
「うん。借金返すのにデリヘルの運転手してた、という話も、実家に無心しなかった偉い男と解釈されている」
「放蕩息子で縁を切られていたかも。本当のところは分からないわ。実家が裕福だと、SNS上での人物評価がアップするの?」
「かもね。あと出身校の偏差値も評価基準かな……進学校出身、国立大落ちで浪人せずに専門学校に行った。優秀認定だなコレは……被害者も履歴公表されちゃうんだよ」
「家族構成、バス事故の被害者だった事、優秀でイケメン、しばらくは話題になりそうね」
近隣住民のコメントも出てきていた。
(ご主人は、娘さんたちを毎朝車で学校まで送っていましたよ。帰りも迎えにね。中学も小学校も、遠いからねえ。優しそうな温和な人でしたよ)
「そっか。人里離れた、一軒家。学校も遠いんだ。送迎してたんじゃ、仕事にも行けないよな」
「犯人は、一家の誰とも関係ないかも。でも家の中の様子を知り得た人物」
「たとえば?」
「引っ越し屋さんとか、電気や水道の修業者さんの情報が、盗まれたのかも知れない」
「痕跡を残していると聞いた。警察は既に的を絞っているかもしれないね」
犯行に使われた電動植木バサミは、(現場の)家にあった物。
エアガンは犯人が持ち込み、なぜか置いて行った。
他に、
被害者の血痕が付いたコートとニット帽が、玄関に。
コレもなぜか捨て置かれていた。
エアガンはレアな輸入品で
18才以上が購入条件。
販売ルートは限られており
販売数は国内十数丁。所有者全員を当たるのは難しくなかった。
フード付きコートは
防水迷彩柄生地。裏ボア。
メジャーな戦闘ゲームの(架空組織の)ロゴが胸に入っている。
限定品で高価。
ニット帽はモスグリーンで手編み。市販の物では無い。
「ミステリーやで。……いや、ホラーかもしれんで」
また、夕方ふらりと結月薫が来た。
また、あんパン持って来た。
「和歌山署、行ってきたの?」
「うん。こっち(奈良)は暇やねん」
「で? また、あんパン貰ったんだ」
「うん。あ、この前と別の奴が呉れたんやで。
自分も、有名な剥製屋に厄払いしてもらおうって」
「厄を……成る程ね」
厄年の人が、厄を皆に分散する風習かと
やっと気付いた。
「カオル、要するに厄の一部を負担するって事だよね?」
あんパンは美味いが、
これ食べちゃってリスクはないの?
「ほんの一部やんか。助け合いの精神や。美しい習わしや」
「どうせ、俺は、災い(陰惨な事件)まみれで、毎年厄年みたいなもんだし、ね」
「しやで(そうやで)、セイは有名人やから。厄を引き取ってくれると、頼りにされてるねん」
「へええ、そうなんだ」
「大量生産の、あんパンと違うで。上等やで。俺大好きやねん」
薫は満足げな顔で、あんパンを食べながらビール飲んでる。
「で、なにがミステリーなの?」
「あんな。エアガンの所有者は判明した。ところがな、その男は死んでるねん」
「誰かに譲ったか売ったかじゃないの?」
「エアガンだけちゃうねん。現場に残された衣類も同じ男の所持品やった」
サバゲー仲間の写真に、現場に残されたコートと帽子で映っているという。
「いつ、なんで死んだの?」
「死因は脳出血。死亡日は11月下旬。遺体発見が1月2日。男は京都府宇治市のマンションで一人暮らし。32才フリーランスのタイル貼り職人。遺体発見は母親や。正月に徳島の実家に帰省するはずが、連絡は無いし電話も出ない。心配して様子を見に来たんや」
「ミステリーでもホラーでも無いじゃない。その人が死ぬ前に人に譲ったか盗まれたんでしょ?」
「マンションの防犯カメラに、最後に家に帰ってきた姿が残ってる。迷彩コート着て、帽子も被って。その後、母親が尋ねるまで、訪問者は無いんや」