エアガンと植木ばさみ
結月薫はその夜、神流剥製工房に来た。
「セイ、災難やったなあ。けど心配せんでいいで」
「俺も桜木さんも被疑者候補から除外されたってコト?」
「犯人は最低2人組。靴跡が残っている。今は現場の痕跡を徹底的に調べている段階や。犯人特定に繋がる証拠品も、おそらく出てくる」
「そうだよね。……まさか俺の髪の毛とか出てこないよな」
「なんや、まだ犯人にされそうやと不安なんか」
「だってさ、楓ちゃんに名指しされたんだよ」
「あ、それはな。『あの2人やった』、と断言したワケでは無く、聞いた声の特徴を問われ、喋り方が2人とも関西弁じゃ無かった、と答えた。……そんな男2人に最近会ってないかと追求され、楓は、そういえばと、セイと悠斗を思い浮かべてしまった。これが証言の詳細や。まあ、飲もうや」
薫は缶ビールと
赤飯のお握りと、あんパンを鞄から出す
「成る程。あの子はパニックになってた、って刑事さん言ってたもんな。……なんで赤飯と、あんパン?」
「和歌山署で貰った。セイと食べて、やて。いきなりの訪問のお詫びかな。それとも厄払いかな。……カンニンしたりや」
「そうれはもう。腹は立ってないよ。驚いただけ」
「それにしても残虐な事件や。たった50万の為に子供まで殺した。最初から皆殺しする気やったんや」
「50万?」
「現金50万、事件当日午後6時に、一本松満が引き出してる。それが消えていた」
一本松満は、毎月末頃に50万、引き出していたらしい。
「犯人はキャッシュコーナーで、見たのかな?」
「ありがちやな。尾行して家を特定。周りに家が無い、男は1人。イケると」
「満って人、あの姉妹のお父さん、なんだよね」
「うん。実父では無いけど」
「えっ? ……お母さんが再婚したのか。あれ? そういえば……お母さんと、椿ちゃんは事件の夜、家に居なかったんだ」
「お母さんは亡くなっている。長女の椿は京都の大学。左京区のシェアハウスにおる」
「そうなんだ」
「家族構成は、こうや」
一本松 登美子(1年前病死。享年46才)
椿(20才:登美子の連れ子)
楓(14才:登美子の連れ子)
一本松 満(42才:2年前に登美子と再婚。養子。旧姓佐川)
あかね(13才:満の連れ子)
あゆみ(10才:満の連れ子)
佐川 久美 (39才:満の妹。シングルマザー)
夢花 (11才:久美の子)
「佐川久美と娘は、1年前から同居や」
「椿ちゃんと楓ちゃんの母親が死んだ頃だね」
「そうやな。部屋数が多い家や。親子が入り込むスペースはあったんやろ」
「…入り込んだの?」
「久美は、ずっと無職みたいやで。つまり無収入」
「満さんが、妹の面倒見てたのか?」
「その満も無職やで。この1年は働いてない」
「えっ?……だって、毎月50万引きだしていたんでしょ?」
「生命保険や。登美子と、登美子の亡き夫、両親の生命保険が数千万」
「保険金をあてにして仕事を辞めた?……情けない父親だな」
「情けないと言うより、うさん臭い、かもな」
「怪しいって意味?……強盗に殺された被害者なのに?」
「うさん臭い奴には、それなりの人間関係があるもんや。今回の犯人は満の悪い友達かもしれんで」
「2年前に子連れ同士で再婚、だよね。その頃から、うさん臭い人だったの?」
「この男の履歴眺めていたら、怖いストーリーに見えてくるで」
一本松(旧姓佐川)満
大阪府内のビジネス系専門学校卒。
一流ホテルに勤務。10年で退職。その後起業(民泊事業)するも破綻。
多くの借金をかかえソープランドのマネージャ、デリヘルの運転手等、
職を替全国を転々と。
5年前に大阪に舞い戻り、デリヘル嬢Aと入籍。
Aには前夫の間に2人娘がいた。
それが、あかね、と、あゆみ
「ええーっ。その子たちはAの連れ子?……Aと別れて満が2人の娘を育てていたの?」
「複雑やろ。Aとは別れたんやない。Aは観光バス事故で死んだ。3年前、北陸であったバス事故の被害者や」
「あ、なんか、あったよね。雪道でスリップして……温泉宿に向かっていた客が10人くらい亡くなったんだっけ」
「そう、それや。あのバスにはな、一本松登美子夫婦と、登美子の両親も乗っていた。そして登美子の両親と旦那が死んだ」
バス事故の被害者。
それが一本松登美子と
佐川満の出会いだったのか?
「事故から、1年後に2人は入籍している。登美子は一本松家の一人娘や、前の夫も養子やった。佐川も、死んだ前妻の娘2人共々、一本松の姓を名乗った」
「血が繋がらなくても、満さんにとっては自分の娘達、だったんだろう。お互い2人の娘を連れた再婚。悲惨な事故が縁で、ステップ家族が出来上がったのか。これは、うさん臭いというより、ドラマチックだけど」
「登美子が死なんかったらな。感動的なドラマみたいやけどな」
「病死でしょ。悲劇だけど、やっぱりドラマチックだよ。波瀾万丈の末に、ようやく平穏が訪れたところで、あっけなく主人公が死んでしまう」
「病死やけど、突然死ではない。癌やってん。バス事故の前にな、転移が見付かったらしい。ショックで心塞いでいる登美子を、少しでも癒やしたいと一家で温泉旅行に……」
登美子は余命宣告を受け絶望していたかも知れない。
それでも両親と夫の気遣いを受け入れ、温泉宿に向かった。
途中、思いがけない事故
自分が先に逝く筈が
愛する両親と夫があっけなく亡くなってしまった。
どれほどショックだったであろう
残酷すぎる運命に心は壊れたかも知れない。
「これ以上無い程不幸な44才の女の前に、同じ事故で妻を亡くした、40才には見えない若い、イケメンが現れたんや」
薫は携帯電話の画像を見せた。
まず、登美子の生前の画像。
目は落ちくぼみ、顔色は悪い。
弛みと濃い染みは厚化粧でも隠せない。
2人の娘に似ていない、ずんぐりとした体格。
色気が全く無い。既に老いた女の姿であった。
満は
とんでもなく若々しい。
長身で手足と首が長く、細面で頬はふっくら。
二重の大きな目は若干垂れ目で、それが優しい印象を与える。
この、中性的な色気はなんだ?
持って生まれた個性か。
裏社会を生きて身につけたオーラか?
「金持ちで、じきに死ぬオバハンや。満が金目当てで登美子に接触し、うまいこと夫になったかも、と邪推したくなる」
「サスペンスドラマみたいなストーリーが、浮かんじゃうんだ」
「うん。満の悪行を知っている仲間が、犯人の可能性、どうや?」
満は、イケメンな上に元ホテルマンで
立ち振る舞いが洗練されていた。
そして風俗嬢の世話もしていたので女性の扱いに慣れていた。
登美子の心を奪い意のままに出来たのでは?
厚かましく妹親子まで呼び寄せている。
一本松家の財産を乗っ取る計算で、登美子に近づいたのでは?
「しやけど、犯罪ではないねんで。財産目当ての結婚は犯罪ではない。なんぼでもある話や」
「財産目当てか、どうかなんて、他人が証明できないでしょ。本当のところは本人にしか分からない」
「そうやけどな。犯人は被害者の顔見知りの可能性も有るんや。一本松満と妹の佐川久美の交友関係は徹底的に調べるやろ」
「行きずりの、銀行から尾行して来た奴の犯行ではないの?」
「公表されてないが、凶器はエアガンと電動伐採機らしいで。電動植木ハサミ、やな。
犯人は最低2人。1人が高性能のエアガンで眼球を撃ち、もう1人が植木ばさみで首を切っている。被害者に大きな抵抗の形跡はない。布団の中で死んでいた」
一本松家の敷地には三棟建っている。
古い木造瓦葺きの母屋の2階に
満と2人の娘が寝ていた。
鉄筋コンクリートの2階建の1階に
佐川久美と娘が寝ていた。
楓は平屋の離れに寝ていた。
「家の間取りも、寝室がどこかも知っていた可能性がある」
楓が居た<離れ>も、戸が開けられていた。
楓が先に押し入れに隠れていなければ同じように殺されていたであろう。
「楓は時々、椿のところに泊まりに行っていた。犯人はその事情も知っていたと考えられる」
聖は今更のように、事件の残虐さに、ぞっとした。
エアガンで眼球破壊
気が狂うほどの痛みとショック
そのうえに電動ハサミで。じくじくと、首を切られるのだ。
これは、拷問ではないか?
金目当ての犯行の口封じとしても
これほど残忍な殺人は例がないのでは?
犯人は悪魔のようなサディストか?
いいや、ちがう。
包丁を使わず
エアガンと電動ハサミ、なのは
…………。
「……セイ、……エアガンで大きなムカデ撃った事があったなあ。……今なんか、思い出した」
薫は新しいビール缶を開けながら呟いた。
「……あったね。此処で、だよ。大きなムカデ。シロも吠えてた。あんなのに刺されたら病院行きだと、びびった」
聖も、なぜか同じシーンが頭に浮かんでいた。
2人、6年生だったか。
雨が続いた秋の、ある日。ここでゲームしていたんだ。
巨大なムカデが、天井から落ちてきた。
「あんなんが、同じ空間におるのは落ちつかん。虫を殺すのは可哀想やけど、アイツだけは生かしておけんと、エアガンで撃ち殺したな」
「……エアガンで撃っても、まだ動いていたんだよ。……だからさ、柄の長い植木ハサミで半分に切断したんだ」
赤い腹を見せてうごめくムカデは気味悪かった。
触りたくない。
間近で見るのも不快だった。
ああ。そうか
人殺しの道具が
エアガンと電動ハサミ、なのは
…………。