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聖のアリバイ

1月30日深夜

2人組の男が一本松家に侵入した。

寝ていた5人を次々に殺害。

家の中は物色した形跡が有り

現金、カード、宝石類が盗まれている。


この家には事件当時6人が在宅。

1人離れで寝ていた次女(中学生)は難を逃れた。

犯人達が去った後この次女が110番した。

警察、消防が現場に到着したのは午前4時。

犠牲者5人は刃物で刺され心肺停止状態であった。

これが翌日報道された事件の続報だ。


聖は記事の次女は楓かもしれない、と思う。

しかしまだ想像の域。

ビーグルの剥製は完成にあと3週間位。

宅急便で送らず、持参しようかと考えている。

自分で待っていけば、事件の家か違うか、はっきりする。

たとえ事件の家でも、姉妹の無事は確かなのだ。


あの姉妹が、大変な目にあったとしても

自分は慰めるような関係では無い。

注文を受けた剥製屋に過ぎない。

と、

所詮他人事、であった。



2月15日:朝8時


ドアをノックする音と

「カミナガレさん、いたはる?」

 と

男の大きな声


聖はシロと朝食中、だった。

(ベーコンとチーズと薄切りトマトをバターで焼き、

フランスパンスライスに挟んだホットサンド)


朝っぱらから誰?

宅急便の配達?


印鑑握ってドアを開ける。

粉雪と一緒に冷たい風が入って来る。


フード付きコートを着た男が2人

傘も差さずに立っていた。

似たようながっしりした体型の

似たような顔した2人が。


「カミナガレセイさんですか?」

右側の男がやけに大きな声で聞く。


「はい、そうですけど(アンタら、誰?)」

左側の男が

「和歌山東署のタシロです」

と、身分証明書を見せた。


「刑事さん?……なんで?」

思いがけない、すぎる。


「一本松楓さんをご存じですね」

タシロが、顔を近づけて聞いてきた。


「はい。……剥製の依頼を…お客さんです。お姉さんと一緒に、」

答えながら勝手に頭は巡る。

和歌山警察、

やはり、一本松家は、あの姉妹の家だったかと。

でも、俺に、何聞きに?


「署までご同行いただけませんかね?」

タシロは不躾な視線を聖に向けて

強い調子で言った。


聖は「はい」とは言えない。

分けが分からない。

事件の被害者に剥製の依頼を受けただけ。

警察署に出向いて話す情報などない。


「お話があるんだったら今、此処で伺います」

中に入れと手袋を付けた手で、室内を指す。

刑事達は顔を見合わせ、うなずき合い

三歩進み、中に入って来た。

聖は、まず、ドアを閉めた。


「一本松楓さんの家族が被害に遭った殺人事件はご存じですよね?」

タシロが聞いてきた。

もう1人の刑事は部屋の中を見回している。

シロはサンドイッチを咀嚼中で

(誰?)と顔だけこっちに向けた。


「ネットのニュースで知って、お客さんの家かも知れないと。同じ名字なだけかも、とも」


「そうですか。神流さん、実はねえ。楓さんは、男2人が侵入したのをね、庭から聞こえた話し声で知り、押し入れに隠れたんです。続いて家族の悲鳴を聞きました。……室内を乱暴に物色する音も、聞きました」


楓は見付かれば殺されると思った。

音を立てれば見付かると、悲鳴を上げそうになる自分の口を押さえた。


「パニック状態やね。犯人達が家から出て行く気配は察知しはった。けど、声を出したら見付かってしまうと、戻ってくるかもしれないと、怖くてね、その後も長い時間息を潜めていたんやそうです」


「……?」

聖は、どうしてこの話を自分に聞かせるのかわからない。


「楓さんは絶対、と言ってるわけでは無いんですがね……男2人の声に聞き覚えがあると、」

タシロは、そこで言葉を切って聖を真正面から指差した。


「へ? え、えええーーっつ」

聖は息が続く限り、叫んでいた。

だって、そんな、なんで俺が?


「剥製屋と山田動物霊園スタッフの声に似ていたと、関東弁の喋り方に聞き覚えがあったと楓さんは、言うとるんです」


「は? は、は、は」

 これには笑ってしまった。

 桜木さんと俺?

 なんでそうなっちゃったの?

 楓ちゃん、ひどくない?

 

馬鹿馬鹿しくて身体の力が抜けてきた。


「被害者の証言やから、30日の夜、どこに居たはったのか、聞かなアカンのです」

 タシロは手帳を取りだした。

「へっ。それって、アリバイ? 1月30日、此処に居ましたよ」

考えもせずに答えた。

俺は大抵、夜は家に居る。


「お一人で?」


「犬と」

 言えばシロが寄ってきて(クワン)と吠えた。


「この犬、だけですか」

タシロ刑事は慎重に確認する。


……もしかして俺怪しい?

……アリバイ、無いじゃん。


聖は自分の置かれた状況が、楽観視出来ないと、気付いた。


アリバイは無い。自由業で現場からそう遠くない場所に住む男。

被害者から名指しされてるんだ。


ぞっとして、30日夜の記憶を真剣に辿る。

しかし、あやふや。

携帯電話をチェックする。

誰かとのラインのやり取りで思い出すかも。


30日、……結月薫からのラインがある。

(今晩大晦日の続きやで。悠斗も行くで)


あ、そうだった。

カオルと桜木と3人でゲームした、あれが30日の夜だった。


「30日、一人じゃ無かった。桜木さんも一緒で、奈良県警の結月薫と、」

聖は嬉々としてアリバイを語った。


刑事2人は

(ユヅキの連れでしょ。ほら、やっぱこの人、ここらの、えげつない事件に……)

(お前、ユヅキと大学一緒やろ? 奈良県警に確認して)

ボソボソ話し合い、

「また、ご連絡するかもしれません」

と最後に言って出て行った。


2人が去った後、聖はこの不測の事態を現実と受け止められず

しばらくボンヤリしていた。


「ワン、ワン、クワン」

とシロが吠える。

もっと、ご飯、と要求している。


「そうだ、朝ご飯の途中だった。停止してる場合じゃ無いぞ。何はともあれ朝めし食って、それから……カオルと桜木さんに知らせよう」

 事のあらましをラインで知らせると

 すぐにカオルから電話。


「心配いらんで。セイと悠斗がな、真剣な顔してコントローラ握ってる動画、あるねん。位置情報、撮影時刻明白や。完全なアリバイで」

「そうなんだ」

 嬉しいが、動画撮っていたと全く知らなかった。

 

薫は、和歌山署に行く、と言った。

 こっちから出向いて事件の情報を聞いてくると。

 話す声は、楽しげだった。

 


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