人間の領地に足を踏み入れた犬
暫く人の姿のまま進み、人気の無い所で変身を解いた。一旦背伸びをしリリーに巨大化の魔法を掛けて貰った。全身に電流が走る様な痛みの後、身体は大きくなっていた。
「大きくはなったが、痛いな」
「初めての巨大化じゃからの」
「じゃあ、リリーが前に乗って後ろからカルラがリリーが落ちない様に俺の毛を掴んでくれ」
当然の如く言葉が通じない為リリーが通訳した。恐る恐る背中へと乗ったカルラだが、毛並みの質感に頬を緩ませていた。
(自分じゃ触れないからなぁ……)
捕まれと声を掛けて、地面を蹴った。巨大化している分動きも大きくなっている。一蹴りの距離も延びスピードかなり速い。人の気配をリリーが察知するとそれを避けながら、カルラの案内で道無き道を進んだ。暫く走って居るとカルラが昼食にしようと言い出した。確かに喉も乾いて居たのでそれを了承し、近くに有る水辺へと移動した。
「人の気配は無いから安心すると良い」
「そうか」
二人が背中から降りた所で変身をした。身体中が軋む様に痛い。日頃運動を怠って居たからだろうか。これからは適度な運動を心掛けようと心に決めた。
「簡素だが飯を持って来た。良かったら食べてくれると有難い」
「助かる。カルラの料理は美味い」
「そんな真顔で言われると笑っちまうよ。飲み物はお茶しか無いけど良いかい?」
「構わない。喉が乾いてたから嬉しい」
「そりゃあずっと走ってたもんねぇ。しかも私らを乗せたままだし。本当にありがとう。この感じなら結構早い時間に着けるよ」
昼食を済ませ少し休憩をしている間に巨大化魔法のコツを教えて貰った。どうやら魔法はイメージが全てな様だ。イメージが定かでは無いと中途半端な魔法となり危険らしい。それならばと某特撮ヒーローまではいかないが、先程の大きさに巨大化するイメージをして魔力を流すと痛みも無く巨大化する事に成功した。再び二人を背に乗せ駆け出した。
休憩の前よりも移動距離は短く、まだ日が登っている間に糞貴族が居る町の近くまで来る事が出来た。ここからは人の姿で進まなければならない。
「凄いな……本当にこんなに早く辿り着くとは思わなかった」
「まぁ帰りの事も考えれば遅い到着にはなってしまったけどな」
駆けている最中に魔獣と悟られない様にするにはどうしたら良いかとリリーに問い掛けていた。元が人間だから魔獣が人化した素振りは殆ど無いが、魔力には人とは違う物がある為なるべく魔力を抑える位しか対応は出来ないという答えだった。魔力を抑えるには気持ちを鎮め、自分の中にある魔力を抑え込むイメージを強くするらしい。魔法のある世界は常に頭を使わなければならないため、頭痛が常駐しそうだ。
「この世界は頭が痛くなる」
「慣れじゃ慣れ。飲み込みの早いお主なら難無く魔法を発動出来る様になるじゃろ」
変身し人になってからストレッチをする。
「そうだと良いけどな。で、カルラ。糞貴族の家に行ってどうするつもりだ?」
「まずは対話を望んでみるが……ホルガーがあの状態だ。厳しいだろう」
「相手が殺る気になったら、どの程度戦えるんだ? 女が男の力に勝てるのか?」
問い掛けにカルラは口角を上げて答えた。
「長代理の私が男に劣るとでも? お前の居た世界ではどうかは知らないが舐めて貰っちゃ困るね」
「そうか。頼もしいな。俺は殺し合いとは無縁だったから戦力にはならないだろうが、出来る限りの事をしよう」
「そうなのか。だったら集落に戻ったら稽古でも付けてやろうじゃないか」
「それは助かる。人型での戦い方も知りたいからな」
和やかな空気の中、糞貴族の元へ足を進めた。人が居る中を歩いて居るが、こちらを気にする者は居ない為バレては居ない様だった。
「ここだ」
カルラが立ち止まった糞貴族の家は普通の一軒家よりも大きい屋敷という印象だった。屋敷の前で留まっていると扉が開きメイドが出て来た。
「旦那様がお会いになるそうです。中へご案内致します」
「待て使用人。私達はまだ何も言って居ないが」
「……その子を買うと仰って居ますので」
「は?」
「……中へご案内致します」
メイドは顔色一つ変えないが、どこか苦しんで居る様にも感じる。この女も買われたのだろうか。門前払いも覚悟していた為対話を望めるならばとメイドに付いて行った。客間に通され旦那と呼ばれる女の子供を買う糞の面を拝む時を待った。扉が開き姿を店たのは中年太りの小綺麗な男だ。男はリリーを見るなり近寄り間近で品定めでもする様に観察している。リリーは真顔で、無視をして居る。
「これはこれはとても良い女子ですなあ。さっそく金額の交渉に入りましょうか」
舌舐めずりをした男が対面する形で椅子に座った。男よりも先に話を切り出したのはカルラだった。
「まず、ホルガーという男が尋ねて来たな。その妹を引き取りに来た。先に金は払っているのだから問題は無いよな」
「ホルガー? 知らない名だな。ここには誰も来ていないが」
「シラ切るのか。ホルガーは一命を取り留めた。剣聖団に真願書を出す手筈も整っている。そちらがその態度ならこちらもそれ相応の対応をさせて貰うぞ」
男は舌打ちし、掌を二回叩いた。そして図体のでかい男が四人入って来た。ホルガーは奴等にやられたのだろう。とてもじゃないが彼には勝てる要素は無い。
「女の子供は無傷で捕らえろ。他は好きにして良い」
「了解だ」
男が部屋を出て行くと入口を塞ぐように男達は陣取って居る。もう少し対話が出来ると思って居たが直ぐに殺り合いになるとは頭の悪い人間だ。
「主よ。我が出ても良いかの? 少々……不愉快だ」
「殺さない程度に頼む。後、危ないと思ったら即座に離れろよ」
「当たり前じゃ。カルラも下がって居れ」
カルラは拳を握り締めリリーの言う通りに後方へ下がった。前に出た女の子供に、男達は笑い出した。
「お嬢ちゃん、わざわざ捕まりに来てくれるのか? 自分を差し出すから二人を助けろって」
「ふん。デカい図体して居っても頭の中は空っぽなのじゃな」
「あ? 傷付けるなと言われたが、少し位手荒な真似しても許されるんだからな!」
男の一人がリリーに拳を振り上げた。反射的に庇おうとしたがリリーはそれを制し、手を男へ軽く振った。男の動きは何故か止まり、少しの間の後、男の肘から下が切り離され床へと落ちた。血飛沫を撒き散らしながら男は狂った様にのたうち回って居る。その様子を見てもリリーの表情に変化は無い。
「まとめて来たらどうじゃ」
男達は顔を赤くしリリーの挑発に乗ると、三人同時に襲い掛かる。再び手を数回払うと、男達は地面に寝転んで居た。脛から下が切断され歩く事が出来ない上に、かなりの出血をしている。
「本当はホルガーが受けた痛み味わせる為に顔も焼きたい所じゃが、お主らがその痛みに耐えられるとは思えぬ。次は無いと思え」
男等は腕や脚を斬られた痛み、精神的な痛みも相当な様子で中には失神している者も居る。自分自身も目の前の光景にショックを受けるかと思ったが、そこまで精神的ダメージを負わず、ただ痛そうだと思う位にしかならなかった。魔獣だからだろうか。
「カルラ、大丈夫かの?」
「あ、え、ええ……リリーは本当に強い魔術師なんだね」
「そうじゃろ? 頼ってくれて良いのじゃぞ!」
「う、うん……」
胸を張り笑顔を見せるリリー。その足下に転がる図体の大きい男達と手脚に血溜まり。地獄絵図に迷い込んだ女の子の様に見える。
「まぁ、こいつらは放って置こう。目的は妹の奪還。それと出来れば金を取り戻そう。搾り取れるだけ絞り取ってやる」
「お前……前の世界で悪どい事でもしていたのか?」
「は? 健全な一般人だったけど」
「そ、そうか。顔が悪どい笑みを浮かべて居たので、そういう職業をしていたのかと……。まあ何でも良い。取り敢えずあの糞にもう一度対話を望もうとしようか」
部屋を出るとメイドが立っていた。顔色は変えていないものの、全身が震えている。
「すまないが、旦那様の元へ案内をしてくれるだろうか」
「で、ですが……」
カルラは震えるメイドの両肩に手を乗せた。
「お前も買われたのだろう」
「……そう、です。だから旦那様に逆らったら私は……」
「それなら私達と来ると良い。私の居る集落で働けば衣食住は心配無い。魔族領になるが、腕の立つ奴等も居るし大丈夫だ」
「……」
「どうする?」
「……旦那様の元へ、ご案内致します」
メイドは肯定はしないものの、カルラの提案を受けたのか案内を始めた。