言葉が通じない事がもどかしい犬
部屋の中は木造りのログハウスの様な物で、必要最低限の物が揃っているだけだった。
(長っていうから着飾ってるかと思ったが、そうでもなかったな)
木製の椅子に座る様促され、ホルガーとリリーが着席した。俺は座れない為リリーの隣に座る。どこかへ行っていた女はお茶を持って戻って来た。
「私はこの集落の長代理をしているカルラだ。それで、お前は捨て子らしいけど……本当なの?」
「そうじゃ。我の存在が鬱陶しくなった者によって、この魔族領内に捨てられ封印されて居たのじゃ」
「……我が子を捨てた上に場所は魔族領。その上封印? 何よそのふざけ倒した内容。胸糞悪い……。良く生きて居たな。でもどうやって封印を解いたの?」
「このワルディリィが解いてくれたのじゃ」
カルラは驚きと疑念が入り交じった表情で俺を見詰めた。魔物はそんなにも信用が無い生き物なのかと溜息を吐いた。
「魔獣が人種を助けるなんて有り得ないわ」
「嘘等では無い。本当の事じゃ。我の魔力を使用した封印は己では解けぬからの」
「うーん……今その魔獣を名前で呼んだよな。使役して名付けた上で手伝わせた、とか?」
リリーは首を横に振り否定した。
「逆じゃ。我がこの者に隷属し、リリーと名付けて貰ったのじゃ」
「は、い? ま、待って……魔獣に隷属しているの!? それこそ嘘だ!!」
「本当の事じゃ。我が望んで隷属したのじゃ。別に咎められる事では無いじゃろ?」
「魔獣に隷属だなんて、お前は何を考えているんだ!!」
テーブルに手を叩き付け立ち上がったカルラ。リリーは僅かに眉を寄せ口を開いた。
「……お主に我の何が解るのだ。生まれた時から名付けられもせずに邪険にされ仕舞いには捨てられ封印じゃぞ。そこへこの者が現れた。言葉を交わし、生きる事を諦めていた我に温かさをもたらしたのじゃ。死んだも同然の我が、この者と共に在りたいと願う事の、何が悪いと言うのじゃ」
「それは……でも……」
カルラは言い返す言葉も無く、椅子へ腰を下ろす。沈黙が漂う中、ホルガーが飲み物を口にして話し始めた。
「俺には兄妹が居てな。貧しくて今日の食事さえまともに取れない時が有るんだ。親は早くに死んだから俺が妹を育てるんだって頑張ってた。でもある日妹を引き取りたいって貴族が現れてな。俺は拒否したが妹は……」
拳を握り締め話を続ける。
「妹を連れ戻すには金が要るんだ。さっき手伝ってくれた分で目標額には達した。お前らには感謝してる。魔獣に助けて貰うとは思わなかったけど、お前は普通の魔獣とは違う気がするんだ。暖かみっつーのかな。他の魔族には無い物が有るんじゃないかと思ってる」
俺を見たホルガーとリリーが笑顔を見せる。別に嬉しいとか感情は無い筈なのに、尻尾はゆらゆらと揺れている。脳と尻尾は別物なんだろうか。
「ホルガーを助けてくれた事には感謝をしている。だが、やはり魔獣に隷属するなど理解出来無い。その上名付けまで……。どういう意味を持っているのか理解しているの?」
「当たり前じゃ。寧ろ我はそれをこの者に伝えずに契約したからの。事後報告じゃ」
「被害者は魔獣の方だった……?」
頭を抱えるカルラ。話が進まず平行線のため、痺れを切らし人型へと変身した。その光景を見たカルラとホルガ―は席を立ち武器を構えた。
「自分の常識が、他人の常識だと思うな。押し付けるなよ。お前が何を言おうと、この契約は消えない。俺とリリーは運命共同体。だからこそ、俺もリリーも絶対に生きなければならない。世界中の者が否定しようが関係ない。で? 俺との契約を否定して、お前はリリーをどうするつもりだ? 責任をもって育てるとでも言うのか? どんな過去が有ろうと決して離さず、手を差し伸べると言うのか?」
武器を構えたまま何も言わない二人を他所に、リリーは立ち上がり席を譲ろうとした。
「良い、お前が座ってろ」
「ならぬ。お主は我の主じゃ。隷属している我が座って居てはおかしいじゃろ」
「そんな立ち位置は要らないんだが。良いから、座れ」
「ぬっ」
隷属の魔法が効き立って居たリリーは元の席に座った。顔を見るに凄く不服そうだが、この状況で俺が座れば、人種を下に見る魔獣と位置付けられてしまう可能背がある為仕方が無い。
「なんじゃ。我の気持ちを蔑ろにするのか」
「気持ちだけ貰っておく」
「ふん。……撫で回させてくれぬなら機嫌は直らぬぞ」
「……検討しよう」
「本当かの? ならば我の機嫌は良くなったのじゃ!」
「単純過ぎるだろ」
このやり取りの中漸くカルラは動き出した。武器はそのままに椅子へ腰を下ろし、そしてホルガーは武器を片付け座った。
「……人化する事が出来るのか」
「リリーに教えて貰った。何か問題でも有るのか?」
「いや……一つ聞きたい。お前の目的は何だ。人種を殲滅する事か?」
全く持って的外れな事を言われ思わず笑った。それを見てカルラは武器を持つ手に力を込めた。
「何でそんな事を俺がしなけりゃならないんだ? 俺に何のメリットがある」
「メリット? それが何を意味するのかは解らないが、こちら側に敵意は無いんだな?」
「寧ろ敵意が有るのはそっちだろ。まぁ手を出されたらこっちも殺らざるを得無いけど」
「……わかった。武器を仕舞おう」
「で俺の目的か。うーん……美味い飯を食って不自由無い生活を送る事、だろうか。この姿になったのも、美味い飯を食う為だしな。後はそうだな……」
視線をリリーへ向けると微笑み返して来た。
「後はこいつの仇を取る事だろうか。うん。これ位だな……って、お前ら何でそんな目で見ているんだ? この答えじゃ納得いかないのか?」
三人全員が驚いた表情をしている。自分の答えに驚く部分があったのか考えても解らない。
「ま、待て。魔族側のお前は人種を殺さないのか?」
「だから言ってるだろ。人間が俺達に敵意を向けたら応戦はするって。それが魔族だろうと変わらない。まぁ状況が変われば動くだろうけどな」
「……仇を取るというのはどういう事だ?」
「自分等の都合で子供を危険な場所に置き去りにして封印したんだぞ。そんな事許されていい訳が無い。それ相応の報いを受けるべきだ」
腕を組み述べるとリリーが服を引っ張った。
「お主! そんな事我は聞いてないぞ!」
「言ってないからな」
「だ、駄目じゃ! そんな事をしたら国が」
「国? 国がどうした?」
「……お主には幸せに暮らして欲しいのじゃ。我の事等放って置いて構わないのじゃぞ」
「いやいやいや、今更そんな事を言われてもな。大事な事を黙ったまま契約した癖に」
「ぬっ……それは、その……すまなかったのじゃ……」
俯いたリリーの頭をこれまで本人にされたお返しに撫で回した。髪が無造作になるが、リリーは抵抗せずされるがままだった。
「……取り敢えず、俺達に今お前らに敵対する意思は無い。それは理解して欲しい」
カルラは瞼を閉じ考え始めた。ホルガーはそわそわとし、カルラに対して言葉を発した。
「カルラ、信じてやってくれないか? 確かに魔族側である魔獣が人化する程の力があるのは危険だ。でも、俺に会っても攻撃してこなかったし、しかも薬草の採取まで手伝ってくれたんだ。悪い奴らじゃない。なあ、俺の顔に免じて頼むよカルラ」
ホルガーの言葉に頷いたカルラは瞼を開け口角を上げた。
「ま、そうだな。簡単に殺せそうなホルガーが生きているんだ。今回は信じよう。だが少しでも変な真似をしたら、覚悟してくれ」
「分かった」
「ここに滞在するにあたって一つ頼みたい事がある。ここは人種の集落だ。出来ればその姿で居て貰いたい」
人間の中に魔獣が居ると安心して過ごせない者も居るという事だろう。拒否する理由も無い為承諾した。とは言え、長く維持出来る訳では無いので出歩く時だけ人化すると付け加えて述べた。