犬の本領発揮
木々を抜け掛けている中、リリーは楽しそうにはしゃいでいた。こうして居ると普通の女の子なのにと思って居ると、リリーが突然止まれと言い出した。徐々にスピードを落とし止まると、前方に何かが居ると目を細めた。
「……確かに嗅いだ事の無い匂いがするな。何で分かるんだ?」
「魔力を感じたからの。ワルディリィも感じ取る事が出来るはずじゃ。辺りにある魔力を感じるんじゃ」
「魔力ねぇ……やってみる」
辺りに意識を向ける。土、草木の匂い。風で揺れる音。そしてキラキラと輝く物が当たりを漂って居る姿が見えた。そしてそれは何かが居る辺りに集中していた。
「何か輝いて見える」
「ワルディリィにはそう見えるのか。我には今はゆらゆらと漂う黒い煙の様に見えるぞ」
「へぇ。人それぞれ違うんだなぁ。まぁ良い。あれがこちらに危害を加えるかどうかが問題だ」
「あれは……人じゃな。敵対するかは分からぬ。場合によっては刃を向けられるじゃろうな」
「……敵対はしたくは無いが、もしそうなったらどうする?」
暫く黙り込んだあとリリーは口を開いた。
「相手によるな。逃げた所で我らの事は直ぐに他の者に知らされる。ならば、排除する方が手っ取り早い。ワルディリィは慣れて居らぬじゃろ。戦闘は我に任せよ」
「でも女に任せるのは……」
自分の言葉に不満を抱いたリリーは眉を寄せた。
「何も知らないまま戦闘して負傷、最悪死ぬのじゃぞ? ここで死んで生まれ変われる保証は無い。我もお主に死なれては困る。名付けた事で繋がりは強化され運命共同体となり、お主が死ねば我も死ぬ」
「は? お前……何で黙ってた? 知ってたら」
「知って居たら、名付け無かったか?」
「当たり前だ。リリーは兎も角、俺の方が先に死ぬ確率は高い。それにお前を巻き込むのは御免だ」
リリーは頬を緩め俺の頭や体を撫でた。
「お主は、優しいのじゃな」
「いや、自分のせいで誰かが死ぬなんて目覚めが悪いだけだ。最も、その場合俺も死んでるんだがな」
「ふふ。安心するが良い。我とて簡単に死ぬつもりは無い。お主は必ずや守る。三度目の、新たな人生を歩む道をくれた恩人じゃからの」
頭から手を離し前を向いたリリーの顔は決意に充ちていた。今更どうこう言っても無駄なのだろう。自分の命さえ守れる自身は無いのに、もう一人守らなければならないのは荷が重い。溜息を吐いた後、深呼吸をした。
「分かった。だったらとことん俺に付き合って貰うからな」
「元よりそのつもりじゃ」
「……じゃあ行こうか」
人の気配がする場所へ歩みを進めた。人型になっておこうかとも考えたが、犬の姿で現れた際の反応も見て起きたい為このまま向かっている。
匂いと気配が近付くと、どうやら向こうも気が付いたらしく、僅かに匂いが変化した。警戒して居るのだろう。
「誰だ!!」
声は男だった。隠れもせずに姿を現すと、今にも攻撃を仕掛て来そうな体制でこちらを睨んでいた。
「我らは怪しい者では無い故、その剣を収めてくれぬかの?」
「女の子供と、魔獣……? 怪しいかどうかはこっちが判断する事だ。ここで何をしている」
「我は捨て子じゃ。森をさ迷って居っての。今は人が居るであろう集落へ向かってる途中じゃ」
「捨て子……? その魔獣は何だ。使役しているのか?」
「いや、逆じゃの。我が使役されているのじゃ」
リリーの言葉が理解出来ないのか、男はしばらく考え込んでいた。
「良く分からんが……まぁ良い。俺に危害を加えるつもりは無いんだな?」
「そうじゃ」
「……直ぐには信用出来ない。もし歯向かえば、容赦はしないからな」
「分かった。して、お主はここで何をして居るのじゃ?」
渋々話始めた内容は、ここに有る貴重な薬草の採取中だったらしい。だが中々見付からないらしく、途方に暮れていた所だった様だ。
「……じゃあ俺が匂いを嗅いで見付けてやる」
声に出したものの男に言葉は通じて居らず反応は無い。寧ろ俺が軽く唸った事で警戒が強くなった。それを察したリリーが採取を手伝うと代弁してくれた。迷っていた男だったが、頷き頼むと言った。
持って居る貴重な薬草の匂いを嗅がせて貰い、鼻に身体強化を行って辺り集中した。
「……あった。こっちだ」
「この者に付いて行くのじゃ」
「魔獣なんて信用出来るのか?」
「良いから来るのじゃ」
匂いを頼りに歩きだし数分歩いた所で、同じ薬草を発見した。
「嘘だろ……本当に見付けるなんて!!」
驚きと喜びを体現しながら男は薬草を採取し始めた。それを何度か繰り返し目標数まで達した所で男はもう大丈夫と述べた。最初の頃よりは警戒が薄れた匂いがする。
「本当に助かった。ありがとう」
「いや、困って居る者を助けるのは当然じゃからの」
「礼がしたい。近くの集落まで同行して口を聞いてやるよ」
「それは助かるのじゃ!」
男の言葉に甘え一緒に近くの集落まで向かった。幾ら警戒が薄れたとはいえ魔獣という俺が居る為、警戒は解かれない。仕方無い事だ。俺が彼ならば警戒は解かない。それが当たり前の世界なのだろう。
男の案内で到着した集落は、本当に小さな町だった。簡素な建物が建ち並び、数件の商店が有る。魔獣である俺の姿を見た者は警戒し、武器を構えて居る者も居た。それでも斬り掛から無いのは、この男とリリーが居るからだろうか。
「ここの長に顔を出しに行く」
「そこまで面倒見て貰っても良いのかの?」
男は俺達を見詰めると俯き僅かに眉を寄せた。
「正直、この薬草をこれだけ採取出来るとは思わなかったんだ。一束採れたら良かった位だ。……金が必要だったから危険も承知で来たんだ。だから本当に助かった。長にお目通りするだけで礼になるとは思わないけどな。それ位しか俺には出来ないんだ。すまない」
頭を下げた男に対し声を掛けたかったが言葉が通じない。傍まで行き目の前で座ると顔を見上げた。
「な、何だ……?」
「気にするな、それで充分だ、ありがとう……と言って居るぞ」
「そ、そうなのか……魔獣なのに人種に友好的なんて変わってんな。薬草を探してくれてありがとう」
そう言って男は躊躇いがちに頭を撫でた。大人しく撫でられて居ると男は歯を見せて笑った。そして長の元へ行く為足を進める。長が住むであろう建物は、他の家屋よりも立派な造りだ。扉を叩き返事が聞こえた後に中から出て来たのは、髪を一つに結った女だった。
「おや、ホルガーじゃないか。どうしたんだい? それに……女の子と、魔獣まで居るじゃないか。あんたまさか取り込まれて……」
女は怪訝な顔を見せ背後の腰に着けていたナイフを取り出した。男、ホルガーは慌てて否定し俺達の事を説明した。腕を組み無言で話を聞いていた女は暫く考えた後俺達を中へと招いた。