響きが良いだけが理由
何度か繰り返し気が付いた事がある。考えただけで変身するよりは変身と述べて魔法を発動する方が持続する。その後も続けてやっているとある程度長く、そして自分の意思で変身を解く事が出来るまでになった。
「飲み込みが早いではないか。お主中々るのう」
「そうか? お前の教え方が上手いからな。俺が魔族に分類されるなら、人間の中に犬で入り込む訳にもいかないだろうし」
「そうじゃの……ま、人種なのに遠ざけられる者も居るがな」
「自分よりも強くて異質だと、どうしても人間は恐怖心を抱いて排除したくなる。それはどの世界でも有る事なのか。……あ、所でだが。お前の封印とやらはどういう物なんだ? 解除方法とか解らないのか?」
女は僅かに眉を寄せ口を開いた。
「この封印には我の魔力が使われている。障壁を破壊する為には大量の魔力を込め、封印に使用されている魔力よりも上回らないと無理なのじゃ」
「成程? だから自分では抜け出せないのか」
女の魔力では無いから俺は入る事が出来たが、契約した今俺も閉じ込められているという可能性が高い。だが逆に考えれば女の魔力以外の俺も居る。となれば合わせ技で破壊出来る可能性が有る。この考えを女に伝えると掌を叩き目を開いた。
「そうじゃ! その手が有るのう! よし、ならば早速やろうではないか!」
「お、おう」
入口まで駆け出した女に本来の姿のまま付いて行くと、入って来た時には無かった淡い光を放つ壁が出来ていた。触れると柔らかい感触は有るものの、しっかりとした壁になっている。匂いは若干香ばしい。
「やっぱり俺も閉じ込められたか」
「契約したからの。さ、この煩わしい物を消しさろうぞ」
「これに触れて魔力を流れさせれば良いんだな?」
「そうじゃ。して、お主はその姿でやるのか?」
「これが俺の本来の姿だからな。こっちの方が魔力の流れとか解るし扱い安い」
「ふふ……我もお主の様に人種では無かったら何か変わって居ったかもしれぬな」
「それはどうだかな。魔力は同時に流すんだな?」
「ああ。では……始めるとしようかの」
掛け声を合図に壁に触れた額に魔力が集まる様に集中すると暖かくなり始めた。瞼を開けると額から光が漏れ、壁へと浸透して行って居た。
「ほれ、まだまだ足りぬ。もっと魔力を込めるのじゃ」
「分かった」
更に魔力が集まる様に踏ん張ると、壁に浸透して居る箇所からヒビが入り始めた。
「……くそが。早く……壊れろ!!」
息が上がり始め目を見開き力を込めるとヒビは全体へ行き渡り、音を立てて崩壊した。壁に頭を突き付けて居た為勢いのまま前方へ転がった。
「だ、大丈夫かの?」
「大丈夫だ。でも流石に……疲れた」
動く気すら起きずその場に寝そべると、女が隣に座り身体を撫でた。そして次第にからだが暖かくなり気だるさは消え軽くなった。
「何をしたんだ?」
「我の魔力を分け与えただけじゃ。……すまない。我の問題に巻き込んでしまって」
そう言って女は顔を歪ませた。今更な事だと溜息を吐き、尻尾で女を撫でた。
「別にお前だけの問題じゃなかっただろう。それに契約したんだから当たり前の事をしただけだ。で、これからどうする?」
「これから……我は既に死んだも同然の存在じゃ。それに隷属した身。お主に着いて行くのみ」
「成程なぁ。でも俺はこの世界の事は一切知らない。だからお前の知識を頼りにしたい」
「知識のう。地理とこの世界の事位しか無いが。それに最近の事には疎いぞ?」
「充分だ。最近って言っても数年だろ? 兎に角、ここから出るか」
「そうじゃな……」
歩き出したものの女は振り返り、洞窟内を眺めた。閉じ込められてからここが女の世界だった。だから色々と思う所が有るのだろう。何も言わず女の気が済むまで立ち止まると、暫くして女は前を向いた。
「まずはどこに行くつもりなのじゃ?」
「出来れば人里に行きたい。ここがどの辺か解るか?」
「連れて来られた時は目隠しをされて居ったからの……じゃが……」
女は地面に手を付き集中し始めた。その間手持ち無沙汰な俺は辺りの匂いや音を感じ、危険分子が無いか警戒した。幸いこの周辺には危害を加えるような生物は存在していない。かなり深い森らしく、風も匂いも土の冷たさも全てが気持ち良い。
「ほう……」
「何か分かったか?」
「あ奴らめ……我を魔族領内へ置き去りにしよったわ」
「魔族領? 人種と魔族で領地が別れてるのか?」
女が言うには大まかに魔族側と人間側で領地が別れており、ここは境目とされる場所から魔族側に入った領地内だった。しかし、魔族領とは言っても人種が全く居ない訳では無い。人種側の領地よりも魔族に出会す危険は大きいが、人種の中で取引される物は豊富で、金を稼ぐ為にやって来る者も多いらしい。
「ここからならば人種の領地に入り、そこから集落へ向かう事は可能じゃ。もしくは魔族領内を進み、そこの集落へ向かうかじゃな」
「どっちの方が近い?」
「近いのは後者じゃ」
「そうか。だったら後者の近い方に向かおう。魔族領ならこの姿でも問題は無いだろうしな」
「お主の事は我が守ろう」
「……女に守られるとはな。まぁ確実にお前の方が強いし頼りにしてる。……お前名前は? 何て呼べば良い?」
今更名前を聞いて居ない事に気が付き問い掛けたが、女は唸りながら悩んでいた。元の名が有るがそれを使う事はしたくはないという事だろうか。
「そうじゃ! お主、我に名を与えよ! さすれば更なる契により繋がりは強固になる。お主の魔力量も増えるじゃろ!」
「俺がか……」
犬が人間に名前を付けるのもおかしな話だが、既に人間が犬に隷属している為に仕方無いと思う事にした。黒い髪に昔の言葉の雰囲気、服装は洋風のシンプルな白を基調としたドレス。
「それでどう名前を付けろって言うんだか。女だし花の方が良いか? うーん……」
「花から付けてくれるのか? 楽しみじゃの」
「期待されると困るんだが……そうだなぁ……白い花……百合、ユリ……リリー……」
「リリー? リリー……良い響きじゃの! 気に入った!」
「えっ……いや、まだ初手なんだが」
「良い! 我は今日からリリーじゃ!」
女がそう宣言すると俺から光が漏れ、女に吸い込まれて行った。それと同時に、一気に気だるさが襲って来た。
「えぇ……気持ち悪い」
「ふふ。お主の魔力はとても心地好いの」
「お前、騙したのか……」
「違うぞ。我はリリー、お主から名を授かりし者。我もお主に名を授け様と思うが、どうする?」
「名前か……そう言えば考えて無かったわ。何か何でも良いや、気持ち悪いし……」
考えるにこの気だるさは魔力が無くなった代償だろう。そして今のこれは名前を付ける行為に魔力が吸い取られたっていう事だ。であれば名前を付けて貰えれば魔力も元に戻るはずだ。
「名前のう……何が良いか」
女、リリーは楽しそうに考えて居る。その間動く気も起きず、その場に伏せていた。
「よし、決めたぞ! お主はワルディリィじゃ!」
「わるでぃりぃ? どんな意味があるんだ?」
「意味など無い! 響きが良いじゃろ! 我にしては良い名じゃと思う!」
「そ、そうか……まぁでも、お前……リリーがそれで良いなら俺もその名を貰おう」
仮に嫌だと拒絶したらかなり凹むだろう。そうなれば宥めなければならない。それにこの姿で前世の名前は合わな過ぎる。リリーから光が溢れると俺の体に吸い込まれて行った。じわりと温かくなるがそれはどんどん強くなり、燃える様な熱さに襲われた。思わず口を開くと勝手に火を吹いた。
「ワルディリィの元の魔力よりも多く我の魔力が入ったからの。少し経てば馴染んで落ち着くじゃろ。我慢じゃ」
どうする事も出来ない熱に辺りを火を吐きながら駆け回り続けて居ると、次第に火は小さくなり始めた。
「……あ、つい……」
「もう暫し我慢じゃ。こっちに来るのじゃ」
よろけながらもリリーの元へ向かうと頭を撫で始めた。淡い光の粉がリリーから出ると俺の身体にまとわり付き、熱を納めて行った。
「……落ち着いた。助かった」
「気にするでない。己の魔力は感じられるかの?」
「熱が魔力で良いんだよな?」
「うーむ。先ずはそこから始めるかの。目を閉じ意識を身体の中に流る血に向けるのじゃ」
「流れる血って言ってもな……」
額に手を当てたのを確認し瞼を閉じ意識を身体の中へ向ける。血液にと言われても難しいがイメージだけでも向けると、何となくだが分かる様な気がする。
「キラキラと光ったり、禍々しい物だったり何かが見えて来るはずじゃ」
「そんな物有る訳……」
徐々に星の様な物がチラ付き初め、それが流れる光景が見えて来た。
「ふむ、見えた様じゃな。それが魔力じゃ。魔力は血と同様に身体を巡って居る。それを意識すればより強力で、精度の高い魔法が放てるじゃろう」
「なる、ほど?」
額から手が離れ瞼を開けると、リリーは笑顔で身体を撫で回した。
「なっ!! や、止めろ!!」
「ふふ、良いではないか。減る物でも無いじゃろ?」
「そういう問題じゃない!!」
隷属の魔法が効いたのか、ピタリと手は動きを止めそのまま固まった。その隙に抜け出し距離を置く。毛並みが滅茶苦茶な為身体を震わせ馴染ませた。
「俺は犬だが、急に犬の扱いされても困る」
「そうじゃな。すまなかった……余りにも可愛いのでな、つい」
「ついじゃないだろ……もう動いて良い」
「ふう……こう動けなくなると面白いの」
「面白いのか……」
リリーと居ると調子が狂う。産まれた世界そして境遇も違う為仕方無いのだろうか。足を進め比較的近い集落へ向かった。走れば直ぐに着くだろうが、リリーの足に合わせなければならない。
「リリー、このままでは日が暮れる。だから俺に乗れ」
「……良いのか? 犬扱いするなと言ったではないか」
「俺がやる分には良いんだよ」
「では、言葉に甘えて乗るとするかの」
リリーが跨り乗った事を確認した後、念の為身体強化を施し地面を蹴り駆け出した。