頼みの綱
鳥の声に目を覚まし薄らと瞼を開けると、案の定リリーが俺に抱き着いて眠って居た。予想は出来ていたが、寝相が悪すぎでは無いだろうかと心配になる。まだリリーを起こすには早い為、ゆっくりと離れると背伸びをして完全に目を覚ました。
「変身」
人化し部屋を出て用を足した後顔を洗い部屋へ戻ろうとしたが、台所から音が聞こえた為様子を伺いに向かった。そこには朝食の支度をしているカルラの姿があった。
「カルラか、早いな」
「ああ、おはようワルディリィ。お茶でも飲むかい?」
「頼む」
椅子へ座り待っているとティーポットとカップを載せたトレーを持ちカルラがやって来た。
「どうぞ」
「ありがとう……熱そうだな」
「そりゃあ淹れたてだからね」
「……少し、待つか」
「ふふ。氷でも入れようか?」
「いや、薄まるしそれは俺のプライドが許さない」
「あっはは、面白い子だね、お前は」
笑顔を見せつつカルラは熱さも気にせず茶を啜る。
「聞きたい事があるんだが、街に俺が出ると問題は有るのか?」
「ん? ああ、昨日のかい? まぁ大丈夫だとは思うけど……ほら剣聖団が巡回してるからね。中には感の鋭い奴が居るから、何もして無くても目を付けられる可能性が有るってだけさ」
「成程……。それはバレない様に気合を入れなきゃならないな」
「もしバレたらお前だけじゃなく、私やリリー、他の二人も連行されるかもしれない。気を付けるんだよ?」
「了解した。とは言えなぁ、魔族と人種の違いなんて判らないからな。元々人だし、魔族みたいな素振りはしないとは思うけど。まぁ一つ懸念が有るとすれば、不意打ち受けて変身が解ける事だろうか」
「……不意打ちはまぁ、防ぎにくいからね。私も周りには気を付けるから、頑張ろうね」
「あ、ああ……」
微笑み一緒に頑張ろうと言ってくれるカルラ。魔獣なのにも関わらず普通に接してくれる。魔族と人間の間に有る物をカルラは持たず、困っている者には手を差し出す。この人に巡り会えた事はかなりの幸運だ。何か有れば力にならなければ罰が当たるだろう。
見詰めて居たからか、カルラは不思議そうにどうしたのかと問い掛けた。
「カルラに出会えて良かったと思ってな」
「何をいきなり言ってんのさ」
「俺は死んで直ぐに転生してそこが魔法の有る世界だし、犬っていうか魔物だし。正直今でさえ生きて行けるか不安でしかない。そんな中で魔獣でも差別せずに助けてくれるカルラに出会えた事は奇跡に近い。それに飯が美味いしな。……出会って間も無い相手に言う事では無いだろうが……もし俺がリリーの傍に居られなくなった時はあいつの事を頼みたい。俺が死ねばあいつも死ぬ。離れなければ俺がもしくはリリーが死ぬとなれば離れなければならない。だから、カルラに頼みたい」
「……私は少しでも不穏な気配を察したら殺そうと思って居る。下手をすればあの集落は全滅だろうからな。だが、お前達はホルガーの手助けをし、その上無関係なのに危険を顧みずここ迄一緒に来てくれた。そんな奴らを無下にする等出来るわけが無い。……お前の申し出は、快く受けよう。ただ、やはり危険だと感じたら、こちらとしても対処しなければならないが良いか?」
「ああ。俺だってリリーや俺に危害を加えようとするなら、出来る限りの事をするまでだ。リリーを宜しく頼む」
「分かった、任せなさい」
笑顔を見せるカルラにもう一つと頼み事を述べる。
「出来れば今後ともカルラとは協力関係を続けたいと思っているが、どうだろうか」
「それはこちらもだ。お前らは敵にしてはいけない存在だと認識している。慣れて居ない今のワルディリィはともかく、リリーは無理だ。手を出す前に首が飛ぶだろう。反則だよ、あの強さは」
笑った後に小さくため息を吐くカルラは朝食の準備を終わらせると言って台所へ向かった。程無くして慌てた様子のレイアがやって来た。余程急いだのか、着替えは済んでいるものの寝癖が付いたままだ。気が付いたカルラは顔を覗かせる。
「おはよう、レイア」
「お、おはよう御座います! 申し訳御座いません、寝過ごしてしまって朝食の準備が……ってあれ? もしかして……カルラ様がご用意を……?」
「すまないね、勝手に使わせて貰ったよ。皿に盛るから持って行ってくれるかい?」
「はい! 承知致しました!」
座って待っていろという指示では無く手伝って貰おうとする当たり、レイアの気持ちを組んでの事だろう。流石は長代理だ。座って待っている訳にも行かず朝食の支度を手伝い、未だ寝ているであろうリリーを起こしに向かった。扉を叩くが返事は無い。
「リリー、朝食が出来たぞ。起きろ……って起きてたのか。返事位しろよ」
念の為声をかけながら扉を開け中へ入ると、リリーはベッドへ腰掛け既に起きていた。ゆっくりと顔を向けたリリーの目には涙が溜まっている。
「何かあったのか? 具合でも悪いのか?」
「夢じゃ……無い……?」
「ん? 確かめるか?」
軽くリリーの頬を摘むと、小さく痛いと呟いた。
「な? 夢じゃないだろ?」
「夢じゃない……」
リリーは抱き着き顔を押し付けた。宥める為に頭を撫でてやると、少しずつ体の力が抜けて行った。目覚めた時に俺の姿が無い為夢ではないかと不安になった、という事だろうか。いくら前世の記憶が有ろうとも、今現在のこちら側に寄ってしまう事は致し方ない。とはいえ実年齢よりも精神年齢が低い事は些か放置出来ない問題では有る。
やはり生活環境が悪くまともな教育も受けて居ないからだろう。今後はその辺も考えてやらなければならない。教育機関はこの世界にも有るのだろうか。有るのならば是非とも一緒に通いたいのだが。
「さぁリリー、皆が待ってる。早く顔を洗って朝食を取りに行こう」
小さく頷いたリリーの支度を済ませ皆の元へ向かうと、ホルガーの妹も起床していた。
「おはよう、リリー。良く眠れたかい?」
「おはようなのじゃ。良く……眠り過ぎた様じゃ」
「ん? まぁ、眠れたのなら良かったよ。じゃあ席に座って食事を始めようか」
朝食を見たリリーは顔色を変え満面の笑みで席に着いた。機嫌が良くなった事に安堵した俺も座り、朝食を取り始めた。
「今日は帰らなきゃならないからなるべく街での買い物は早く済ませよう。服の他に何か必要な物は有るかい?」
ホルガーの妹とレイアは首を振った。リリーは特に無いのか反応が無い。ただ食事に夢中なだけかもしれないが。
「俺は出来ればだが武器が欲しい。ここでは武器の所持について、何か規則でも有るのか?」
「武器か……魔法が使えるとしても確かに丸腰は危険だからねぇ。所持についての規則は特に無い。好きな物を選ぶと良い。ただ、自分に扱えない様な物は駄目だ。持っているだけで邪魔だし無意味だからね」
「成程、了解だ」
「……あ、お前達はギルドに登録して……居ない様だね。だったら顔馴染みが運営するギルドに行って登録しようか。身分証は必要だからね」
「……それは俺も、か?」
「ああ。何とかなるさ」
「そうか……」
不敵な笑みを浮かべるカルラを見て若干不安になるが、それでも大丈夫だろうと思い込み食事を済ませた。後片付けも終わり出発の支度を始める。買い物に出てからこの屋敷に戻る事は無い為、レイアの支度がメインだった。
メイド服は着ている物も含め三着持っている為、ホルガーの妹に着せる事になった。流石にみすぼらしい奴隷の様な格好は可哀想だからだ。レイアの支度も済み全員揃って屋敷を後にした。




