プロローグ
俺は何かと犬に縁が有る。産まれた年は戌年。すれ違う犬には戯れ付かれ、迷子の犬や捨て犬遭遇率が高い。常に犬まみれの生活をしていると、正直もう良いと思う事が有る。それでも結局は犬が好きで無下には出来ない。
だから咄嗟に身体が動いて、今にも轢かれそうな飼い主の手から離れた見知らぬ柴犬を庇った。
「全て思い出しましたか?」
「まぁ、何となく……。最初から最後まで犬に囲まれた人生でした」
「そうですね。貴方は犬の加護を受けていますから」
「……犬の加護? 嬉しい様な微妙な様な……」
「命在る者は皆等しく加護を受けている。だが今の貴方はそれ以上の加護を受けているのです。あの時、自らの命を掛けてあの犬を救った事でより強く」
飛び出した後の事は分からなかったが、この口振りからするとあの時の犬は助かったらしい。安心しほっと息を吐き……たかったが、今の彼には体が無い。従って口も無い為、どうやって声を発しているのか謎だった。
声が聞こえて返答はしているが、そもそも誰と会話をしているのかさえも不明だ。
「貴方の魂は救われるべきです。魂は迷う事なく輪廻の輪へ向かうでしょう」
「輪廻ですか」
「永い時を掛けそしてまた産まれる。ですが、貴方には選択肢が与えられます。輪廻の輪に入り永い時を過ごし全く別の生を受けるか、今別の世界へ生まれ変わるか」
「……別の世界なんて有るんですか?」
「命の数だけ世界は有ります。今生まれ変わるのならば神である私と犬神の加護の恩恵が与えられます」
神の加護ならば喜ぶが犬の神の加護による恩恵。犬に好かれて助けて貰えるのだろうか。それとも犬並みに嗅覚が良くなるのだろうか。どうせ輪廻に入って生まれ変わるのならば今生まれ変わっても変わらない。
「じゃあ今その別の世界に生まれ変わります」
「成程、その選択に後悔は有りませんね?」
「……まぁ、どの道生まれ変わるんですし、それが今かずっと先か位ですし……」
「分かりました。……私と犬神の加護を受けた者よ、これからの旅路に多くの幸あらん事を」
身体が消えて行く瞬間に薄らと見えた物は、人と、それと同等の大きさの獣による慈愛に満ちた顔だった。