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氷の瞳を持つ宰相 前半

宰相視点。



「申し訳ありません。迂闊うかつでした」




「くれぐれもベアトリーチェに変な事を教えないでくれ。あの年頃は大人のマネをしたがるからな」




「休みの日は実家に行きます」




「優秀なのは認める。今回は日頃の行いがいいのに免じておとがめはなしだ」




「過分なご配慮に感謝します。はぁ〜……」




 優秀過ぎるカイルと言う暗部がこの家に送られて来たのは、我が愛しの妻が床にせっての事だった。


 名目は長男の教育係兼執事のような役回りだが、中々の働きをしてくれている。噂に違わぬと言うか、予想以上の働きを見せてはいるのだが、正直に言えば手に余る。拒否権はないと言うか……拒否したらこの家は見限られるな。



 それにしても、ベアトリーチェが飲み物をワザと音を出してすすったり変な持ち方で飲んだりしたのを目にした時は驚いたな。

 その場でカイルが嗜めたが、どうやらカイルの休日にサロンで一緒に過ごして真似っこしたとは。


 マナーもそうだが、ベアトリーチェが前にも増してカイルに引っ付いているのがちょっと父親として嫉妬が否めない。


 引きがしてしまいたいが、今は妻の容態も悪くてそれどころじゃないしな。今現在この家は人手が足りない。





「不審な動きのある侍女3名に、従僕5名は理由をつけて辞めさせました。数日中には片付くでしょう」



「ふむ、ご苦労」



「この家の人員補充で1名侍女を派遣しますが、確かな家の出なのでご心配には及びません。優秀ですし、私と合わせれば抜けた人数分は仕事をこなせるでしょう。当分大変にはなりますが、ゆっくり補充して行きたいと思いまがいかがですか?」



「カイルに任せる。妻の容態は?」



「1ヶ月持たない。延命はそろそろ無理です。喋れる内にお別れを済ませて下さい」



 やはり無理か。元々身体が弱くてな。本当は子を産むのも反対されてたくらいだ。

 産後の体調不良かと思ったらどうやら毒を盛られてしまったらしい。



 もっと早くに気がつく事が出来ていればと何度後悔してももう遅い。


 家族でお別れを済ませた後、妻は急変して呆気なくこの世を去った。


 長男は『死』と言う物を理解してるのか、ビービー泣いて妻にすがってるが、ベアトリーチェはキョトンとしてる。泣いてる長男をなだめるくらいだ。たくましいなと思っていたらそんな事はなかったな。



 妻の葬儀が終わった次の日の夜中。屋敷中がバタバタしはじめた。何だと思って寝室から飛び出してみたら、子ども部屋の方から凄い音量の泣き声が聞こえる。


 最初は長男かと思ったら、どうやら違うようだ。まさかのベアトリーチェ。



 ベアトリーチェの部屋前まで行ってドアをノックしようとしたら、中から叫び声が聞こえる。




「おがぁさまぁーー!! おがぁさまぁー!? うわぁあぁぁぁぁんッ!!!!」






 胸が締め付けられるような魂の叫びに、私は脚がすくんで部屋に入れないでいた。


 侍女が何人もベアトリーチェの部屋に出入りしているが、騒ぎに駆けつけた使用人も私と一緒でどうして良いか分からない様子だ。


 長男も触発されたのか、自身の部屋から出て来て私にすがりついている。涙を溜めてはいるが、妹の尋常じゃない叫び声に恐れをなしたのか凍り付いているな。




「ベアトリーチェお嬢様。入りますよ」




 立ちすくむ私の手をとって、息子共々ベアトリーチェの部屋に押し込まれた。犯人はカイル。



「おがぁざまぁーー!! うわぁぁぁぁっんっっっ!?」



「……ベアトリーチェお嬢様、着替えだけでもしましょう。ほら、おいで。身体が冷たくなる。今夜は冷えますから風邪引きますよ」



「うわぁぁぁ! カイル! カイルぅっ!!!」




「はいはい、ここにいますよ。よしよし……今の内にお召し替えを」



「承知しました。お嬢様、失礼します」



 両手を広げたカイルに突撃して行ったカイルにヒシッと抱きついて、数日前に入った侍女がそのままベアトリーチェの衣類を新しい物に変えつつ身体を綺麗にして行く。見事な連携プレーだ。


 グシャグシャのベッドを見ると、どうやら粗相をしたらしい。



「全取っ替えだな。……散歩して来る」



「お嬢様、膝掛けをどうぞ。うさぎさんとカエルさんはお供にご入用ですか?」



「ヒック……ヒック……」



 返事はなかったが、新しい侍女の手からぬいぐるみは引ったくられて、そのままムギュッと顔が潰れるくらいに抱き込まれた。


 カイルが膝掛けごとベアトリーチェを包み込んで、そのまま片手で抱きかかえる。



 カイルはもう片方の手で私の腕を掴んでベアトリーチェの部屋を後にした。



「誰かお子様用に白湯とビスケットを持って来てくれ。後は歯ブラシとコップも」



「了解」




「後は解散。とりあえず旦那様の部屋に行きましょう。あそこなら温かい」




 カイルは私に引っ付いていた息子も抱え上げて、そのまま廊下を進む。

 あの細そうな腕で子ども2人抱えるのか……凄いな。




 私の部屋に入る前に息子を手渡された。抱っこしろって事か。


 入室して、暖炉の前に椅子を用意されながら座れと促されたので座る。衣装部屋にベアトリーチェを抱えたまま姿をくらませた。


 息子共々待っていると、衣装部屋から出てきたらガウンで息子ごと包まれる。子ども体温と合間って中々に温かい。


 片手で椅子と、小さなテーブルを移動させたカイルはそのまま腰掛けずに入り口の扉に向かって行った。


 ワゴンを押してまた戻って来たと思ったら、テーブルの上に湯気の上がったカップと小皿に数枚ビスケットを乗せて息子に食べろと促す。



「ご子息用の椅子がないので膝に乗せて食べさせて下さい。熱いんでフーフーして下さいね。飲める分で構いませんから」



「うん。ふーふー……あったかぁい」



「ベアトリーチェお嬢様、ほらビスケットですよ」



「……うん」



 ミノムシみたいになっていたベアトリーチェは真っ赤に腫れた目をあけて素直にカイルの膝に座ってビスケットをかじり始めた。


 ビスケットがポロポロ溢れるといけないので、ナプキンを首元に垂らして、時折りスプーンですくわれカイルが息を吹きかけたお湯を口に入れる。







 手持ち無沙汰になった息子に歯磨きさせて来てくれと言われて……私がか? 息子に手を引かれて洗面所に向かい……あぁ、仕上げ磨きと言うのをすればいいのか。

 息子に教えてもらいながら、ちっさな口に生えている歯をシャカシャカとぎこちなく綺麗にしていく。


 歯磨きの道具はそのままに、元の暖炉前に戻ると何も言わずに息子が膝に乗って来た。どうしていいか分からずに固まっていると、カイルがガウンをかけて下さいと言う。息子の身体が冷えるといけないからな。





 息子は大人しい。ベアトリーチェがビスケットを食べてる姿を黙って見ている。



「ベアトリーチェお嬢様、無理して食べなくてもよろしいですよ。水分補給のついでですから」




「……じゃあ、もうごちそうさま」




「歯磨き致しましょう」




 流れるように片付けを済ませて、そのまま洗面所に向かった2人を目で追いかけながら……膝に乗った息子の大きさにたじろぐ。ついこの間産まれたと思ったのに、いつの間にこんなに成長してたんだろう。




「ち、父上は……」




「うん?」






「父上は母上が亡くなって悲しくないのですか?」




 息子にそんなデリケートな事を聞かれると思わなかったので、呆気に取られていたが直ぐに口から答えが飛び出した。




「悲しいよ。悲しくて、悲しくて……本当は後を追いた……グハッ!」



「すみません旦那様。脚が滑りました」




 何で脚が滑って背中に衝撃が来たのか理解に苦しむが、いくら大きくなったとは言え、まだこんな子どもに聞かせる話じゃなかったな。



「ご子息様はご存じないようですか、お父様はそれはもうお母様にゾッコンで周りの反対を押し切って大恋愛の末にご結婚あそばされたんですよ」



 若干(トゲ)のある言い方だが、甘んじて受ける。特に『周りの反対を押し切って』のところだな。



「そうなんですか父上?」



「あ、うん。そうだな。私が是非と願ってひざまずいて母上に結婚を申し込んだんだ」



 キラキラしている目の息子に話すのは少しばかりドロッしたところを省いて、かなり省略して説明する。ベアトリーチェ、お前もか。


 歯も磨いて顔も洗ったのか、こざっぱりした顔のベアトリーチェは妻に似た翡翠の目をパチクリとさせて、ズズいと身を乗り出して私の話を聞いている。


 カイルが抱え直して椅子に腰掛けた。



「お父様は大人ですから、涙は出ないんですよ。泣くのは子どもの特権です。目に見えて悲しみが分かりづらいですが、お父様もご子息様やベアトリーチェお嬢様と心は一緒ですよ」



「叔父さまが父上を『はくじょーもの』と言っていらしたので、悲しくないのかと思ってました」



「義理兄上がか……そうか。耳を傾けないで欲しい。私はとても悲しいよ。泣けない私の代わりに、いっぱい泣いてくれてありがとう。母上と約束したんだ。お前達2人を立派に育て上げるまではどんな困難も立ち向かうと」




『可愛い我が子を頼みますね。愛しの旦那様……たとえ険しい道のりでも』



 妻の実家は新興貴族上がりで、国の裏側を片鱗しか知らない。当時下級貴族で乳母の子ども。幼馴染と言っても過言ではなかった妻の実家が、中級貴族になった時に私のタカが外れてしまった。



 家督を継ぐ筈だった兄が不慮の事故で亡くなって、私に宰相の地位が転がり込み、暗部の反対を押し切って王侯貴族の集まる夜会会場で妻にプロポーズしたんだ。




 妻の実家が国乗っ取りを計画してると知りながらの暴挙に出た私に、暗部を司る一族は勿論。事情を知っている国上層部は代々宰相を排出して来たこの家をいっせいに見限った。



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