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小さなベアトリーチェ

 ベアトリーチェ視点。




「カイルだっこ」



「はい、かしこまりました」




 庭を散策していたが、歩き疲れてカイルに抱き上げろと要求する。

 何が楽しいのかよく知らないけれど、いつもニコニコ顔の安定のカイルが私に手を伸ばした。


 そのまま脇を抱えられて、片手で縦に抱っこされたので、いつものように私はカイルの首に両腕を回して抱きつく。


 カイルの肩口に顔を埋めて、首筋の匂いをついでにクンカクンカと堪能していると苦笑いされた。



「カイルまたコロン変えた?」



「……あー、はい。前のはビンを割ってしまって処分しました」



「ふーん。ちょっと甘ったるいかも」




 そっか。彼女と別れたのか。多分2日前に辞めさせた子かな?


 この香水の匂いの該当者は記憶にないけど、屋敷の中はやめて外でお付き合いしてる子なのかも。歯痒い。外だと排除出来ない。




「早く大人になりたいなぁー……」



「ははは。ベアトリーチェお嬢様もオマセなお年頃ですか。子ども用の香水などあったか商人に確認させましょう」



「……うん。」




 違うよカイル。そうじゃないけど、香水は欲しいから返事はしとく。


 8歳の私はどうしたってカイルには『オマセさん』にしかなり得ないんだろうな。はぁ……歳の差が辛い。

 相手は私の倍以上生きてる上に、超絶モテモテでウハウハのカイルだ。


 私なんて相手にならないけど、将来結婚するなら今からカイルをモノにするならどんな努力だってするわ!








 私がカイルに対して恋心を自覚したのはわずか4歳の頃だった。



 忘れもしない、アレは屋敷の1階サロンで『休日』を満喫してるカイルに無理言って、一緒に過ごさせてもらった時だった。









「休日だから俺はお前の面倒なんて見ないぞ」




「いいの!」




「はぁぁぁぁ〜……好きにしろ。俺も好きにする」




 本気で面倒どころか話しもしたくないのか、長椅子で本を読みはじめたカイルに話しかけるタイミングを逃して、結局諦めて隣でお人形遊びを始めた。


 うさぎはピョン☆、カエルはピョンピョーンって調子乗ってたら長椅子から落ちそうに。


 あ、落ちると思ったらでっかい手が私の身体側面を支えて元の位置まで戻してくれる。


 カイルにお礼を言おうとしたら、全く私の方見てなかった。



 よっぽど集中してるのか、本片手に気怠げな様子で活字を追うカイルは……何だか言葉に表せない雰囲気を醸し出している。



 今思えば、こんな無防備な『男の人』を見た事がなかったので目が釘付けになっていた。


 本を持ち替えて、頬杖をつきながら、スラリとした脚を組み替えて、よく見たらタイもしてない。シャツのボタンもいつもより多めに空いていて、髪もボサッとしてる。


 自分で淹れたらしいお茶を片手で持って……何か持ち方が教わったのと違うな? カップのフチを持ってズズッと音をたてている。取手は持たないの? 音をたてたらお行儀悪いとも言えなくて。


 多分、私が今声をかけたらこのいつもと違うカイルは見られなくなると思った。必死にお口にお手手を当てて、喋らない様にした。お口にチャックが欲しい。



 後で知ったけど、カイルのお父様がこんな感じのお茶の飲み方をするらしい。

 そもそもお茶の系統が違うし、茶器と呼ばれる取っ手のない入れ物でお茶をたしなむので、根本的なマナーが違うと説明を受けた。だから、私は真似するなと。



 ズズッとまたひと口お茶を飲んで、お菓子に手を伸ばしたカイルは、チョコレートケーキをそのまま大口開けて食べはじめた。素手なんだけど?


 口の周りはクリームでベタベタだし、指も酷い事になっている。

 その汚れた手はどうするのかと興味津々で見ていたら、ペロペロ、ベローンと舐めはじめた。ベアトリーチェ4歳。はじめてお行儀悪い大人を目撃した衝撃の瞬間である。


 3つあったケーキを平らげて口周りも指も丁寧に舐めとったカイル。そのまま皿に残ったクリームも指ですくって綺麗に食べてからおしぼりで手を拭いて、また紅茶を啜る様に飲み始めた。



 これも後から聞いた話だが、大体実家の間食にあたるオヤツはお饅頭系、煎餅、場合によりおにぎりなど、手で食べられる物が多いらしい。

 ケーキを素手で食べるのは本当にお行儀悪いので絶対やらないようにと注意を受けた。


 後、カイルはよく食べるので、ご飯前にケーキを3つでもホールでも食べていいが、私は食事が入らなくなるのでお腹いっぱい甘い物を食べてはいけないと。



 


 何事もなかったかのようにまた頬杖をついて本を読み始めたカイルは、たまに思い出したようにお茶を飲んでは本のページをめくり……内容が面白いのか口を綻ばせたりとなんやかんや忙しい。

 見てる私も忙しい。


 東方の血を引いてると言うお父様の影響なのかカイルはこの国の者より身体の線が細い。

 私はカイルの事を充分大きく見えるが、他の大人に比べたら確かに背は少し低いかも。


 笑ってない時の切れ長の目は少しおっかないかな? 黒髪に金色の目。

 本のページをめくるために動く指は太く長い。少しカサついて荒れてるけど、いつもは手袋で覆われているので何だか見ては行けないものを見た気がしてしまう。


 あのクリームがついてた指美味しそうだったな。




「カイル、私もオヤツ食べたい……」




「? ほら。1枚やる」




 差し出されたのは苺ジャムのクッキー。受け取るんじゃなくてそのまま口を近づけてひと口齧ると驚いた顔をされた。




「お前まだあーんとかする時期だったか? ご子息の時はどうだった……ひと口がちっちぇえな。あーん」



「あーん。もぐもぐ」



「小鳥にエサやってるみてぇ」



「……もぐもぐ」



 美味しそうなカイルの指ごと食らいつこうとしたら、その前に残りのクッキーを口に放り込まれた。


 ちぇっと、思っていたら────







「悪戯っ子だなー。かわいい。ぷにぷに頬っぺ食っちまいたい」




 ゾワゾワゾワ……




 飾らない素顔で、いつもより粗野な言い方でカイルはクッキーの食べ残しが付着した指をペロリしながら、私の口周りをハンカチで拭いてくれる。


 私はドキンドキンとする胸を押さえた。カイルから言われた言葉で、なぜ鼓動が荒ぶっているのかを幼いながらも理解した。




 『好き』




 言われ慣れたかわいいの言葉よりも『食っちまいたい』と言う言葉に反応して胸をトキメかせた小さなレディは、カイルの指をいつか食べてやると決意するのであった。




 きっと、私のほっぺよりカイルの指の方が美味しい。














「──ベアトリーチェお嬢様。起きて下さい」




「ん……あれ、寝てた?」



「今お昼寝されると夜に寝られなくなりますよ」



「うん……。もうちょっとこのまま」



「……相変わらず甘えっ子さんですね。いつまで甘えて下さるか」



「カイルには一生甘えてる」



 将来お嫁さんになるんだもん。ずっと甘えてるから。ダメって言われても離れないから!



「はいはい。それにしても、重くなりましたねぇ。あんなに小さかったのに」



「私重いの!?」



 引っ付いていたカイルから手を離して顔を覗き込むと、いつものニコニコ笑顔と対面した。



「えっと、昔よりは? 順調にお育ちになって喜ばしい限りです。そろそろお洋服もまた新調致しましょう」




「カイル、私真っ赤なドレスが欲しい」



「あぁ、それも良いですね。でも誕生月の色のピンクもいかがですか? ほら、最近はフワフワの重ねたチュールに花畑みたいな小物が流行りですから……どうなさいました?」



 早く大人になりたいなぁ。いつになったらこの男は自分の色を纏ってくれと言ってくれるのかしら。



「なんでもない。カイル、やっぱりこのコロンあんまり好きな匂いじゃないから変えてくれない?」



「……そうですか。手に入れたばっかりなんで少なくとも数日我慢して下さい」



「早く違うのにしてね」



「はいはい、仰せのままに」



 数日後にはまた違う香水の匂いに違う女の影を嗅ぎ取ってイラッとしながら、私は早く大人になる事を願うのであった。


 今は我慢よベアトリーチェ。いつかカイルをギャフンと言わせてやるんだから。



 10年後にはギャフンと言わせるが、ベアトリーチェも無事では済まない事態に陥って、ちょっとだけ後悔するのはまだまだ先の話。



 

次回、ベアトリーチェパパ。宰相視点になります。

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