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「久しぶりねカイル。婚約なんてする訳ないでしょう?」



「…………そ……うですよね」



 婚約打診の手紙を送ったら、直接話したいと宰相から手紙が来た。娘とお茶でもしろと。



 当日。中庭で当たり障りのない話からと思って口を開こうとするも、ベアトリーチェお嬢様から開口一番言われたセリフでショックを受ける。今にも地面をゴロゴロしながら叫び出したい衝動を堪えて封印。


 何とか言葉を絞り出したが、声が低くなってしまった。態度悪いなと思ったが、止められなかった。


 緊張で喉はカラカラ。淹れてもらった紅茶に口を付けると、思わずため息がもれる。

 少し落ち着いたが、この心がエグれた虚しさはどうしようも────。




「婚約なんてまどろっこしいから、そこは結婚でしょ? カイル、私と結婚してちょうだい」




 ブシュッ




 すまん、ナタに心臓が刺さって抜けないんだ。違うな。逆だ。心臓にナタが刺さって……どっちでもいいや。



「え? まさか嫌なの?」



「いえ、決して嫌ではないんですが……」



「嫌って言われても今更逃がさないけどね私?」




「………………」



 どうしてくれようか。とりあえず今すぐ家にお持ち帰りして食べてしまいたい。ベアトリーチェお嬢様の料理手順を順番に考えていたら、スパーンと後頭部を叩かれた。


 手加減されてると分かっていたので、あえて避けない。甘んじて受ける。




「……ああ、侍女長久しぶり」



「久しぶりではありません。先程からおりました。とりあえず、その凶悪なツラはお嬢様の前ではお仕舞い下さい」



「すまん。ふぅー……ベアトリーチェお嬢様失礼しま……え???」




「ヒック……ぐずっ……」




「うぉわあぁぁぁぁあぁぁっ?! ベアトリーチェお嬢様どうしました?? よ、よしよし。いい子だから泣かないで下さいっ!? 本当に頼みますから……うぉわっ!?」



 椅子に腰掛けているベアトリーチェお嬢様に視線を合わせるために膝を折ったら、ひざげりが飛んで来たので避ける。


 危ない。あんなの食らったら、マジで今にも狼さんガオーしてしまうところだった。

 その素敵なおみ足に編み上げのタイツは反則技でしょう。思わずガン見した。


 変態と罵ってくれて構わないが、本当に素晴らしい脚だったので、我を忘れて見入ってしまったんだ。白くて毛穴がないほどきめ細やか。



 ベアトリーチェお嬢様はその隙に中庭から駆け出して、屋敷の中に消えて行った。


 とりあえず気配を決して隠密行動で追いかける。

 自室に引っ込んでしまわれた。流石に婚約者どころか何の肩書きもない赤の他人の俺は中に入れないよ。

 ショボーンとしていると、俺の目の前を通過した侍女長がベアトリーチェお嬢様の部屋をノックして入室する。



 一緒に入ろうとしたら、ハンドサインで「その場で待機」と命令を下された。


 どうやら、ドアを少し開けて中の音が拾えるようにしてくれたらしい。




 息を殺して、耳をそば立てて……盗み聞きよくない?

 いや、ベアトリーチェお嬢様が泣いている方が問題だからな。




「お嬢様、どうなされました?」




「ヒック……グズッ……ちーん! いつもいつも侍女長とカイルは仲良しよね。私の知らない事で分かりあってて、さっきのアレも何なの。折角カイルを口説こうと頑張ってるのに邪魔しないでよっ!?」




「お嬢様。何度もご忠告申し上げますが、ご結婚まで清いお身体でいるためにはあまり猛獣を刺激してはいけません。それと、もう少し基礎体力メニューの強化ヴァージョンを軽くこなしませんと、魔王降臨に耐えられませんから。後悔するのはお嬢様ですよ?」



 アレだね。夜の話か? すみせんね、歳の割に体力ありあまってて。職業柄仕方ないだろう。


 強化ヴァージョンのメニュー項目教えて欲しいな……後で直接聞くか。

 それにしても、そんな事までしてくれていたのかベアトリーチェお嬢様。切実に嬉しい。


 感動に打ちひしがれていると、聞き捨てならない発言が出て来た。




「だって、カイル私だけに口数少なくて何考えてるか分からないんですもん! ほ、本当に私の事好きか分からないし。強引に王家がねじ込んだ結婚で断れないかもって……不安だし、侍女長と相変わらず仲良しだし。グスン……ッ」



「いえ、仲良しではありません。()()と仲が良いと誤解されるのは心外です」



 全力で同意する。


 何だろうな……。侍女長は「同族」って感じで分かり合えてはいるし、同僚なんで仕事中は義務的にはコミュニケーション取る。

 しかし、別にプライベートでどうこうとかはない。



「お嬢様。アドバイス申し上げますが、何でアレが口数少ないかと言いますと……お嬢様に嫌われるのがイヤでボロが出ないように喋らないだけです。別にお嬢様を嫌っている訳ではございません。カッコつけたいだけです」



「……納得出来ない」



「納得しなくて良いですが、アレの本心を知ってドン引きするのはお嬢様ですよ?」



「カイルがドン引きするような事考えてるって言うの? 例えば?」




 オッサンはドン引きされると思っているので、無口な感じに成り下がっている。崩した口調をマネされても困るし。


 考えてから喋る癖がついてるから、何か喋りはじめに言葉をつけるな。笑って誤魔化してから話し始めるか、会話の出だしがワンテンポ、ツーテンポ他よりは遅い。


 口数が少ないのは申し訳ないが、ベアトリーチェお嬢様に幻滅されたくのはもちろん。傷付く言葉を口にしたくないからな。

 年上や同年代とか身内にはガンガン遠慮なく言えるが、年齢差のあるお嬢さん向きの会話に誰しも一度は迷走はすると思うんだ。



 20歳の時に3歳児にぬいぐるみ遊びの仕方を教わったが。カエルの語尾は「ゲコゲコ」じゃなくて、弾むように「ピョン☆」と言わないと駄目らしいと学んだ。


 ちなみにウサギはベアトリーチェお嬢様の中では「ウサ〜」らしい。

 若い子の考えはオジさんにはちょっとよく分からなくてな。

 なぜウサギが「ピョン☆」では駄目なのかと3日くらい悩んだら、翌年はカエルが「ピョンピョン」でウサギが「ピョン☆」になっていた。

 流行りがコロコロ変わるので、即座にはついていけないよ。


 4歳のぬいぐるみ遊びで流行りに乗れなくて、何回間違えてダメ出しされたら事か。


 ベアトリーチェお嬢様はあの頃から俺を翻弄する悪女だったと思う(体験談)。


 前髪少し切りすぎましたか? って言ったら、プンプンしながら3日くらい口を聞いてくれなかった事もあるし、下手な事を言えない。


 昔はほっぺプニプニでお目キラキラで可愛いですね。なんて考えなくても素直に言えたが。


 今は素敵なおみ足ですねとか、セクシーなお尻ですねなんて口を滑らすといけないんで素直に言えない。


 多分侍女長はそこら辺を察してのドン引き発言だと思う。こちらは褒め称えているつもりなんだが、アチラはセクハラだと思うらしい。難しいなそこのところ。


 この美少女と美女になりきらない、微妙なお年頃なんで細心の注意を払ってデリケートに扱えとオフクロからアドバイスをもらっている。

 日によって子供扱いして欲しい時もあれば、大人として接して欲しい時期でもあるし、反抗期でイライラしている時期でもあるからと。


 ベアトリーチェお嬢様は宰相……旦那様に絶賛反抗期の真っ只中で、口を開いてもトゲがあると個人的な手紙に書いてあった。



「知らなくてよい事もありますお嬢様。どうしてもお知りになりたいなら、第三者がいる時に聞いてみて下さい。くれぐれも、ご結婚までは2人きりになりませんようご注意下さい」



 待って。それだと俺が第三者のいる前でベアトリーチェお嬢様に対しての心情を暴露しなきゃいけないって事かな。二重に試練が課されている気がする。



 俺はベアトリーチェお嬢様の部屋の扉をノックしてから入室した。扉は全開にしてから要件を伝える。




「立ち聞きしてましたごめんなさい。」



「あのカイルがそんなマナー悪い事したと白状するの? ドコから聞いてたのよ?」




「……お嬢様の中で俺ってどんな完璧人間に成り下がっているか、1回聞いてみたいですね。俺の事どう思っていますか?」




「言い方悪かったかしら? カイルは完璧ではないけど、私にそう見せようと努力してくれてるでしょ。ちなみにカイルの事は大好きだし、嫌がっても……うんん、ちょぴっとでも私の事好きになってもらいたいと思ってるし、絶対お嫁さんにしてもらうから!」



「……うん」




 やっぱりベアトリーチェお嬢様には敵わないな。そっかお嫁さんになってもいい程好いていてくれたのか……俺も好き。と、思っていたらダメ出しを食らった。



「カイルは口数が少なすぎると思うの。『はい』って言われたら何に対して返事したのか分からない。どんな心情でその言葉を言ったか分からないわ。多分、お……お嫁さんにしてもらうってところで返事したんでしょうけど、胡散臭い笑顔浮かべてないでもっと色々ちゃんと言って!」




「……もっと色々ちゃんと、ですか?」




 思わず侍女長の方を見ると首を振られた。素直に言ったらダメらしい。そしてまたベアトリーチェお嬢様に怒られる。



「ほら、またそうやって私を抜けものにして! 2人でアイコンタクトなんか取っちゃって酷くない?」



「カイル様。お客様なのに申し訳ありませんが、厨房に行ってお茶やお茶菓子の手配をしていただいてもよいですか?」



「ちょっと行ってくるね。ベアトリーチェお嬢様、場所を移しましょう。風が出て来たんで1階のサロンでもいいですか? お腹も空いたんで軽食でも手配させましょうか。出来次第お持ちします」



「話を聞いてよ! うっ……でも、お腹は空いて来たから軽食は賛成よ。サ、サロンで大丈夫……」



 ベアトリーチェお嬢様はギロリと侍女長に睨まれて、場所を移す事に成功した。




 さて、侍女長の仕込みのために物品も手配するか。

 さっきから侍女長がハンドサインで「部屋を出ろ」と何度も送って来るんで、俺も大人しく従おう。




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