麒麟児と魔王
暗部達の中で激震が走った。
暗部の2大一族の片割れ。
王家を多く庇護者として定めている一族の後継者が決まったと通知が来たが、それが直系の末っ子。
上に何人も居る筈の兄達を全て押し退けて、女の身でありながらその次代と言う役目を僅か5歳で担うという事実に…当主は頭がおかしくなったのでは?と誰もが思った。
こんな騒動、どっかの国の皇族を娶ってしまった家の当主の話しより衝撃的で、俄には信じられないと。
誰もが届いた通知を何度も読み直し、何かの悪戯か?と疑い直接王家の守護者と言われる当主に事実を確認し、目では無くて今度は耳まで疑った。
次代…次期当主は御年5歳の女子で間違い無いと。
誰もがその事実に正気を疑い反対する中、当主はその言葉を『否』と返した。
「王家の守りを司る当家は実力主義。例え血を分けた息子や娘であってもそれは変わらない」
そう、確かに何処の家よりも厳しい王家の守護者たる一族。
自身の子に適任者が居なければ問答無用で養子を取ることも厭わず、養子と自身の子に次を引き継ぐ行いもすると言う正に弱肉強食の家だ。
そんな当主に次代と指名されたわずか5歳児。
もしかして、分野問わず強者揃いのあの家にとんでもないモノが生まれたのでは?と、事実確認をしに行った者どもは…今度は違う意味で激震が走った。
やれ、生まれたばかりで話しただの、双子で産まれた筈の兄とは全く頭の出来が違うだの。教えてもいないのに、読み書き出来るだの。
とても子どもらしからぬ身体能力を持っているだの。
いつの間にか『麒麟児』と呼ばれた次代の登場に、王家の将来も安泰だと思ったのも僅か。
何を思ったか、麒麟児は宰相家に生まれた娘を庇護者と定めた。
誰も予測出来なかった事態に、もっとも嘆き悲しんだのは言うまでも無い…当主が一番無念である。
報告の際にあの冷静沈着な当主が、涙を滲ませて唇を噛み締めながら、床を叩き悔しがる様は当主会議の際に誰しもが同情を禁じ得なかった。
子どもは親の背中を見て育つ。普通は親の庇護者は子にも受け継がれる。全く同じ庇護者では無いにしろ、近しい者を自ら選ぶ。
頭の出来が違うと雑務や仕事を任せきりにして、庇護者の良さを尊さを伝えるのを疎かにし…こんな事態になってしまったと言う当主の搾り出す様な声。子を持つ暗部の親にとってはとても他人事にはなり得ない事態である。
今回の事で状況を重く見た当主は麒麟児の双子の兄の教育は間違わないと、ある程度技術を仕込んだら早めに王太子殿下の教育係として、接触させると表明した。
それにしても、2大暗部の家は揃いも揃って次代が予測不能だ。いや、能力的には寧ろ高いと言うか高すぎるくらい。
片割れの次代は魔王や夜の帝王と恐れられた、諜報活動にハニートラップ、拷問、戦闘何でも来いで、何をやらせてもそつなくこなす。
しかし、庇護者と定めた者もあの歳までいないどころか、庇護者たる者を探す素振りも無かった。
休みの日に何してるのかと言えば日がな一日ゴロゴロしながら読書をすると言う、よく分からない事をしているらしい。
母親の当主曰く…
「きっと鏡で綺麗なモノを見飽きてるんだろう。父親と妹があの顔だぞ?」
全く納得である。当主自体も見目は良い。だが、伴侶がアレなんで隠れがちだが。
麒麟児はと言うと。見た目は全く何処にでも居る子ども。茶色い目に、茶色い髪。少し癖毛で短い髪は子ども特有に細く、フワフワとしている。
何処にでも居る『雀』の様な次代。
しかし、見た目に騙されると痛い目を見る。
何も言われて無いのに本を読み漁り、大人の模擬戦を見て自ら「『柔軟体操』中心に」と言いながらトレーニングを行い、自力で戦う事を覚え……誰も何もキチンと教えてないのに次代の座にまでいつのまにか、気が付いたら大人の横に並び立った幼子である。
戦闘能力は今はそこまでは無いが、知識と行動力、何より頭の良さで総合的かつ将来性を買った結果の次代就任である。
次代と1回話せば分かる。アレは普通の子どもの思考回路では無い、正に麒麟児。
子どもらしからぬ言動に、ニコリともしない表情。
いつも眠たそうな半眼のアンバーの目は、まるで仕事に疲れた大人な表情である。
厨房に入って料理をし、絵本も読まずに辞書片手に歴史書を読み漁り、それが終わったら他の分野に手を出し始め、魔王が書いた『暗部のススメ』を呼んで「あー、ウチの家業コレか」と一人で納得して将来に備えてまた自主的に………究極に手のかからないお子様である。
麒麟児はどうやら、東方のお菓子が好きらしい。
教えても無いのに小豆を煮こぼし、甘い豆を『お汁粉』なるものにして啜って1人で「そう、これこれ」と勝手に納得して、自己完結してしまう麒麟児。
「もう、家では好きにさせてますな。流石に常識外の事をしたら注意はしますが……生まれてこの方叱った事もない。叱られる様な事をしませんので……」
「羨ましいな事ですわ」
「果たしてそうでしょうか?親の存在意義を問われる子です。同時期に生まれた双子の息子の方が私は可愛く感じる」
「あー、馬鹿な子ほど可愛いか?」
「そうです。手が掛からないと言う事は、それだけ親の手を必要として無い。アレを私の子と言っていいのかは良く分からない。育てた覚えも無いのに……はぁ〜……おたくの息子さんの子どもの頃はどうでしたか?」
「カイルの子どもの頃か…」
何にも興味を示さず、言われた事をする子ども。しかし、何かをしろと言えば大抵はある程度極めて…また次に進む。
「倅は努力の塊だな」
「あの魔王がですか?」
興味も無いのに、大人にヤレと言われて黙って学び続ける子ども。大体の物事に対して興味ないのに、それをやらされ続ける子ども。それでも頭の出来が違うのか大抵の事は出来る。楽しみも何も無い悲しい幼少期。
「昔に倅に聞いた事がある。『何が楽しかった』と聞いたら『何も』と言われた。まだ、娘の方が興味ある物が多くて…学びの速度は早かったな。ムラがあったが、普通はそうなる」
興味も無いけど、飽きる事も無い。元々飽きるほどの興味も無い。魔王の中では、片手間で他にやる事も無いし言われたからやるかと言うくらいのレベル。
それでも少しは、学ぶ事によって延長の様な僅かばかりの知識欲で本を読む事を覚え、後は生命維持活動の為の食事摂取に楽しみを見出し日々生きていると。
多分、魔王は自分が明日死んでも全く何にも後悔はしない。そこまで面白味のある生でも無いし。
「……庇護者がいない暗部とは…」
「ズバッと言って構わんよ。無気力だろう。今回『ヤレ』と言って宰相家の庇護者2人をあてがったが…果たしてどうなる事やら」
「うちの娘もそろそろ宰相家にお邪魔しますので、よろしくお願いします」
「そうか、では倅に伝えておくよ」
ヤレと言われたらとことんまでやるカイル。よっぽどの事が無い限り『もうやらなくていい』と言うまできっと守り、育て続ける事だろう。
自ら志願してベアトリーチェの庇護者に着いた麒麟児と、庇護者を無理やり当てがわれ魔王。
経緯は違えど2人の次代に見守られ、育てられたベアトリーチェはきっと優秀だろう。
『お人形』として。
侍女長「チート欲しい」、「カイルのスペック羨ましい」と言ってますが本人も大概高スペックだったオチです。主人に似て無自覚系。
思ったよりも直しと加筆が多くなり、投稿速度が遅くなってしまった事に謝罪申し上げます。待って下さった方々、ご迷惑お掛けしました。




