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「ははは。何だこれは……おい、話が違うだろう侍女長」
「お嬢様の趣味に口出しするのはよろしくないかと。ちなみに最近はコチラを愛読していらっしゃいますね」
「『イケてるオジ様の落とし方』って。ドコの出版社だ? うわー…………なるほど。ギリギリ全年齢向けだが駄目だろこんなの読ませちゃ? 貴族じゃなくて平民に出回ってるヤツだ。あぁー……さりげないボディタッチとか、ベアトリーチェお嬢様が抱き着いて来るのはコレのせいだったか。子ども返りかと思ってたぞ」
本棚に隠し扉でもあるかと思っていたら、堂々と棚に恋愛関係などの書物がギッチリ並べてあった。ここまで来ると潔いな。
そして、中々に興味深い。読み物として普通に面白いのが憎めないところだ。
「俺って分類的に『イケてるオジ様』なのか?」
「『取り扱い注意の危険物』の方が私はしっくり来ますが、お嬢様はそのように思ってらっしゃいますね」
「へー…………。で、何でこんな本をベアトリーチェお嬢様にススメたんだよ?」
「巷で流行ってるらしいですよ。お友達にオススメされたとおっしゃってました」
「『お友達』ねぇ……。巷では流行ってないだろ。今は悪役令嬢とか婚約破棄とかのがあるだろう? あぁ、一応読んではいるのか。こう言うのお好きなんだな……ふむふむ。後で貸していただこうかな。コレは読んだことないな」
大体は王子と婚約破棄してからの、その後新たに婚約を申し込むヒーローとヒロインが結ばれてと言うのがラインナップだな。と、言うかこの棚にはそれしかない気がする。意図的だろその勧めてくれてる読書家のお友達。
後は……あ、コレはアウトだな。
「『暗部のススメ』とかダメだろ。これ、俺が新人用に書いたヤツじゃんか」
「お嬢様は大変興味がおありのようです。擦り切れるまで熟読なさって、そこにあるのは2冊目になりますね」
「コレもまさか流行ってるとか言わないよな?」
「そちらは、たまには違う本も読んでみたいとおしゃられたお嬢様にお応えして、私が差し上げた物になります」
「………何がしたいのお前?」
殺気を放って流し目で見ても意に介さず。付き合い長いからな。これくらいじゃビビりもされないが、すまし顔されてる侍女長こと同僚にイライラするのは止められない。
折角未来の王妃を育てたのに、計画が台無しな洗脳紛いな事されたら怒る。ベアトリーチェお嬢様を育てた16年が無駄になったな。
教育を施したご子息も合わせたら20年計画である。俺の半生を返せよ。
「反対勢力が、婚約破棄モノの流れに持って行こうと模索してます」
「その反対勢力ってお前の実家だろう? 何を迷走してるか知らないが、10年前から気がついてるよ。だからベアトリーチェお嬢様の教育方針見直してお人形にするのは諦めたのに。ちなみに破棄後のお相手って誰に決定したんだ? 幾ら調べてもソコだけが分からん」
この国は見てくれが完璧な王侯貴族と、ちょっと優秀な人材で成り立っている。
裏では優秀な『暗部』が画策して国の運営を担っているな。国民が見ているのは綺麗な部分だ。汚いところは知らなくても、平和に生きて行けるシステム。
建国当初からずっとこんなで成り立っているんで、侍女長の実家が今更それを覆す意味もよく分からない。
珍しく言おうか言うまいか悩んでいる侍女長に答えを急かすと、とんでもない事をのたまった。
「お嬢様はあらぬ罪で断罪された後に娼館送りに──」
「へぇ…………。お前達俺に殺されたかったんだ? 流石に房中術は仕込んでないけど、侍女長がこれから手ほどきするとか言わないよな?」
笑顔で聞くと俺の不穏な空気を感じ取ったのか、流石の侍女長も冷や汗を流し始めた。
俺の頭の中ではどうやって暗部にお仕置きしようか算段をフルスピードで考えている。
これだけ秘密裏に進めて俺に悟られないようにしてたと言う事は、どうやらウチの実家も1枚噛んでるな。よし、オヤジから潰すか。
大丈夫、2年も猶予があれば軌道修正出来るだろう。
オヤジに穏便にご退出してもらって、侍女長の実家は計画に携わった上の方を根絶やしにでもして吸収合併してしまえばいけそうだな。
さて、忙しくなりそうだと思ってベアトリーチェお嬢様の部屋を出ようとしたら、侍女長にガシッと腕を掴まれた。
「おやめくださいカイルさん。頼むから私の父を惨たらしく殺すとかはなしの方向でお願いします。穏便に話し合いましょう」
「あ、ごめん。声に出てたかな? 水攻めなんて生温い事しないで特別に拷問にしようかな。最終的に海に沈めればいいかなと思うけど……食卓に並べて欲しくなければその手を離してくれる?」
「どうしてそこでご自分がお嬢様を掻っ攫うとか思い浮かばないんですか?」
「あのねぇ。もう直ぐ四十のオッサンがこれから未来ある若者を手篭めにするなんて外聞悪いだろう? ベアトリーチェお嬢様の名誉が傷付くし何より可哀想過ぎて……え、何でそこで満面の笑みなの?」
満面の笑みなんて言ったが、ゲスい部類の黒い笑い方だな。何か言葉を間違っただろうか?
「カイルさんの心情的にはお嬢様を娶るのに抵抗はないと?」
「人の話聞いてたかな?はそれじゃベアトリーチェお嬢様が可哀想だろ。抵抗有りまくりだからな」
「聞き方が悪かったですね。お嬢様のことお好きじゃないんですか? 嫌いなら本人に直接言えば解決ですよ」
「はぁ?」
何か言ってるんだコイツ? 俺がベアトリーチェお嬢様を嫌いな訳ないだろう。
「俺がベアトリーチェお嬢様を嫌いなんて、天地がひっくり返っても言える訳ないだろう? 16年手塩にかけて育てて眼に入れても痛くないどころか、超絶可愛く女神の如く育ったあの子が、真珠の涙も霞むほどの涙を流してショックを受ける姿を見るなんて俺は耐えられない。嘘でもそんな事言えないからな?」
「言って差し上げないと、もっと泣くと思いますよ。らカイルさんが言わないなら誰が言うんですか。私は嫌ですからね。ここに来て『大好きなカイルと結婚出来ない』って言ったら、あのまん丸お目目が溶けるまできっと泣き腫らしますよ」
「ちょっと、待て。王太子殿下と結婚が嫌だからまだマシな方の俺に求婚したんじゃないのか? まさか冗談じゃなくて、男として俺の事を慕ってるとか言わないよな???」
「そこはご本人にお尋ね下さい」
「え、いや。無理だろ……もし違った時のダメージが酷すぎて聞けないからなら。勘違い男とか言われたら冗談抜きで立ち直れない」
「このヘタレ」
「何とでも言え」
さて、これからどうやってこの侍女長に話を聞き出すか頭の中で算段を立てる前に、情報収集のために実家に帰る事にした。
先ずはオヤジの考えを聞いてからだな。潰すのはいつでも出来る。手札を全て揃えてから、お嬢様に最終確認だ。
「息子よ、話し合おう」
「勿論だよ。ちょっとだけ足あげて……ありがとうオヤジ」
「話し合いにこの体勢は向かないだろう。まて、締めすぎだ。血が止まるからやめて下さいカイル君」
「そんなヘマする訳ないだろ。窓から逃げようとしたのが悪い」
久しぶりに実家に足を踏み入れた。勿論、逃げようとしたオヤジを見越して3階の窓から入ったからな。
丁度逃走目前のしたオヤジとドッキングして、そのまま組み敷いて服やら暗器やらを全て引っぺがして簀巻きにしている。
縄抜けが得意なオヤジなんでこれでも逃げられる可能性あるが、フル装備の俺は捕まえられるから問題ない。
「で、何で向こうさんはベアトリーチェお嬢様を蹴落としたいんだ? 一応備えてはいたが、当初の計画では王妃のはずだろう」
「カイル君、本気で言ってるのかい? パパはビックリだよ。あんなのに育てたら、傀儡として使い物にならないだろう。アレでは王妃どころか王族に嫁ぐのは無理だ。周りに悪影響が出る」
「まさか俺が大事に育てたベアトリーチェお嬢様の悪口言ってないよな?」
「殺気はやめて殺気は。ナイフを仕舞いなさい話し合おう。暴力反対」
手でもて遊んでいる刃渡りが凶悪なナイフはそのままに、オヤジの言い分を聞く事にした。