氷の瞳を持つ宰相 後半
そこからは坂道をゴロゴロと転がるように上級貴族の宰相家とは名ばかりの、新興貴族上がりの妻の実家の傀儡と成り果てた。
妻の実家も今から手は引けないと色々と暗躍して、宰相家から次代の宰相、娘が産まれてからは次期王妃を排出しようと躍起になって……暗部の一族達に掌で弄ばれてるとも知らずに。
いや、知っていても何かしなければ恐怖でどうにかなりそうだったんだろう。
国の政治の中枢を担うはずの頼みの綱の宰相家がどの家からも見限られたと知って。
寄って来るのは事情を知らない同じような家々だ。
それも、ポツポツと不正で告発されたり、没落して行くから相当怖いだろいな。この国の影の権力を目の当たりにして。
「父上と母上が幼馴染だったと聞いたんです。母上は父上を『お茶目さん』って言ってましたよ」
「お前の年くらいからもう好きだったからな。気を引こうと道化まがいの事もしたさ」
「お父様! 具体的には?」
「一緒に遊ぶのは勿論、プレゼント持って家に遊びに行ったり……何をしても今のベアトリーチェみたいに目を輝かせて喜んでくれたな」
公開プロポーズの時はいつものようには行かなくて、流石に泣きそうな顔していたが。
妻が首を振りそうになるのを止めるために、口づけで黙らせて無理やり指輪を嵌めたのはちょっとやり過ぎたと思う。若かったなあの頃は。
もう少し大きくなったら嫌でもこの子達の耳にも噂は入るだろう。
いつの間にか子ども2人を膝に乗せて妻の小さい頃の話をしていると、カイルは台車やら座っていた椅子やら片付けを始めた。
「そろそろお腹も落ち着いたでしょうし、横になりましょう」
「カイルと一緒に寝る!」
「……そこはお父様と寝て下さい」
「やだ!」
おっと娘よ。確かに仕事がクソ忙しくてあんまりかまってやれなかったが、何もそんなに危険な香りのする男と寝なくても良いだろう。
「あ、あの。父上のベッドで一緒に寝てもいいですか?」
「構わないが……」
「それでしたら、掛け物をもう少しご準備します……おっと。」
ベアトリーチェはジャンプしてカイルに引っ付きながら、部屋から出て行った。
直ぐに戻って来たが、どうやら子供部屋から毛布を持って来たらしい。
トイレを済ませて寝室に移動。
息子は広いベッドにソワソワとしていたが、あてがわれた毛布にくるまって、恐る恐る私のパジャマを掴んで寝る体勢に入った。息子素直で可愛い。
子どもと一緒に寝るなんて私も経験ないんで少し不安だったが、息子を見て安心した。
ベアトリーチェはまだカイルと格闘している。
「……ベアトリーチェお嬢様離れて下さい」
「ヤダヤダヤダヤ!」
「ふぅ〜……失礼します」
まさかのそのまま4人で寝るスタイル。私が口をパクパクさせていると「人を待たせているんで長くはいません」と小声で言われた。
こんな時間に待っている者がいるなんて……と、思ったが深くは聞くまい。
ベアトリーチェはブスッとしていたが、毛布にくるまれてカイルにポンポンとされていると、直ぐにうつらうつらし始める。
子ども2人の寝息が聞こえて来たのに安堵していると、表へ出ろと言わんばかりにドアを示されたので一緒に行く事に。
ソファに対面で腰掛けてまずはお礼を言った。ベアトリーチェを宥めてくれてありがとうと。
「ベアトリーチェお嬢様ですが、多分当面の間夜泣きが続きます」
「……そうか」
「お母様が死んだと理解してるかは怪しいですが、居ない事には気付いたんでしょう。ご子息も当分情緒不安定だと思われます。この国はあまり添い寝の習慣はありませんが、当面の間は夜はみなさんで一緒にお休みになられても良いかと」
「わかった。そうしてみる」
「新しい侍女はベアトリーチェお嬢様の部屋付きにしましたが、この部屋でお休みになられるならアレに手配は任せます。ベッドガードに防水シーツなど……ご子息の教育は落ち着いたら再開しますが、様子を見ながら徐々にですね。私が手が空いてる隙に屋敷の『掃除』は粗方終わらせます。当初の予定と若干違いますが何人か泳がせようかと……あまり一気に排除すると屋敷が回りそうにないので」
「古参の者はどうした?」
「賄賂に目が眩んだようで、役に立ちませんね。この屋敷で無事なのは本当に末端か、料理人や庭師くらいだ。厨房が無事だっただけ御の字でしょう」
思ったよりも酷いな。妻の実家の息がかかってるのがそんなにいると思わなかった。
「結局、妻を殺したのは?」
「丁度今私の部屋にいますが、一緒に楽しい夜でも過ごしてみますか? 朝までかかる予定ですけど」
『是』と言いたいのをグッと堪えて、子ども達が寝ている寝室を見てから首を振るに留める。
「いや、そちらにお任せする」
「分かりました。ベッドガードだけ持って来ますので、横になってお待ちください」
よい夜をと言って去って行ったカイルを見送り、私は寝室の温いベッドに滑り込む様に入って横になった。
妻と一緒に寝ていたはずのベッドに子ども2人と寝るとは思わなかったな。
もう、二度と人肌の温かさがあるベッドに横になる事は無いと思っていたのに。
ベッドガードが何か分からなかったが、どうやら子どもの転落防止に備えた柵らしい。
ベアトリーチェはこの短時間で何度も寝返りをうっていたから、確かにコレは有り難い。
足音の全くしないカイルが本当に寝室から出て行ったのか確認して……うん、いないな。私は身体の力を抜いた。
妻は何度も実家をどうにかしようとしたが、結局駄目だった。
私は妻さえ手に入れば他はどうなろうと構わないと思っていたのに…………子どもが産まれたらそうは行かなくなった。
手始めに妻を。次に私を殺して息子の後見になって宰相家を内側から操る算段では? と疑問を持った時に暗部から接触があった。
最終勧告に来たと言ったカイルに私はとうとう折れた。
娘を出産した産後の生い立ちにしては、どうも回復が遅すぎると思った時には……カイルから嫁の余命宣告を受ける事となる。
何もかも焼き払ってしまいたかった。
でも、妻が言ったんだ。子ども達を頼むと。ただ、その約束の為だけに私の心臓は今も動いている。
暗部が宰相家救済に力を貸す条件。
見せしめのために妻の実家と加担した家を潰すのと、今度こそ間違わないように息子と娘の教育は指定した者しか認めないと。
息子は将来宰相で結婚相手も指定の者だ。娘は王家の誰かに差し出される。王太子が有力だな。
私は命尽きるその日まで働けと言われた。
生きてる限り、誰かにうしろ指を指されながら日々を送る生活。何より妻がいないこの世で生きていかなきゃいけないのかと絶望した。
私もそうだが、息子も将来はかなり肩身の狭い思いをしながら仕事をこなさないといけないな。
しかし、もし人生をやり直す事があったとしたら……妻と私が結ばれる道が他にないなら、私はまた同じ道を辿るだろう。例え一時の幸せだったとしても、彼女と結婚出来る道が他に存在しないなら。
「哀れだなぁ……」
大人は泣けないんじゃなくて、人前で泣かないだけだと子ども達が気づくのは一体いつだろうな。一生気づかない方が幸せだと思うが。
自分自身の蔑みの言葉は『アイスブルー』と言われ続けた、宰相家の家系によく出る氷のような目から流れる涙のように、温かなベッドに溶けて消えた。
次回、侍女長視点になります。




