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夢の図書館

作者: そうのすけ

ときどき、ある風景が実際に見たものだったか

それとも、夢の中で見たものだったか

あいまいになることがある。


おれが今見ているこのK町の風景も、

そのひとつだ。

N県に来たのははじめてではない。

何度か町おこしの取材があったので、

その途中で通りすぎたのかもしれない。


「しかし、本当なんでしょうかね。

予言をするおばあさんの話」

ミニバンの運転席で相棒のMが言う。


「不況になると大体オカルトが流行る。

みんななにか異世界に逃避したいんだ。

本当かどうかはあまり重要じゃない。

オカルトはプロレスみたいなもので、

虚実の揺らぎ自体が醍醐味なんだよ」

おれは電子タバコを吸いながら答えた。


「ネット上でも、よく災害やテロを

予言した書き込みが見つかるって言いますが、

事後にそれと似たような書き込みを

検索すればそりゃなにかしらは出てくるでしょう」


おれはそれには答えず山間部にひっそりと

うずくまるK町の全体を

国道から見下ろした。


✳︎


問題のおばあさんは町役場で

おれたちよりも先に待っていた。

天井の一角にしつらえてある

テレビでお昼のワイドショーを見ていた。


もう少し神秘的なオーラでも持っているかと

期待したが、まったくその他大勢の中の

ひとりという佇まいだった。

新興宗教の開祖というよりも、

どちらかというとそれに騙されるような

タイプに見えた。


「はじめまして、Tテレビのものです」

おれがそう言ってあいさつをすると、

そのおばあさんは

「待っていましたよ。Yさん」

と言ってあいそうよく応じた。


しばし、どうでもいい話で場を和ませたあと

おれは本題を切り出した。


「ところで、本当なんですか?

予知夢を繰り返し見るって噂なんですけど」


「この間の地震のことですね。

ええ、見ましたよ予知夢。

津波がバーッと押し寄せて、

みんなの家が流されて、

大変なことになると思っていました」


「それはいつごろ見た夢なんですか」

Mが質問した。


「うーん、よく覚えてないからねえ」

いかにも頼りない感じでおばあさんは言った。

おれは予感が残念な方に当たった気がした。


「他にはなにかありますか?

なにか日本人ならみんな知ってるような出来事で」

おれはさらに聞いてみた。


「高層ビルに旅客機がぶつかる夢を見たよ」

おばあさんは言った。

あまりにも漠然としている。

もしかすると、今考えているのだろうか。


「これから起こることはなにかありますか?

最近の予知夢はなんですか?」


おばあさんは困ったような顔で言った。

「空が赤く燃えている夢を見たわい」


「それは具体的にはなんなんでしょう?」

おれは追求した。これではぐらかされるなら

今回の取材はハズレくじかもしれない、と思いながら。


「わしにもわからん。大勢の人が叫んだりしておる」


おれはMと目配せで、適当なところで切り上げよう、

と伝えた。


✳︎


「だから言ったじゃないですか。

噂の正体なんてこんなもんですよ。

この分じゃさらに取材してもあまり

面白い情報は出て来なそうですね」

Mはミニバンの扉を閉めるとそう言っておれの方を見た。


「うん」

おれは別の企画を考え直さないといけない憂鬱を

抱えていたが、一方、局の仕事とは無関係に

なにか非常に個人的な気がかりを抱えていた。

「ちょっとその辺の景色を見つつ散歩してくる」


「どうぞ、ぼくはここで寝てます」

Mは言った。


おれはこの町に本当に来たことがないのだろうか。

いつも一緒に取材してきたMは、

この町に来たことも、通り過ぎたこともないという。

凡庸そのものな団地地帯、

シャッターの目立つ目抜き通り、

山肌に蟄居するなにかのおやしろ

あまりにも無個性な町なみゆえに、

どこか似た風景と混同しているのかもしれない。


そんなことを思いながら歩いていると、

なにか決定的な印象を目の前のY字路に感じた。

そうだ、ここを右に行ったんだ、おれは。

左になにがあるかは知らない。

だが右に行くと、たしか二階建ての古びた

書店のようなものに行きつくのではないか。


おれは操り人形のように右へ曲がった。

左右に連なる、古ぼけたマネキンのショーウィンドー、

黄色い値札を呪術のように貼り付けたカメラ屋、

新製品のバイクだけが新しく見える自転車屋、

やはり既視感を感じる。

やがて、その二階建ての古びた書店に行きついた。


そこには先ほど取材したあのおばあさんがいた。

「やっぱり来たかい」


おれは驚いて言った。

「やっぱりって、どういうことなんですか?

ここはあなたとなにか関わりがあるんですか?」


「まあ中に入りなさい」

おばあさんは先頭を切ってその二階建ての古びた

本屋のようなところへ入って行った。


内部は外から見るよりも広く薄暗かった、

棚には年代を感じさせる

古書のようなものが圧縮陳列されていた。

「ここは一体……古本屋ですか?」


「図書館だよ。ただの図書館じゃないけどね。

試しになにかひとつ借りてくかい?」


おれは試しに「大正期」と印の付いている

棚から「平井権三」という著者の本を抜き出して、

中を読んでみた。


小説だろうか。とても読みにくい草書体で

日記のようなものが直接記されている。

どうやら出版社の出版する本ではなく、

なにか個人的なノートを本の体裁にまとめて

大量に所蔵しているようだ。


「それは平井さんの夢だよ」


「夢?夢日記みたいなものですか?」


「わしがこの町の10代目の夢女で、

その夢は7代目がこの町の住民から聴取した夢さ」


「夢女というのはなんです?」


「江戸時代から続く、この町の役割さ。

自分のみた夢とこの町に住むひとの夢を

そうやってノートにまとめて、

ここ夢図書館で管理するのさ」


「なぜそんなことをするんですか?」


「あんたがここに自分の足で来たからいうけどね。

ある種のひとは本当に予知夢を見るのさ。

たいがいは『デジャブ』とかいう言葉で片付けてるようだけどね。

ここの住人はそういう性質を強く持っていて、

お互いに血を濃くするような結婚を続けたから、

ここの住人の見る夢はなにかしら未来のことを

語るようになったのさ。

それに気づいた初代夢女がこの夢図書館を始めたというわけだよ」


「あなたはぼくがここに来ることを知っていたのですか」


「その通り、そしてあんたがここに導かれたのも

まさに予知夢の導きだよ。

あんた、遠い祖先にN県出身がいないかい」


「そういえば、母方の祖父が……」


「もしかしたらこの辺の出身かもしれないね。

あんたには覚醒遺伝だかなんだかで、その能力が出たんだろう」


「ここに書かれていることは必ず当たるんですか?」


「ああ、それを知ってるものはこの町の外にはいないがね。

あんたはあたしたちと同族みたいだから教えるけどね、

これは絶対にテレビで教えちゃだめだよ。

ところで、誰かの夢を借りてくかね?」


✳︎


おれはその辺の夢を借りられる限り借りて局に帰った。

全部で20冊。

とりあえずMには内緒にしておいた。

草書体を読むのは難渋したが、

未来を知りたい、本当に予言が当たるのか知りたい

という気持ちが勝った。


かくして、おばあさんの言ったことは本当だった。

実に、あらゆる年代の夢がその先の未来のことを

的確かつ非常に具体的に予言していた。

おばあさんは「ただの占い好きの町」として

報道してくれ、と言っていたが、

ジャーナリストの血はその真反対の気持ちに揺れ動いた。


おれはゴールデンタイムに特番を組んで、

N県K町にある夢図書館のことを報じた。

視聴率は記録的な水準に達した。


そしてこの不況の時代になお

喜ばしいことには、

日本はこの先景気回復する、

ということが予言されていた。


ひとびとはこぞってK町を訪れた。

夢図書館は連日満員の賑わいで、

夢は根こそぎ貸し出された。


ある日、おばあさんから電話がかかってきた。

Yさんを信用して図書館のことを教えたのに、

裏切られた。この先なにが起こっても知らない、

という趣旨のことを言われた。

しかし、未曾有の大ブームにマスコミはそれどころではなかった。

おばあさんの忠告は嵐にまう木の葉のように吹き飛ばされた。


ひとびとは夢の予言を前提にして動き出した。

景気回復の予言に従って、株価は連日高値を記録した。

景気回復の予言はかくて自己成就された。


しかし、ある日バブルが弾けるようにして、

各種景気指標は総崩れを起こした。

おれはMにどうしてなのか聞いてみた。

Mは言った。

「いわゆるバタフライ効果ではないでしょうか。

ほら、ブラジルで蝶の羽が引き起こした風が

地球の裏側で嵐になるというやつです。

これだけ多くのひとが『未来』を前提に

行動したら、その『未来』になんの影響もない方がおかしいでしょう」


おれはたしかにその通りだろうと思った。

それからだ、おれが空に大きな赤い炎の浮かび上がる悪夢に

連日うなされ始めたのは。

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