病室にて
今、ひそかに命が尽きようとしている青年がいる。
彼の名前は田村サトシ。
彼は病院のベッドの上で誰にも知られることもなくその生涯を終えようとしていた。
病院に備え付けのブザーを押せば、きっとすぐに看護婦がやってきてサトシの異変に気が付いて、すぐに医者を呼んでくれるだろう。
そうすればサトシの命は助かるはずだ。
しかしサトシはブザーのスイッチを押さなかった。
それは生まれてから病弱で学校にも通うことも出来ずに20歳という年齢を超えた自分がこの先生きていても仕方がないという思いがあったからだ。
彼はその境遇ゆえに友達となる同世代の人間はいなかった。彼の知り合いと言えば看護婦、医師たちであるが、彼らは仕事上表面的には親切にしてくれるが、心を許し合える、そんな本当の意味での友達にはなりえなかった。
同じ病院に入院している患者たちと仲良くなることもあったが、サトシの入院している病院は難病の患者専用の病院であったがために、友達になれたと思っても数年後には死んでいなくなってしまうのだ。
そんな彼らの姿を見て育つうちに、サトシの中に眠る希望の炎は燃え尽き、生きる気力というものが失われてしまった。
深夜に突然彼の心臓を襲った異変に対しても、正常な人間であれば耐えられないであろうその苦痛のさなかにあっても、サトシは動じることもなく”これでやっと終わることができる”と安堵の気持ちさえ覚えた。
呼吸が乱れ、薄れゆく意識の中で”ああ、何もない人生だったな”そんな思いを頭の中に浮かべながら、彼は静かに息を引き取った。