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第9話/激突

 瓦礫の下から這い出してみれば、体中あちこちが鈍い痛みを訴えていた。

 焼け焦げた衣服は原形をとどめておらず、上半身はほぼむき出しになっており、その素肌は黒く煤け、引き締まった体の上に無数の細かい傷が刻まれている。

 しかし、何より彼が気にしたのは頬の傷であった。

 先刻、風の刃を凌ぎ切ったと安堵した直後、死角から飛んできた光の矢は易々と魔王の頬を裂いた。

 拭った手の甲にこびり付いた己の血。炎でてらてらと映し出されるそれの匂いが鼻腔を伝って脳の一部を痺れさせる。

 久しく忘れていた高揚感が心を満たし、ふと笑みがこぼれた。

 炎上する魔王城。主塔から吹き出す荒れ狂う炎を背に、魔王はくつくつと可笑しそうに笑っている。

 最後に自分の力を抑制することなく戦ったのはいつだったか。自問したものの、その答えを探る前に白い影が真っ直ぐに突っ込んできた。

 魔王は瞬時に雷の剣を作りだしてそれを正面で受けとめ、楽しそうにその黄金の瞳を覗き込む。

 鋭い光を放つ金色の瞳と美しい銀の髪を持つ獣。本能のままに破壊行動を繰り返す彼女を人間と呼ぶには禍々しく、魔族と呼ぶには美しすぎた。

 「ずいぶんと派手に暴れるもんだな」

 「ええ。だって、心おきなく相手をしてくれるのでしょ?」

 「確かにそうは言ったが、やり過ぎだろう」

 「そうかしら?空間を切り裂いてあちらの世界を傷つけることだってできるけど?」

 「そんなことをしたら、自分の家族と自国の民を傷つけることになるな」

 「そうね。だから、こうしてここで我慢してるんじゃないの」

 我慢。これで我慢?

 彗の言いように魔王はたまらずふきだした。

 なにが可笑しいのよ。そう瞳で問う彼女の手元に力が加えられ、魔王の体が半歩ほど押された。

 空からは次々と城の残骸が降り注いでくる。

 「そろそろ俺達もここから出た方がいいと思うんだが?」

 「わかってるわよ。でも、」

 「でも?」

 「まだ足りないのよ!」

 彗の魔力の流れが変わった。

 魔王の剣を圧し折った彼女の爪が瞬く間に伸び、膨大な白銀の光を放出し始めたのだ。

 その目もくらむ光に飲み込まれながら、魔王は自分たちの頭上に崩れてきた主塔の天辺が一瞬でずたずたに引き裂かれるのを見た。

 とんでもない非常識な女。

 ツィンクにはほとんどでまかせに言っておきながら、魔王は自分の言葉に納得していた。

 「本当に非常識な女だ」

 「お人よしの魔族に言われたくないわね」

 お互いに一歩も譲らない魔王と彗。

 彗は魔王を飲みこもうと己の力を放ち、魔王はそれを押し返そうとありったけの魔力を惜しみなく注いでいる。

 様々な小細工を駆使して戦った後での力押し。それは、双方ともに魔力も体力も限界が近いだけにすぐにでも決着がつきそうなものだった。

 しかし、最初に仕掛けた彗の思うようにはならなかった。

 彼女にしてみれば、十分に相手の力を削いだうえ、自分が完全に勝利するための一番手っ取り早い方法に出たまでのこと。魔王の力の消耗は激しく、さらに魔王城を支えている空間さえ彼自身の魔力を割いているところを含めれば、自分を下すのに使える力はあとわずかでしかないと考えるのが妥当だったのだ。

 だが、それが計算違いであったことに気付いた時には、優勢であった彼女の白き光は魔王の闇に飲まれつつあった。

 「ちょっと、女性には優しくするもんだって教わらなかったの?」

 魔王の圧力に片方の膝を屈しようというときでも彗という女性は弱音を吐くどころか悪態をついた。もちろん、その瞳は今なお輝きを失っていない。それどころか、どこかに付け入る隙はないかと忙しく思案を巡らせながら、長い睫毛に縁取られた瞳で魔王を挑発している。

 「生憎だが、俺の優しさはか弱い女性のためにあるんでね。非常識な女には手加減無用というのが祖父の遺言だ」

 「へぇぇ・・・、それは気の利いた遺言を残すおじいさんだこと」

 口惜しげに顔を歪める彗。対照的に、魔王は愉快そうに彼女を見下ろしている。

 ついに彼女は両膝を地に付いた。

 そして、気力だけで支えていた両手までも体の脇に下ろしてしまった。

 「終わりだな」

 言い終えるのを待たずに魔王の闇は彗を飲みこんだ。

 音も光もない、ただどこまでも広がる闇がふたりを包んでいる。

 「これで気が済んだだろう。自分の国に帰れ」

 「嫌」

 「あのなぁ・・・」

 膝を付き、汗で額に張り付いた銀色の髪をすいてやりながら、魔王は心底呆れた風に、しかし、くすぐったい気持ちにどうにか蓋をして続けた。

 「人のくせに、魔族と関わろうとするな。俺達は戦をしているんだぞ」

 「その戦の実態を私が知らないとでも思ってるの?」

 魔王の手を払い、彗は闇の中でも輝く瞳で彼を見据える。

 「マルーン王とシェン王が魔王と交わした約束を私は知ってる。戦の本当の意味も知ってる。だから、お人よしの魔族なんて怖くないわ」

 それにと、彗は言葉を切って突然魔王の両肩に自分の腕をからめた。

 ぐっと近くなった彼女の瞳を覗き込む魔王の体が急に熱を帯び、素肌に汗がにじむ。

 焦げた匂いや汗にまぎれて、彼女が持つ特有の香りが魔王の鼻をくすぐるだけで彼の頬がかっと熱くなった。

 「おい・・・?」

 しかし、困惑気味の魔王を置き去りに、彗は構わずに彼の体の上に身を沈ませ、子供の獣が親にあまえるように、額を魔王の首筋に押しあてて言った。

 「それに、ここは居心地がとてもいいの。だから、時間が来るまでもう少しここにいさせて」

 そうして間もなく彼女は小さな寝息を立て始めてしまった。

 残された魔王は己の作りだした闇の中でひとしきり混乱したのち、ようやく意を決して立ち上がった。

 もちろん、その腕の中には安らかに眠る小動物がいる。

 何が楽しいのか、緩みっぱなしの、しかも煤で真っ黒な彼女の寝顔を見て、魔王は声をあげて笑うのだった。

ようやく魔王様が強く出るようになったみたいです。

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