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第8話/夜襲

 彗は小さな物音で目を開けた。



 暗い廊下。足もとでは燭が揺れている。

 客間の扉の前で鉢合わせした二人は、久しぶりの再会だというのにお互いに顔を見合せては固まった。

 片や、寝間着姿の魔王。

 片や、分厚いマントをはおったままのツィンクという魔王の部下。

 彼は明日付で魔王の身辺警護をフロウと交代する予定になっている。したがって、この時分に魔王城にいてもおかしくはないのだろうが、しかし、出会った場所が問題なのだ。

 彗が寝室にしている客間の前。

 フロウと並び、魔王軍の双壁を成すツィンク。だが、彼の女癖の悪さは兵士たちの噂に上るほどで、それは魔王の耳にもちゃんと届いていたようで、こうして彼らは魔王城に暮らす唯一の女性の部屋の前で睨み合っているのだ。

 「ここで何をしているんだ?」

 「それはこちらの台詞ですね。魔王様」

 細い目をますます細めて笑うツィンク。それを受けて魔王は苦々しく顔をしかめる。

 夜目のきくふたりは、互いの表情を確認し、それぞれにその表情を深めた。

 「まさか、本当にお后様候補なんですか?いつぞやの失恋の傷は癒えたということですかねぇ?」

 「黙れ。とにかく、この部屋の女には手を出すな。これは命令だ」

 「……へぇ?やはり、ご執心なわけですねぇ」

 「執着しているわけじゃない。ただ…」

 「ただ?」

 首をかしげるツィンクの胸倉を乱暴に掴み、魔王は言い聞かせるように泣きついた。

 「この女はとんでもない非常識でとんでもない化け物だ。お前が手を出して、お前だけがぼこぼこにされるのなら構わない。しかし、確実に俺にもとばっちりがくる。それが許せない」

 「なるほどねぇ。わかりましたよ」

 「分かってくれたか!」

 存外聞き分けのいいツィンクの胸倉から手を外し、親愛をこめて改めてその肩に伸ばそうとした時、どういうわけか魔王の手は空を切った。

 「わかりましたが、とりあえず夜這ってきます。ああ、どうぞ私のことはお気になさらず」

 にっこりとほほ笑んだ彼はすでにその扉にへばりついていた。あとはほんの少し力を加えればいいだけの体勢で。

 「ちょっと、ま・・・」

 ちょっと待て、早まるな。

 そう言いかけた魔王の言葉を待たずして、ツィンクが客室の扉を開けたかと思った瞬間。

 部屋の外にいたふたりが扉ごと吹っ飛んだ。

 「ふがッッ!!」

 「み゛・・・!!」

 思いもよらなかった内側からの攻撃にふたりはあっさり廊下に投げ出され、あろうことか粗大ゴミと化した扉の下敷きになってしまった。すぐさまその重厚なゴミをはねのけ、魔王はツィンクの後頭部で強打した鼻を、ツィンクは扉に潰された顔面の痛みに転げ回っている。

 そこへ突然、興奮した少年のような声が響いた。

 「女、いいからとっととここから出て行け!」

 「だから、それは嫌だと言っているの。そんなに追い出したければ力ずくでやってみたら?」

 魔王もツィンクも少年のような声の主にはすぐに思い当った。そして、もう一方の女性の声は、当然部屋に寝ていた人のものであろうこともすぐに見当がついた。

 何が起きているのか。

 とりあえず、顔をあげて事態を把握しようとした二人。

 だが、時すでに遅し。彼らふたりの顔は廊下に敷き詰められた絨毯に沈められた。もちろん、好き好んで窒息死しようというのではない。ただならぬ力で後頭部を押さえつけられ、抗うことができないのだ。

 「もぐぅぅぅ!!もぐもぐもーーー!!」

 「う゛ーーーー!!うううう、う゛ーーー!!」

 「あら、もう泣いてるの?今だったらやめてあげるけど?」

 「うるせぇ、そっちこそ泣いて謝ったらどうだ!」

 足元で、正確には彗の右足の下でもがいている魔王と、少年の左足の下で死にそうになっているツィンクのことなど一向に気にも留めないふたり。そのまま取っ組み合いの喧嘩にでも発展してくれれば魔王たちも助かるところなのだが、生憎とふたりの睨み合いのこう着状態は続いた。

 ああ、これ以上は我慢できない。

 先に思ったのはどちらだったろう。

 魔王の手が彗の細い足首を掴み、ツィンクの大きな手が少年のふくらはぎを鷲掴みにした。

 手の感覚で、彗が頭のてっぺんまで震えあがるのが分かった。ツィンクに掴まれた少年もそうであっただろう。

 「ひぃぃぃぃ!!」

 「レジィ、こんなところで会うなんて奇遇だね。私を追いかけてきてくれたのかい?」

 ツィンクがにぱーと笑えば、泣きそうな顔をしていた小さな顔の少年、いや、レジィは、目を凝らして相手を確認すると、手に持っていた剣を容赦なく振り下ろした。

 「こん…っの、ド変態野郎がああああああ!!」

 「いやあ、もう、照れ屋さんだなぁ、レジィは。素直じゃないんだから」

 あっさりと剣をかわして懐に飛び込んだツィンクはそのままレジィを胸に収め、熱い抱擁を開始。

 男のざらざらした肌で頬ずりされるレジィはたまらず救いを求める手を魔王に伸ばした。

 「いぎぃぃぃぃぃぃ!!あ、兄様、助けて!!」

 しかし、兄は兄で大変なのだ。

 「へぇ。あのコ魔王の弟なのね」

 ぱきりと指を鳴らす彗。その眼にはゆらゆらと青い炎がともっている。

 「いや、ちょっと待て。落ち着け。俺はを助けに来たのであって、だな…」

 「いいから、とりあえずその汚い手を放してもらえるかしら?」

 彗がにっこりと笑うとその場の空気が急に冷えた。

 「女性にとって睡眠不足と冷えは大敵なのよ?そこんところがよーく分かった上でこんな騒ぎしてくれたのよね?魔王様?」

 「いやだから、俺じゃなくてツィンクが…」

 「ああそうなの?でも、部下の責任は上が取るべきじゃない?それに、あのレジィとかいうコ、ずいぶん失礼な訪問だと思うわよね?」

 それをあんたが言うか?と、思わなくもなかったが、魔王はあえて口には出さない。

 かわりに彗の据わった瞳を見つめているうち、魔王はとうとう腹をくくった。

 「わかった。相手をしてやる。もう少し暖かい格好をして来い」

 「え?」

 唐突な言葉に彗は目を見開いて驚いた。

 魔王が不承不承ながら、ため息とともに吐き出した言葉の意味を理解するのにだいぶ時間がかかったらしく、彼女はしばらく呆然と立ちすくんだ。

 「別にいいならいいけど。今度はいつ気が向くか分からないからな」

 魔王の投げやりな言葉でやっと我に返った彼女は、そっぽを向く彼の首に一瞬だけ飛び付き、そして、嬉しそうに「ありがとう」と囁いて、扉のない部屋に飛び込んで行った。

 「へぇ。やっぱりご執心じゃないですか」

 ふたりのやり取りの一部始終を見ていたツィンクがくつくつと笑う。

 彼に解放されたばかりのレジィに手を貸してもらい、魔王はゆっくりと立ち上がった。

 「兄様?」

 「ああ、心配ない。少し遊ぶだけだ」

 魔王は不安げな眼差しをよこす弟の髪をくしゃりと撫で、背を向けた。

 「遊ぶだけ、ねぇ」

 可笑しそうに笑いだしたツィンクを気味悪そうな眼で見上げるレジィ。その細い背中を押して、ツィンクは言った。

 「今夜は面白いものが見れそうだ。せっかくだからルゴとフロウも起こして差し上げましょう?」

チョコレート祭りだからって、生チョコレートの踊り食いをしたら、胃が死にそうです。

そして、一旦書き終えた8話を消しちまいまして、少し放り投げておいたなんていうのはココだけの話です。

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