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第5話/鮮血

 一に体力、二に体力、三、四がなくて、五に体力って言うじゃない?

 体力があれば気力も上がる、気力が上がればやる気も出る。やる気が出れば世界征服してみたくなるってもんよ。え?世界征服なんかに興味がない?またまたー、悪逆非道な魔王様の台詞じゃないわよ?え?悪逆非道にも興味がない?ああそうなの。そうなんだ、そうっかー。へぇぇぇぇ・・・。

 鍛練用の服に着替えさせられた魔王。彼は今、魔王城の城壁の外に連れ出されていた。もちろん、これから散歩に出かけるわけではない。城壁にそって走り込みをせよと脅されているのである。しかも、歩けば1周するにもゆうに3時間はかかる距離を昼食までに30周という無茶っぷり。

 「できるかそんなもの」

 それまで彼女に言われるままだった魔王もさすがに抵抗をしてみせたわけだが。

 しかし、それがいけなかった。

 彗はがさごそと懐を探って手のひらに収まる小瓶を取り出すと、その蓋をぱかりと開けた。中からもやもやと湧き出てくる灰色の煙。それを途中まで興味なさそうに見ていた魔王がふと堀の濁り水にたゆたう木の葉に視線を落とした一瞬。彗の横にとんでもない大きさの獣が形を成していた。

 彗の体の二倍は太さがある前足には大きな鋭い爪が生え、獰猛そうな唸り声を上げる耳まで裂けた口にはよだれが滴り、ちらちらと見え隠れしていた鋭い牙が完全にむき出しにされ、爛々と輝く緑色の双眸がひたりと魔王を見据えた。

 「彗・・・、なんだ、それは・・・」

 そんな物騒なものをどうする気だ?

 問いかける魔王に彗はさらりと答える。

 「魔王が本気になれるように、ちょっと出してみたの。リリーくんっていうのよ。従順で可愛いでしょう?」

 「ほお」

 「本気で走らないと、食べられちゃうから気を付けてね」

 「・・・・・・・・・ッッッ!!!」

 魔王が身の危険を感じ取った瞬間、彗がリリーくんのおしりを叩いて、「行け」と短く命令を出した。

 ふおおおおおん!!

 巨体を揺らして咆哮するリリーくん。その衝撃で体が吹っ飛ばされそうになるのをなんとか凌いだ魔王は体を反転させ一目散に駆けだした。

 「30周だからね!」

 ひらりとリリーくんの背にまたがった彗がその脇腹に一蹴り入れると、主人の意を汲んだ猛獣が突進を開始した。

 「非常識にもほどがある!!」

 こうして、魔王の命がけの走り込みが始まった。

 追いつかれたら丸飲みされる!と悟った魔王は全力で駆ける。その後を、実は魔王の長いおさげ髪にじゃれつきたいだけの猛獣が追う。

 その様子を城壁から見守るのはルゴとフロウと警備兵たち。

 「30周走り切るに賭けるやつはいるかー?」

 「俺は10周!」

 「じゃあ俺は20周だ!」

 「ならば、こっちは16周!」

 ルゴが居るので金銭を賭けるのははばかられたため、結局食事当番と掃除係1か月免除券が景品となったわけだが、娯楽の少ない魔王城においては賭け自体がだいぶ気晴らしになるらしく、兵士たちをはじめフロウやルゴも幾分興奮気味に事の成り行きを見守っていた。

 猛獣に追いかけられる格好の魔王の姿はすでに建物の陰に入って見えなくなってしまっている。

 ついとルゴの隣に立ったフロウがくっくっくと喉の奥で笑った。

 「どうすると思う?我らが魔王様は」

 「どうでしょうねぇ。途中で気付くはずですよ?自分が魔王であるということをね。しかし・・・」

 「あの魔獣を仕留められるかな?ってか?」

 「いいえ、あの獣の方じゃなくて、」

 「彗、か」

 「ええ。彼女はただのお姫様じゃあありません。ただのお姫様がここにこれるはずがない」

 「確かにな」

 心地の良い風が二人の頬を撫でた。

 「まぁ、追々分かることでしょうがね」

 くすりと笑うルゴに、にいっと片方の口角をあげて返すフロウ。

 「とにかく今は魔王様の無事の生還を祈るとしますか」

 「ええ」



 一方そのころ、魔王はといえば。

 「ぎいやあああああああああ!!」

 必死に走っていた。

 すぐ背中には猛獣がぴたりとついてくるのが肌で感じられ、時々その爪が自らの首筋を掠めることにももちろん気づいている。

 「ほーら、早くしないとリリーくんががっぷりいっちゃうよー」

 本気なのか茶化しているのかどっちともつかない口調で彗に追い立てられ、さらに焦る魔王。

 懸命に己の手足を動かし、走って走って走り抜けた。

 視界の端でひゅんひゅんと音を立てて樹木が彼を避けていった。

 「1周目の半分も来てないわよー」

 悪びれることのない彗の楽しげな声が魔王の耳を掠める。

 面白がりやがって。終わったらどうしてくれようか。と、最後まで走り通すことを考える素直な魔王であったが、ふと、彼は突然気が付いた。

 なぜ自分が素性のわからない女に乗せられてこんなことをしているのか、と。

 追い出すつもりでいたのに、うっかり炊事場を預けてしまった自分の迂闊さが今になって腹が立ってきた。

 そうだ、自分はあの小娘をどうにでもできる力があるのだ。猛獣ごと吹き飛ばして、今すぐ追い返してしまおう。ルゴにもフロウにも何も言わせはしない。なぜなら、自分が魔国の、魔王城の主なのだから。

 ちょっと痛い目を見せるだけ。

 そう決めると、実行に移すのは早かった。魔王はぶつぶつと口の中で風魔法の詠唱をはじめた。

 「風よ、我が名において古の契約を果たせ・・・」

 そして、ぐるりと振り向きざまに魔王は両の手を翳し、迫りくる獣とその主に圧縮された風の刃を見舞った。

 悪く思うな。

 多少の手加減はほどこしたつもりではあったが、かすり傷で済む筈もないだろう。彗の美しい顔が苦痛で歪むことを考えると胸が痛んだが、それよりも保身が大事。殺すつもりは毛頭ないのだし、これくらいなら許されるであろう。ひっそりと自分の勝利に酔いしれた魔王だったが。

 しかし、現実はそう簡単にはいかないものなのである。

 「甘いわね!」

 勝ち誇った笑みを浮かべた彗がリリーくんをひと撫ですれば、その大きな口から咆哮が轟いて魔王の放った風はいとも簡単に、それはもうあっさりと木端微塵に弾け飛んだ。

 さらに、油断していた魔王に一気に迫ったリリーくん。その牙が容赦なく隙だらけの彼の頭部を捕らえた。

 がぷ。

 「うぎゃあああああああああああああああああああ!!」

 「油断大敵火がぼうぼう、ってね。ああ、リリーくん、あんまり強くかじかじしちゃあダメよー。魔王が死んじゃうから」

 こうして、魔王のための脱・人畜無害計画は、彼自身の鮮血によって幕を開けたのだった。

魔王いじりが楽しくて仕方ない今日この頃です。

彼の扱いが良くなるのはだいぶ先みたいです。

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