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第44話/斎明

「さて、今回の一連の騒ぎについてはこれでお分かりいただけたでしょうか。魔王様?」

 彗澪の大輪の花のような笑顔が咲くその脇で、斎と呼ばれる女性はむっつりと口をへの字にして黙り込んでいた。

 とっとと帰れ。口では言わずとも心の内を雄弁に語る瞳が魔王の顔に刺さる。さらに、正真正銘斎の従者であるバティウスの視線は主のそれよりもはるかに冷徹に敵対心を隠すことなく魔王へと真っ直ぐに注がれるのであった。

 けれど。

 その生意気盛りの子供の視線に敢然と開き直った魔王は、軽く頭を振りうっすらと笑みを浮かべると彗澪に隠れるようにしている女性の顔を見据えた。

「あの勇者を名乗った男の後ろには確かにザーク皇国があったし、あの男をどうにかするためにあんたが俺を個人的に利用しようとしたのも分かった。だがそれは表向きの話に過ぎないんだろう? この話にはちゃんと裏がくっついているはずだ。例えば、この蓮と同じ容姿をした者が裏で動いていたな。それは何のためだ? この男に暗示をかけた以外に目的がなければこそこそとそこのディルという男を魔王城へ連れてきたりするはずがないだろう。今回の本当の目的は何だ? 答えろ、彗」

 呼ばれ、彗澪ではない【彗】がびくりと肩を震わせた。

「あんたが本当の彗澪姫ではなくとも、あんたは俺にそう名乗ったんだ。ちゃんとその口から訂正されるまで俺はあんたをそれ以外の名で呼ぶつもりはない。さぁ、どうなんだ、答えろ」

 物理的な距離はそのままだというのに、威圧的な魔王の言葉に紫紺色の瞳が一瞬だけ怯えたように揺れた。けれど、すぐにその闇色の瞳は決意の色を浮かべ、負けじと魔王の瞳をしっかりと捕らえた。

「私、だって、あんたの言う裏があるだなんて知らなかったのよ。私は口実を付けて一度でいいからこの宮殿から外に出てみたかっただけだっただけよ。あの忌々しいザーク教の信者たちを始末したら私はそれで満足だったのよ。彗が、本当に想ってる人と結ばれればそれでよかったのに。それを……、帰ってきてみれば……」

 ぞわりと、彗の体内から異様な魔力がざわめくのを部屋に集まる男女は瞬時に感じ取った。

「なんだってこういつも掌の上で踊らされないといけないのよ? 私の、女王の夫は私自身に選ぶ権利があったはずなのよ? それなのに!」

「斎!」

 堪らずに彗澪が取り乱す彗に手を差し伸べるのだが、その姉妹の手を振り払ってなお彼女は続けた。

「彗だってそう! 全部知ってて私を外に出したんでしょう? 今回の件がうまくいったらそこの男の人と正式に婚約できるって母様に条件を出されたんでしょう? だから、その人だって全部知ってて一芝居打ったんでしょう!」

 その人と名指しされたディルがすまなそうに視線を落とし、俯いた。

「斎、それは誤解よ。確かに私は母様にそういう条件を出されていたことは確かよ。だけど、あなたの気持ちを無視しようとは思わなかった。本当よ。だから、他の選択肢として蓮殿に同行願ったのだし。それに、どちらにもあなたの気持ちが動かなければ、母様に進言するつもりだったわ。あなたの夫となるべき人はやはりあなた自身が決めるべきだって」

「そんなの、あなたの勝手だわ。母様たちの思惑を知っていたのに私に教えてくれなかったんだもの」

 悲しそうに顔を歪めて、彗は笑い、彗澪は涙を落した。

「……彗」

 今までに見たこともない、感情をむき出しにして叫ぶ彼女の姿を、半ば呆然としながら魔王は見詰める。

 自分の前ではいつもはっきりとした信念を持ち、強い意志のもと理路整然と突き進んできた彼女の鎧の下には、こんなにも柔らかい血の通った肉が存在したのだ。女王になることが定められ、国も宮殿をも出ることを許されなかったであろう彼女が束の間の自由を得たときの感動はどんなものだったか。目的を達成し、帰還した彼女に思いもよらない真実が突きつけられたのなら、それはどんなに彼女を傷つけただろう。隠された真実の輪郭がはっきりしてきたことを確信するとともに、魔王は彼女と自分とを重ねて心を痛めた。

「彗……」

 一刻も早くその心に刺さった棘を取り除いてやりたい一心で彼は彼女の名を呼び歩み寄る。

 けれど、そんな魔王の心中を読み取る余裕もないまま、彼女には到底似つかわしくない疑心の眼差しで男を射た。

「……魔王、もしかして、あんたも本当は一枚噛んでるんじゃないでしょうね?」

 妖しい色を帯びる紫紺色の瞳の奥で黒い炎が爆ぜる。その凍てつくような炎をつい最近どこかで見たような錯覚を覚えた魔王がおやと首を捻る間にも、彼女の中の魔力が不気味に昂ぶって行く。

「そうよ。だいたいおかしいと思ったのよ。魔王あんたがわざわざリオネここに来る必要なんてどこにもないはずなのよ。それを、彗の寝室に忍び込むなんて……。そりゃあ、彗は私よりもずっとずっと綺麗だし、頭も良いし、優しいし、女性らしいし誰だって彗の方を好きになるわよ。でも、心に決めた恋人がいるのだし、揺らぐはずないじゃない。だけど、そんなに……、そんなに……」

「す、彗?」

 彼女はこんな時に一体何を言ってるのか。

 徐々に話がずれて行く様に混乱する魔王を置いて、彗は今にも泣き出しそうな顔をして己の魔力に銀色の髪をそよがせる。さらに彼女の体の周りでは具現化しつつある魔力がちかちかと煌めいた。

「彗、いったい何の話だ。ちゃんとわかるように説明してくれ。それに、俺がここに来た理由ならちゃんと言ってやるから話を聞け!」

 誰が居ようと聞いていようと関係ない。自分の想いを言葉にすべく魔王は切り出したのだが、しかし彼の言葉は彼女には届かない。

「そんなに……、そんなに……」

 どんどん膨張していく具現化された魔力の渦。

 本物の彗澪が傍らの男の腕の中に逃げ込み、目を見開いて身構えるバティウス。残された蓮が魔王と同様にうち震える女性に視線を走らせると、彼は持ち前の勘のよさでそっと息を殺して腰に手を伸ばした。

「落ち着け、彗!」

「そん、なに……」

 唇を噛みしめてうっすらと涙を浮かべる魔王の目の中の彗。

 もしかして、彗と彗澪を取り違えて思いのたけを告げようとしたことがそんなにも腹に据えかねることだったんだろうか? 改めて自分の行動を悔いる魔王に、「魔王様、とりあえず謝って!」と、青くなって叫ぶ彗澪。だが、その意味を改めて問う間もなく、一同が恐れたそれは起こってしまった。

「そんなに、……そんなに私が嫌いなら、はっきり言えばいいじゃないのよ! 魔王の、魔王の、……ばかぁぁぁぁぁぁああああああ!!」

「彗!」

 焼けるような熱を帯びた爆風。設置されていた寝台や家具が宙に投げ出され、絵画やら部屋の装飾品は乱暴にもぎ取られながら悲鳴を上げて窓があったであろう壁の穴に向かって吸い込まれていった。

 爆発。

「彗!」

「とっとと帰ってよ! 顔も見たくないッ!!」

 呼びかける魔王を撥ね退けて彼女は消えた。

「……ッッ! ま、魔王様、斎を追ってください! バティアスも一緒に!」

 顔色を失い、半ばディルの腕に倒れ込む彗澪が縋るように魔王に向って叫ぶ。

「こちらのことは心配ない。彗澪は私が守る」

「早く行って差し上げて下さい」

 彗澪を支えるディルと、彼らを守るように剣を抜いて立ちはだかっていた蓮に静かに促され、魔王はぼろぼろになった壁を超えて宙を舞った。

あらあら、まぁまぁって感じですねぇ。(どんな感じだ)

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