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第41話/緊縛

 蓮がひらりと身をかわすものだから、飛びつこうとしたディルはその勢いを殺せずにぼけっと突っ立っていた魔王に突撃した。

 「どうして避けるんですか!?」

 「初対面の人間に抱きつかれるほど私は不用意ではありません。はっきりさせておきますが、私はあなたのような人に会ったことは一度たりともありませんし、馴れ馴れしくされる覚えなど毛頭ございません」

 うんざりとした魔王の懐から這い出して抗議する黒い子犬を、射殺すような冷たい眼差して見据え、同じく氷をも吐き出せそうな凍てつく口調で黒い大きな犬は突き放しにかかる。

 「ひどいです! ここに来るまではあんなに親身になって力を貸してくれたじゃないですか!」

 「生憎ですがそれは私ではありません」

 きゃんきゃんきゃんきゃん、ガウガウガウガウ。

 話にならない言い合いの横で、初対面ではないにしろ不用意にも男に抱きつかれた恰好の魔王の頬がひくひくと引きつった。

 「いやですね。魔王様が間抜けなのは今に始まったことじゃないですから、今更傷つかなくとも大丈夫ですよ?」

 ばちこん。

 「くっふッ!」

 「オイコラ、突然湧いて堂々と暴言とはいい度胸だなぁ? ルゴ!」

 ぎりぎりと胸倉を掴んで殺気立つ魔王もなんのその、宰相ルゴはへらりと笑って主の手から逃れる。

 「そんな暴力的だとモテませんよ?」

 「鼻からそんなつもりはないわッ。……ってそうじゃない。そうじゃなくてだな。お前が俺達を呼んだんだろう? 一体何事なんだ?」

 「ああ、その件は、ですね」

 お気づきになっているくせにお人が悪い。とは口に出さず、ルゴは魔王をはじめディルと蓮にもにっこりと笑いかけ閉じかけていた扉に手をかけた。

 「リオネからの使者が到着しまして」

 一室に集った男たちの間の空気が揺れる。

 「それは……」

 ディルが言いかけた言葉を飲むと同時に暗がりから一歩踏み出した使者は大きな窓から差し込む白々とした光の中に姿をさらした。

 決意の滲む青い瞳で一同を見まわした彼は優雅に首を垂れ、さらに進み出てると魔王に向かって手にしていた書状を恭しく差し出した。

 「どこかで会った顔だな?」

 「はい。ザーク皇国で一度」

 「あの時の子供か。妹はどうした?」

 子供という単語にぴくりと肩を震わせた少年は、しかし、辛うじて笑顔を保たせたまま空になった両手を引いて魔王を見上げる。

 「はい。お陰さまで先程両親のもとへ送ってまいりました」

 「ほぉ。そうなるとお前もここに残るのか?」

 「いいえ。私はリオネ国へ仕える身となりましたので、こちらで御厄介になることはありません」

 くすりと意味を含んだ笑顔をこぼす少年を横目に、魔王は蝋で封じられた書状を解いた。

 目を落としたそこにはただ一文、

 【バティウスの言うように】とだけ記されており、その下に彗の筆跡と思しき署名が添えられている。

 嫌な予感がする。

 書状をくしゃりと握りつぶし苛立たしげに眉を吊り上げる魔王と余裕の笑みを湛える少年の目がばちりと合った。

 「バティウスとは?」

 分かり切っていることとはいえ、確認せざるを得ない魔王に少年が意気揚々と胸を張る。

 「恐れながら私のことでございます」

 「ではバティウス、彗からの伝言というのは?」

 待ってましたと言わんばかりの表情のくせに、はいと静かな声で応じた後、少年は背後のディルと蓮に向かってにっこりと笑う。

 「ディル様、蓮殿、リオネで彗様がお待ちです。私がお供いたしますので、どうぞお支度をお急ぎください。そして」

 妙なところで言葉を区切り、今度こそはっきりと侮蔑した態度で彼は魔王へと向きなおった。

 「そして、あなた様におかれましては、決してリオネの地を踏まないように、とのことでした」

 困りましたね。と、ルゴが呟き、

 彗澪に会える!! と、部屋を飛び出して行く黒い影。

 残るもうひとりの男はそっと気配を消して身を引き、そして当の魔王はと言えば、瞳孔を全開にして口からはしゅうしゅうと目に見えぬ何かを吐き出している。

 「ほぉぉぉぉう? なぜ君の主は俺を招いてはくれないのかな? 理由を聞きたいのだが」

 暴走しそうになるなけなしの魔力をどうにか抑え込み魔王が人語を操れば、

 「邪魔だからに決まってるじゃないですか」

 にっこりと少年の一撃。

 「……邪魔?」

 全身から魔力をみなぎらせる魔王にも動じることなく少年は分らないかなぁとため息をつきつつ答える。

 「ディル様との婚約を邪魔されたのでは困るという意味です。というか、相思相愛のお二人の間に割って入ろうだなんて不届き者は即刻排除するべきだと申し上げたのですが、心優しい彗様はそうは命令を下さいませんでした。そういうわけですから、しあわせなお二人の恋路を邪魔する大馬鹿野郎はドラゴンにでも踏みつぶされて圧死なさるといいと思いませんか?」

 あはは。

 こめかみに太い青筋を立てて魔王が笑う。

 「どうしてだろうな、バティウス。今無性にリオネへ行ってみたいんだが」

 「ああ、ドラゴンでしたらマルーン国の北に生息しているという噂ですから探して参りましょうか?」

 バティウスも負けてはいない。

 ははははは……。

 不穏な殺気を感じ取り、蓮はいち早く豪奢な家具の陰に身をひそめた。続いてルゴも音もなく消え失せる。

 「そういうわけですから、負け犬は負け犬らしく夜な夜な遠吠えでもしているといいと思いますよ、魔王様? あはは」

 ははははははははははははは……。

 バティウスに合わせて乾いた笑いをしていた魔王だったが、ふと彼の中の自尊心がほんの少し弛緩し、ついにぷちりと音を立てて切れた。

 「……ッッ、こっの、クソガキがああああああああああああああああああ!! ツィンク! ルゴ!」

 怒声に呼応しまたは呼び戻され、魔王の背後に二つの影が並ぶ。

 「緊縛!!」

 噛みつく勢いでバティウスを指差す魔王の命令に、まずはツィンクがひらりと躍りかかった。

 すんでの所で少年はひらりと跳躍して円卓の上に飛び乗る。

 しかしその背後にゆらりとルゴが現れ簡単にバティウスの自由を奪ってしまった。

 「くッ……! 僕はリオネの正式な使者だよ!?」

 「悪く思わないで下さいね。すぐに放して差し上げますから」

 「じゃあ今すぐ離してよッ」

 「そうはいきませんねぇ。魔王様が彗様と再会を果たすくらいの時間は頂きませんと」

 ルゴのあとを引き受け、特殊な魔法がかけられている縄を手にしたツィンクが少年をがっちりと縛り上げるのに時間も手間も必要なく、ごろりと床に転がされたバティウス。

 それを無表情に見下ろす魔王が手の中の書状を灰にする。

 「ガキ、ひとつだけ聞きたいのだが、そこにいる蓮とそっくり同じ容姿の人間がリオネにいるはずなんだがお前は知っているか?」

 「……知ってたって教えてやる義理はないね」

 そりゃあそうだと、一同が納得する中で魔王は確信を持ってにやりと笑う。

 「お前のような素直な子供と話ができて楽しかったよ。では、俺が直接リオネへ行って確かめてくるとしよう」

 ぎりりと唇をかみしめる少年を満足げに眺めると、魔王は蓮に向かって笑いかけた。

 「悪いが先に行かせてもらう」

 「彗姫様に危害は加えないと約束してもらえますか?」

 「もちろん。ただ、抵抗された時にはその約束を守れるかどうかはわからないがな」

 蓮の鋭い視線を受け流し、部下を振り返ったところで魔王の姿が風に吹かれた野草のように頼りなく揺れた。

 だがその瞳はいつになく真剣で、視線を向けられたルゴとツィンクは久々に魔王の魔王たる姿に緊張して自ずと背筋が伸びる。

 そして主が真新しい朝日の中に姿を消す一瞬前、ツィンクの耳には、

 「帰ってきたら一発殴らせろ。それで勘弁してやる」と聞こえ、

 ルゴの耳には、

 「俺を裏切った件、覚悟しておけよ」と届いた。

よーしよしよし。やっと魔王が城を出て行きましたよ!(喜

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