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第34話/別離

 だからねと、彼女は言い聞かせるように、再度同じ言葉を吐いた。

 「魔王の首ちょうだい?」と。

 まるで、そこにある食べ物を欲しがる無垢な子供のように。

 魔王の膝に両手を乗せ、ねだるような視線で。

 もちろん、それが替えのきくものであったなら、または、次々と生産できるものであれば、魔王は迷うことなく彗のために差し出してやったことだろう。

 しかし、彼女が欲しいと言っているのは、恋人同士が囁く甘い戯言や、相手を独占、束縛したいという欲でもなく、その他の無茶難題ぶりとは比べようもない、現実的には一番恐ろしいお願いだったのだ。

 「ちょっと、待て。何を言ってるんだあんた」

 ぐらぐらと揺らぐ頭に手をやって、魔王はようやく言葉を吐きだした。

 彗の体から漂っていた甘い香りも、心なしか鼻の奥をツンと刺激する癖のある香りに変化したように思え、彼は意識的に浅い息に切り替えていた。

 「だって、あなたは私が欲しくて、私はあなたが欲しいってだけの話でしょ」

 「おい、どう考えたって、それは精神的な話であって、物理的な問題じゃないだろうが」

 「えー?じゃあ、魔王は私に触れたくない?あーんなことや、こーんなことや、そーんなことまでしたいとか思わな……」

 「ッッだああああああああああああああ!!!一国の姫がそんなはしたないことを言うんじゃなああああああああああいッッッ!!!」

 彗の言葉を無理やり引き裂いて、魔王はガンガンと近くの壁に頭を打ちつけた。

 「なに、してるのよ……」

 「あんた、なんか変な匂い付けてるだろッ!?」

 「あー、男性をその気にさせちゃうバティウス特製の香水のこと?」

 髪に飾っていた黒い蝶を指差して彗がにっこりと笑う。

 「だーかーらああああああ!!そういうことを笑顔でさらっと言うんじゃないって言ってるんだよおおおおお!!!」

 「まー、今更気付いても遅いってもんよ?だって、実際、その気になっちゃってるんでしょ?」

 「どこぞのスケベオヤジみたいな台詞を吐くなああああああ!!」

 「ダイジョーブよ!さっきの食事にはちゃんと睡眠薬も盛ってあったし。魔王が変な気起こす前にぱったり眠っちゃうから」

 「……」

 魔王、絶句。

 「耐性があるといけないから、致死量一歩手前まで盛ってみたんだけど、そろそろ効いてこない?」

 「……生憎だがな、そういった薬はどれだけ盛られようとも中和できる体質なんだよ、『魔王』ってのはな」

 「ちッ、面倒ねぇ」

 「あんたなぁ……、どれくらい本気で俺の首を狙ってたんだ?」

 「もちろん、寝てる間にスパッと!起きてるうちじゃ痛そうだし?優しいでしょ?」

 「どこに優しさの欠片があるんだ。ものすごく本気じゃないか……」

 もうツッコミを入れるのも面倒になったのか、魔王は寝台に両手をついてぐったりと肩を落としてしまった。

 「あ、じゃあ、こうしない?一瞬首と胴体を別れさせて、その後首と胴体をもう一回くっつける!」

 「できるかッッッ!!!」

 「えー、魔王だったらそのくらいの芸当できたっていいじゃないのよ?無芸ねぇ」

 「宴会芸のノリでそーゆーこと言うなッッ!首を切って死なないヤツがどこの世界にいるかッ!」

 「そうなの?」

 「当たり前だッッ!!」

 どっかりと寝台の上に胡坐をかいて腕組みをする魔王と、寝台に腰かけたまま脚と腕を組んで唸る彗。

 相変わらず、聞こえるのは互いの息遣いと動作についてまわる衣服が擦れる音だけだが、つい先ほどまでは確かに存在した、甘い熱を帯びた空気はどこかに消滅してしまっていた。

 「欲しいな」

 「やらない」

 「いいじゃない、減るもんじゃなし」

 「確実に減るわ」

 「まぁ、そこをなんとか」

 「い・や・だ」

 うーと、彗が低く唸る。

 「じゃあ、あなたは私が欲しくないのね?今、ここでしか手に入れることはできないわよ?それでも欲しくないのね?」

 「……それ、は……」

 魔王の思考の振り子が理性と本能の間で大きく揺れる。

 今、目の前にいる女性を欲しくないかと問われれば、それは否。

 しかし、愛しているかと問われれば、今は謎。

 だが、自分の手の届く範囲から去るというのであれば、何をしてでも手に入れてしまいたい衝動。

 魔王が葛藤している間にも、彗は彼の胡坐の上によじ登り、彼をまたぐ格好の裾は乱れてのぞく白い素肌が欲情をそそる。

 「ほしーなーあ」

 のしりと上半身が魔王にのしかかり、頬が魔王の首筋に埋められた。

 「……どうして、俺の首が必要なんだ?」

 理由を聞いたからといってほいほいとやれれものではない。しかし、自分の体内に抱えてしまった熱を鎮めるために、魔王はそれこそ死ぬ気で彗の仕掛けた罠にはまるまいと話題をそらしにかかった。

 「入用だからー」

 あっさりと帰ってくる答えになっていない答えに、思わず脱力する魔王。

 「なんだそのテキトーな理由は……」

 「あははー。それよりも、魔王イイ匂いがするねぇ。石鹸のイイ匂いー」

 すりすりすりすりすり。くんくんくんくんくん。

 首筋と耳の裏とを彗の鼻と唇が行ったり来たり。

 すぐにでも本能のまま、このお姫様を押し倒したい。

 しかし、この柔らかい体を押し倒して自分のものにすれば、間違いなく胴と首が永遠に離縁してしまう。

 どうしたものか、どうしたものか、どうしたものか。

 いっそ押し倒してしまいたい。けれど、自分の首はやれない。しかし、こんな好機は今後絶対に訪れるはずがない。だが、ことが済んだ途端に首が飛ぶのは……。

 悶々と脳内で悶絶する魔王。

 しかし、突然、彼は思いついた。

 「そうだ、俺は魔王だ。約束など守る必要がどこにある!彗を手に入れて、あとはうまく丸めこんでしまえばいいじゃないか!力で負けるはずもなし。おお、我ながらなんて名案だ!」

 と、ご都合主義全開の結論に達した魔王が、もう我慢する必要はないとばかりに彗の腰に手を回そうとした瞬間。

 「そういうのは、せめて御自分の心の中で言うべきですよ」

 どこからともなく男の声がした。

 そして、結界で固められているはずの扉が切り刻まれ、吹き飛ぶ。

 「まったく、手間取っているかと思えば、何をしてるんですか。彗姫様!」

 瓦礫の中から現れたのは漆黒の彗の従者であった。

 「彗姫様!酔っ払って寝てる場合じゃありませんよ!!」

 二度の叱責でようやく目を覚ました彗は、がばりと魔王の上から体を起こし、ゆっくりと従者である蓮の方を振り向いた。

 とろりとした目で蓮を捉え、にへらーと笑う。

 「れーんー、お酒もっとほしー」

 「あほですか、あなたは!」

 即座に寝台に歩み寄ると、蓮は魔王から彗を引きはがした。

 「魔王様、彗姫様がとんだ失礼をいたしました。飲めもしない酒のせいでお恥ずかしい限りです。どうぞ、お気になさらず。それでは、我々はこれで失礼いたしますので。ほら、彗姫様、リオネに帰りますよ。いいですね」

 「はいはいはいはいはいー、帰りますよーぅ。帰ればいいんでしょー」

 ぶちくさと文句を垂れる彗を小脇に抱えながら、器用に剣を納めて蓮はふわりと主の体を横抱きにした。

 そして、魔王に向かって深々と頭を垂れ一礼すると、自らが破壊した扉の残骸を踏み越えてその向こうへ消えて行った。

 「まおー、げんきでねー」

 「あ……ぁ?」

 赤ら顔でひらひら手を振る彗と、事態がよく飲み込めず呆然とする魔王。

 それが、ふたりが交わした最後の言葉となった。

ま、酔っぱらいオチですよねー。ありがちですよねー。あっはっはっはっはー。

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