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第33話/蜜月

 本当に?

 魔王の胸にしがみついてにじり寄る彗に、愛を囁いた当の本人はその真剣な眼差しに耐えきれず、目を伏せた。彼女の背に回していた両手を解き、やり場に困ったそれをむき出しの肩に乗せたのだが、そこに確かなヒトの熱を感じ、ますます魔王は混乱した。

 「魔王」

 甘い色香を漂わせる彼女にあやうく全ての理性をもって行かれそうになり、魔王は慌てて彗との距離をとった。それでも、纏わりついてしまった彼女の甘やかな香りが魔王の理性を崩しにかかる。

 くらりとよろめいて、咄嗟にテーブルに手をかけた魔王を、彗が不安げに覗きこむ。

 「どこか具合でも悪い?」

 「いや、疲れが出ただけだ」

 「そう、じゃあ、寝所へ。休めば平気でしょう?」

 せっかく離した彗の体が再度魔王の体にぴたりと吸いついた。

 しかし、好意でそうしてくれている彼女を無下に扱うわけにもいかず、魔王はその匂い立つ項に腕をまわし、ゆっくりと導かれるままに歩を進めた。

 陽は高く素晴らしく晴れ渡っているというのに、通された部屋はひんやりと薄暗い。その中をそっと、彼女は奥に据えられている寝台まで魔王を誘う。静かに、気遣うように寝台に下ろして、彗は躊躇いがちに魔王の鬱陶しい前髪をかき分け、そのじんわりと熱い頬を両手で包みこんだ。

 他に音はなく、魔王の心臓が脈打つ音だけがいやに響く。

 「少し火照っているようだけど、熱というほどではないようね」

 バティウスに氷でも用意させてくるわ。

 最後に額に手をやって、彼女は魔王の望むとおりにその側を離れようとした。

 しかし。

 「彗」

 自分でも驚くほど切ない声でその名を呼び、魔王はつい先ほどまでの警戒心を捨て去って彼女の華奢な手首を捕らえた。

 彼の体内の熱が放出されたのか、ふたりの間の空気が熱く震える。

 「いつ、帰るんだ?」

 辛そうな魔王の声に彗はもう一度彼に向きなおり、膝を折った。

 「……お礼をしたらすぐにでも帰るつもり」

 「それは、もうすぐ帰るということだな?ならばもう少し話をしたいのだが」

 「それがお望みなら。だけど、今は何か熱を冷ますものが必要なんじゃないの?」

 「いや、必要ない。ただ、側にいてくれないか?話がしたい」

 誰に言わされたのでもない。真実の声で魔王はそう告げていた。

 懇願の眼差しで見つめられた彗はくすりと漏らし、空いている方の手で魔王の前髪に触れる。

 「まさか、情でも移ったとか?」

 「なんとでも言え」

 あらそうと、魔王の隣に腰を据えた彗はもう一度くすりと笑った。

 ふたりが腰掛ける寝台の軋む音以外には何もない。世界から遮断された部屋にふたりきり。彗の従者である蓮の気配も、あの少年、バティウスの気配すらどこにも感じられない。

 不意に、彗は理解した。

 自分たち以外の気配がしないのは、強力な結界が張られているせいではないかと。

 それこそ、外側から何をしようとも決して壊されることのない、強力な魔王の結界が。

 まさか、気取られた?内心どきりとしながら、彗は努めて冷静に話を切り出した。

 「ねぇ、魔王。私からも聞きたいことがあるんだけど」

 「なんだ?」

 視線を合わせることなく、ふたりは正面に置いてある燭台を見つめながら話し始めた。

 「なぜ魔王城に閉じこもっていたの?マルーンとシェンとの約束では、この戦いは五分五分であるのが望ましいんでしょ?それが、なぜヒト側に押されていても黙って見ていたの?約束にも違反するし、あのままだったら魔国は危なかったはず。それなのに、どうして何の手も打たなかったのよ?」

 一瞬、困った表情をした魔王が「笑うなよ」とぼそりと呟き、軽く咳払いをして、苦く笑った。

 「その昔、俺が親父から『魔王』を引き継いだ時の話だが、あの頃、俺は兄のシャロムこそ『魔王』に相応しいと思っていた。親父の側近たちにも気に入られていたし、何よりも温厚な性格をしていたからな。親父の跡を継ぐのはあいつしか考えられないと思っていたんだ。だがな、どういうわけか親父は『魔王』を俺にした。兄には俺の部下として魔国を治める役を与えてな。それが何を意味するのか、俺は短絡的に答えを導き出した。つまり、ヒトを殲滅させてしまおうと再三訴えていた俺の考えが親父に認められたのだと。力のない者は力のある者に統治されることこそ自然の摂理だと。当時、俺の側近たちの中にもそういった考えの輩がいたしな。『魔王』の力を得た俺はすぐにでもヒトの国を潰しに回ろうとした。だが、」

 懐かしむよう遥か遠くを見つめて話していた魔王は、膝の上に頬杖をつくと、彗からは見ることのできない方向に顔を背けて、歯切れも悪くごにょごにょと言い訳をする子供のように言った。

 「だが、それがバレて、激怒した親父に力ずくで魔王城に幽閉されたんだ」

 と。

 魔王の話を聞き終えた彗は、間髪を入れずにふきだした。

 ぶっ……。

 「くくくくくッ……あーっはっはっはっはっはっは!!何それーー!!」

 足をばたつかせて大笑いする彗に魔王は真っ赤になって顔を覆った。

 「笑うなと言ったろうが……」

 「笑わずにいられますかってのよー!!あー、おっかしー!!」

 ひとしきり笑い転げた彗は、目じりに溜まった涙を拭い拭い、まだ息も荒いままに魔王の顔を覗き込んだ。

 「それで分かった。私が乗り込んだ時に首なんてくれてやるみたいなこと言ったのって、自棄だったんでしょ?」

 未だに笑いのくすぶっている彗に対し、魔王はますます苦渋の表情を作ると、むっつりと口をへの字に曲げたまま微妙に首を縦に落とした。

 それを肯定と見て取った彗は満足そうに綺麗な笑顔を作り、そっと魔王の膝の上に手を置いて唐突にたずねた。

 「お城から出たってことは、もう自棄なんて起こしてないってことよね?それって、前向きな『魔王』になったってことでしょう?つまり、当初の目的の『魔王』らしい魔王になったってことでいいのよね?」

 言わんとしていることがまだはっきりと見えずにいる魔王だったが、彼女の剣幕に押されてなんとなくこくりと頷いた。

 すると、彗は満足げに微笑んでみせると、素早く魔王の頬に唇を押しつけた。

 「ねぇ、魔王。私が欲しくない?」

 「はぁッ!?」

 いきなりの言動に、魔王は瞬時にして彗の両手を払い、飛び退いた。離れられるぎりぎりまで、腕を伸ばしても彼女には触れられない寝台の端に後退り、彼は口から飛び出しそうになる心臓のあたりを無造作に掴んだ。

 いっそ、自らの結界を解いて逃げ出してしまおうか。

 ちらりとそんな考えも浮かんだが、結界の外に出てしまったら最後、ミンの魔眼から逃れるすべはないことを思い出し、彼は辛うじてその場にとどまった。

 だが、しかし、相手は魔王の動揺などお構いなしに、寝台に片膝を乗せ、片手で体重を支えながら、もう一方の手を伸ばして魔王の頬を撫でた。

 「私は、あんたが欲しい」

 ひんやりとした掌が火照った頬に心地よく、魔王は逃げることを忘れ、その細い指に自分指のを絡ませると、金色の瞳が徐々に距離を詰めてくるのをぼんやりと待った。視界いっぱいに高貴な色を放つ黄金が広がり、銀色の髪が鼻を掠め、ぷっくりとやわらかな唇が、魔王のそれを塞いだ。

 全てををゆだねるように、彗はゆっくりと魔王の体の上に自分を沈め、囁く。

 「魔王」

 切なく、ねだるような彗の甘い吐息。すらりとした白い両腕で魔王の首を捕まえ、瑞々しい果物のような胸をそっと彼の胸板に押し付ける格好で、彼女は斜め下から揺れる漆黒の瞳を見上げた。

 「私をあげるから、あなたを頂戴?」

 「彗……」

 「くれる?」

 吐息がかかる距離で見つめ合い、鼻がぶつかる寸前に、魔王の手が彗の顎と腰に添えられ、そして、

 「あんたの望むものを、くれてやる」

 と、妖しく光る彼女の唇に優しく触れた。

 閉じていた目がゆっくりと開かれ、太陽とおなじ色の瞳の中には魔王の姿、反対に、星のない漆黒の闇の中にはいつになく儚げな雰囲気を纏う彗の姿。

 「魔王……、どうして、もッ、欲しいものがあるの……」

 互いに互いを求めあう合間に彗が切れ切れに呻く。

 「言ってみろ」

 「本当、に?」

 「ああ、あんたが望むものをくれてやる」

 熱を持て余すように彼女の手の甲に唇を落とす魔王。

 頬を染めてそんな魔王の仕草を見つめている彼女。その穏やかな微笑みを湛えた唇が、するりと動いた。

 「魔王の、あなたの首をちょうだい」

ええ、続きますよ〜。笑

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