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第32話/告白

 すかさず、彗が杯を満たそうと立ち上がるのを制して、魔王は彼女を見た。

 「聞きたいことがいくつかある」

 「……いいわ」

 「なぜ、俺のところへ来た?あんたほどの魔力があればあんなヒトの男などすぐに始末がついたろう。あんたでなくとも、あの従者の剣の腕ならなおさらだ。わざわざ俺のところにきたあんたの目的が分からない」

 至極当然の疑問に、彗はふぅと息を吐いて真っ直ぐに魔王を見つめる。

 「そうね。闇討ちとかいろいろ考えたわ。だけど、あいつが『勇者』を名乗るというなら『魔王』に、もしくは、『魔王の部下』に始末してもらいたかったのよ。蓮を魔王軍に仕立てるのも面白そうだったけど、もっと面白いこと思いついちゃってね」

 「従者を出し抜いてひとりで魔王城に乗り込むことがそんなに面白いことか?俺達がヒトの言う通りの外道だったら、今のあんたはないぞ」

 眉間にしわを寄せる魔王に対し、彗は可笑しそうに口元を緩めて笑った。

 「魔族が、いいえ、魔王がヒトの噂するように冷酷で残忍で非道だったら、私は生きたまま殺されたのかも知れないわね。でも、そんなヒトの噂なんて信じたことは一度たりともないわ。むしろ、ものすごーくお人好しの人たちだと思ってた。そしたら、その通りだったわけよね」

 「誰がお人好しだ」

 だんと、机をたたく魔王だが、彗は相変わらずにこにこと魔王を見つめている。

 「それにね、私は結界の中でしか魔力を使えないのよ。あなたがたは魔力を秘めて生まれおちるでしょう?そして、自分の中にある魔力を自在に操ることができる。でも、私たちは違う。魔力を秘めて生まれるのは一緒だけど、それは誰かの負の感情を伴ってこそ発動されるの。結界があればどんな負の感情を取り込もうとも自らの魔力を暴走させることはない。だけど、結界のないところで負の感情を取り込むは危険なのよ。自分の中の魔力を制御することがすごく難しくなる。だから、国から出た私は魔力がつかえなかったっていうのも、あなたのところを訪ねた理由かもね」

 「だが、魔王城では使っていただろう?それこそ、城を破壊するほどの魔力を解放していた」

 「あれは、」

 気づいてるくせに。

 瞬きで続く言葉を打ち消し、彗は長い息をひとつ吐きだした。

 「魔王城はあなたの作った結界の中に存在していた。それだけで説明がつくでしょ。ただ、あの夜のレジィちゃんの【怒り】と【悲しみ】の感情に私の中の魔力が昂ぶっちゃって、どうしてもはけ口が欲しかった。だから、あなたと一緒になってお城を壊しちゃったのよ。私の中の抑えきれない魔力に気付いたからこそ、ああして付き合ってくれたのでしょ?」

 彗はばつの悪そうに瞳を泳がせほんのりと頬を染めた。

 その表情があまりにも可愛らしく、無意識に魔王がくすりと笑みをこぼすのを見てとると、今度は彼女がぐいと杯をあおった。

 「あんまり飲むと酔うぞ?」

 「別に、酔ったって問題ないわ。蓮もバティウスもいるし」

 顔をそむける彗の髪の上で黒い蝶がひらひらとなびいた。

 今すぐにでも飛び立つことを望んでいる、漆黒の蝶。

 しかし、銀色の糸に絡め取られて今ではすっかり身動きがとれず、広い空に憧れては己の無力さを嘆き諦め、最期の恐怖の瞬間をただ待つばかりのようにも見える。

 「まるで……」

 言いかけた言葉を飲みこんで、魔王はその儚げで美しい蝶に手を伸ばした。 

 「魔王?」

 怪訝そうに見つめ返す彗に微笑み、

 「美しいな」と彼は言った。

 それきり言葉を紡ぐことを忘れ、魔王は何度も何度も銀色の髪を飽きることなく梳いた。こぼれおちる髪の感触が気に入ったのか、されるがまま恥ずかしそうに俯く彗の表情が気に入ったのか、彼はしばらくの間無表情で同じことを繰り返していた。

 「自由っていいわね」

 不意に彗が言葉を発した。魔王に髪を梳かれるのが心地よいのか、彼女はうっとりと目を細めて続ける。

 「好きな時に城を出て、好きに暴れてさ。もちろん、責任はとらなくちゃいけないけど、それでも城なんかに閉じこもってるよりずっとずっと面白いわ。いろんな人がいるし、いろんな物があるし。好きなものを好きと、嫌いなものを嫌いと言えるのは本当に恵まれてるわ」

 「そんなに、国に戻りたくないのか?あんたを娶ろうとした男は退治できたんだろう?」

 「……そうね。あのタヌキは追っ払えたわね。でも、王族である以上、国民が最も望む結婚を成立させることが私の義務なのよ。相手を好む好まざるなんて関係なくね。もしも、本当に、何の下心もない『勇者』が現れて魔王の首を取ったのなら、私はその『勇者』のところへ嫁に行かなくちゃならないわ」

 だから。

 言葉を切り、魔王の手を取って、彗が悲しげに微笑む。

 「当分、魔王には強くあって欲しかったわけ。それも、まぁ、今日までの話だけどね」

 大きな厚みのある手をテーブルに戻して、彗は「プディン持ってくるわね」と、席を立った。

 しかし、

 「本当にそれでいいのか?」

 と、彼女のすぐ耳元で魔王の低い声が落ちた。

 背後からすっぽりと体を包まれた彼女は抵抗することもなく、ただ魔王の言葉を待つ。

 「捨ててしまえばいい。全て。そうしたら、俺があんたを守ってやる」

 するりと唇から出て行く言葉に、魔王自身が一番驚いた。もちろん、肩を跳ねさせた彗も驚いているだろうが、魔王の内心の焦りの比ではないだろう。

 何を言ってるんだ俺は!と、心の中で激しく動揺する魔王。だが、その意に反して唇からは次々に彗を引きとめる言葉が溢れていく。

 「魔王城へ戻ろう。大事にする。悲しい思いも寂しい思いも絶対にさせない」

 ぐおおおおおおおおおおおお!!なんだってんだ、俺の口は!!

 必死になって口を止めようとするのに、思うままにならないそれはまたひとつ、彗を自分のもとに引き止めようとする決定的な言葉を紡ぐ。

 「彗、愛してる。ずっと俺のそばにいてくれ」

 …………っだああああああああああああああああああああああああ!!!!

 脳内で悶絶する魔王。

 しかし、そんな彼にはお構いなしに、背を向けていた彗がゆっくりと体の向きを変えた。

 意を決した瞳は強く輝き、きつく結ばれた唇が震えていた。

 「本当に?」

 小首をかしげて潤んだ瞳で見上げる彼女。

 可愛い。

 それまでとは別の意味で魔王の腕に力が込められ、彗の細い体は魔王に密着するように引き寄せられた。

 ―もうこうなったら、後戻りはいけませんよ。魔王様。

 突然、脳内に響いてきた聞き覚えのある楽しげな声。

 くつくつといやらしい笑いの声の主に思い当り、魔王はようやく自分の身に起こったことを悟った。

 ―ルゴ、貴様か。よくも俺の体を操ってくれたな。

 相手がそうしたように、魔王も思念で返す。双方の頭の中でのみ交わされる会話は目の前の彗には一言たりとも聞こえてはいない。それをいいことに、ルゴは嬉々として魔王に思念を送り続ける。

 ―何をおっしゃってるんですか。彗様に帰られてしまっては一大事!ここで引きとめ押し倒しものにするのが魔王様の男っぷりの見せどころでございます!私たち一同で見守っておりますので、どーぞ、ずずずいと召し上がってください!

 ―私たち、一同、だと?

 ―はい。おもしろそうなので、シャロム様とミン様。それにツィンクとで横断幕作って生中継で拝見しております!えっと、そうですね、せっかくなので、皆さまから応援の言葉を一言ずつ……

 ―殺

 言いかけたルゴの言葉を遮って、魔王は彗に気付かれないようこっそりと指を鳴らした。

 すると、ルシカからは遠く離れたルゴの執務室にかけてあった魔鏡に亀裂が走り、そして、一瞬の後にこなごなに砕けたのだった。

 「どうわああああああああああああ!!せっかくの美味しいところがみられないいいいいいいいいいい!!」

 と、取り乱す宰相ルゴ。

 「……ッ、魔力、使いすぎて……死ぬ……」

 魔王の体を操る役目であったツィンクはばたりと倒れてしまい、

 「あらあらまぁまぁ、それじゃ、お楽しみは私ひとりで覗き見ですわね」

 全てを見通す魔眼を持つミンは高らかに笑って姿を消してゆく。

 「ずるいぞ!ミン!」

 そして、妻の後を必死に追おうとする魔王の実兄シャロム。

 いい大人たちが床に転がってなんだかんだと騒いでいる様をこっそりと覗き見していたレジィは心の底から呟いた。

 「自分がしっかりしなくっちゃ」と。

 

 魔王城での騒動を感覚で感じた魔王はやれやれとこっそり息をついた。

 これでしばらくは自分の行動を監視されることはない。そう思うだけで緊張が溶けてゆくようだった。

 が、しかし、目の前で頬を染める一国の王女と目を合わせたとき、彼は部下たちの播いた種と改めて直面し、どうしたものかと再び硬直したのだった。

次は彗のターン!(まだ書いてませんけど・笑

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