第29話/木偶
「うわああああああああああああああ!!」
魔王の横を何人目かの兵士がすっ飛んで行った。もちろん、彼らが好きで宙を飛んで行く筈もなく、魔力を解放した少女の操る巨大な植物の枝、あるいは葉などによって為す術もなく捕獲されていくがためである。
「どうしたものかなぁ……」
少女が差し向ける触手を魔王がひらりと避けるたび、ザーク皇国の兵士たちが次々に宙に舞い上がって行く。
「どうしたもんかじゃありませんよ。どうするんですか。こんな面倒なことになって!」
こちらは、襲い来る触手を容赦なく切り落としていく剣の使い手。彼がその強化された植物たちを分断する都度、囚われていた兵士たちがひとり、またひとりと地上へ生還を果たす。
「とりあえず、説得でもしてきたらどうですか?こちらは私が引き受けますから」
うーんと唸ったきりふわふわと宙を舞っていた魔王は、とりあえず、塔の天辺があったあたりに浮かんでいる少女に向かって近づいて行く。その間、もちろん少女からの攻撃にはあったが、彼は鋭利な植物の枝葉を軽くいなして、突き進む。
「ネリネ、バティウスが待っている。一緒に帰ろう」
「……」
しかし、少女が魔王の言葉に耳を貸すことはなかった。
獣の咆哮を思わせる叫び声をあげ、彼女は唯一の武器であり味方である植物たちを魔王に向けて放った。あくまでも、自分の邪魔をするものを排除しようというのだ。
見境がない。
それだけを確認した魔王は、鋭い爪でばっさりと敵襲を薙ぎ払った。
再び、触手の攻撃を凌ぐ剣使いの近くまで舞い降りると、魔王はため息をついて頭をふる。
「まさか、トレニアの民の魔力がこれほどとは。ますますもってどうしたものか」
「なるほど。追い詰められた少女の潜在能力を引き出しておいて、ご自分はお手上げというのですね」
男は触手を切り落とした剣を横滑りさせ、宙で胡坐をかくその呑気な魔王の鼻先にひたりと向けた。眼光鋭く睨みつけ、さらに彼は低く呟く。
「子供の使いじゃないんですから、いい加減にしてください。こんな失態が主にバレたら、こちらは身の破滅です。一刻も早く何とかして下さい。急ぎの用なのです!」
「分かっている。俺だってこれがバレ……。いや、もう、部下にはバレているな。覗きが趣味の変質者だし。しかし、どうしたものか。精神的な介入は面倒で嫌いなんだよな。いちいち細かいところ気にしなくちゃならんし。でも、確かに、このままでは連れて帰れないんだよなぁ。んーーー。ザークの人間などどうなったって構いはしないんだがなぁ。ああ、でも、この一件を俺のせいにされるのも癪だしなぁ。ううーん。いっそあの子がこの国をぶっつぶすまでは黙認しておいて、頃合を見計らって、ザーク教皇の首でも取って帰るか?……おお、それは名案だ。その後は知らぬ存ぜぬで押し通せばいい……」
くくくくくッ……、はーっはっはっはっはっはっはっは!!
魔王の高笑いが場違いなほどに響き渡る。
そのバカ笑いを横目に、男は植物の茎の上を走り抜け、ザーク兵のひとりを救出していた。
「また妙なことを……」
「あれが諸悪の根源ですか?」
小脇に抱えられた兵士が誤解するのも無理はない。正真正銘の悪人面で高笑いする男こそ、少女を操る黒幕に見えるに違いない。
「まー、あながち間違ってはいないんだが、正しくもない」
言いながら、男は抱えていた兵士を地上に放り投げ、脇腹めがけて飛んできていた矢のような小枝をただのひと振りで弾き返し、彼の背中を刺すべく伸びてきた蔓を切り刻みながら、次々に伸びる触手を踏みつけ、とび越えて魔王までの距離を縮めた。
そして、
「いい加減にしてください」
という言葉とともに、柄頭を魔王の脳天に叩きこんだ。
ごす。
鈍い音がした後、魔王は叩き落された虫の如くずるりと地を這う。
さらに、枝から飛び降りた男が容赦なくだらりとした彼の胸倉を引き寄せて、
「殺しますよ?」
と、瞳孔を開いて殺気を放てば、
「すまん」
たんこぶを作った魔王は目の端に涙を浮かべながら即座に詫びを入れた。
男と目を合わせるついでに魔王はあっさりと開き直って問う。
だが、どうしたらいい?
そんなことは知りません。
目と目で語り合い、ふたり同時にため息をついた瞬間。少女は自身が閉じ込められていた塔を植物たちを使って握りつぶした。崩れゆく塔の真下で、集まっていたザーク皇国の兵士たちが蜘蛛の子を散らすように、四方八方に逃げ惑う。
いよいよ威力を増す少女の魔力の高ぶりに、ふたりは背筋を凍らせていた。
「……荒療法だが、一度気絶させてみるか?」
「……まぁ、そういう手もあるかも知れませんね」
「じゃあ、とりあえず軽く一発なぐ……ぐぼあああああああああ!!」
魔王が軽く腕まくりをした途端、突然目の前の空間が歪んだかと思うと、彼の体は遥か彼方に吹き飛んでいた。
「!!!さ……ごぶふッッッ!!」
そして、もう一人もまた、突如として屈強な体をくの字に曲げ、地面に沈みこんだ。
「こんの、役立たずどもがぁぁぁぁぁ!」
男たちの頭の上に降り注ぐは、この世のものとは思えない、恐ろしげな獣の唸り声。
短い銀色の髪をなびかせ、舞い降りたその人こそ、彼ら二人が必死になって救出しようとしていたお姫様、その人であった。
うちのお姫様は待っていられない性分です。そして、続きます。