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第25話/人形

 タヌキに止めを刺すべく連合軍側の野営地に潜り込んだレイを待ち受けていたのは、卑しい笑みを浮かべた男と美しい顔をした少年、それに両手を吊ったタヌキであった。

 タヌキはレイの姿を認めると、男に向かって、昼間の自分の失態を彼のインチキによるものだと喚きはじめた。レイにしてみれば身に覚えのない、聞くに堪えない罵詈雑言であったが、男はそんなことなど全く眼中にないようで、現れたレイをじいっと凝視したまま、ますます卑しい笑みを深く刻んでいた。

 「このようなところでお会いすることになろうとは思ってもみませんでしたな。もしかすると、魔王軍に連れ去られたといったところなのでしょうか?それに、そのような呪いまで受けてしまって……。ずいぶんとお辛い思いをされたことでしょう。これ、バティウス、姫様の呪を解いて差し上げなさい」

 男に背中を押されて無表情の少年がレイの前に進み出る。

 「……」

 少年の口が彗の真の名を告げる。そして、彼女の体は元の姿へと変化した。

 彗の柔らかい眼差しが少年の青い瞳に降り注いだ一瞬、彼は居た堪れないようにそっと目を伏せる。小刻みに揺れる肩に優しく手をかけて、彗は問う。

 「バティウス、誇り高いトレニアの民がなぜこのような悪事に加担する?ランサス様はなぜお前を手放された?我々の祖先は共に賢王フレイ様にお仕えした同志。それがなぜ、忌まわしいザークの手先などと共に行動をするんだ?」

 ぴくりと弾んだバティウス少年の両肩に手を置き、彼女はかすかに表情を曇らせた男に鋭い視線を浴びせる。

 「ランサス様に手出しをしたのか?」

 「まさか!邪王フレイは追放され、この世界に残った魔力を持つ者たちには須らくザーク様のお慈悲が与えられます。悪に染まった過去を悔い改め、善良な民として生きる彼らになぜ我々が手出しをすることがございましょうか」

 「ならば、なぜ、この少年はお前のもとにいる」

 「それは彼の意志でございましょう」

 顔色も変えずすかさず即答する男に、彗は嫌悪感を露わにした。見るに堪えないといった様子で男から視線を引きはがした彼女は、今度は傍らで小さくなっているオルナータを見る。昼間負わされたものが原因なのか、彼はその両手を首から吊り、忌々しげに彗を凝視しているのだが、どこかにまだ後ろ暗さを感じているのか、それとも彼女の背後の女王に恐れをなしているのか、その表情は冴えない。

 ほんの少し前。自分がリオネ城を出るきっかけとなった、女王と勇者を名乗るオルナータとの謁見の風景をふと思い出し、彗は胸の中でぐるぐると渦巻いて行く己の感情を自覚した。

 その感情こそがリオネ王家に伝わる魔力の源。

 「さて、おしゃべりはこの辺にしておきましょう。姫様は魔王にさらわれてひどい仕打ちをされていた。それを勇者オルナータ様がお救いになった。それだけの働きがあれば、きっとオルナータ様は一の姫様とのご成婚を取り付けられるはずです」

 「ふざけるな。私がそんな茶番劇に口裏を合わせるように見えるのか?私より、魔王の首の方が重要なんだろう?勇者様?」

 その挑発に乗ろうとするタヌキを制して、男がにやにやと笑う。

 西の大陸に生まれた人間の特徴をよく表している真っ白な肌にはザーク教の紋章。ザーク皇国の司祭であろうその男は、つるりと顎を撫でて彗を見つめている。

 「おやおや。姫様はご自分のお立場がよくおわかりではないようですね。知っているんですよ?貴女様がここでは力を使えないことを。これだけ負の感情の渦巻く世界で力を使おうとすれば、たちまちに貴女様は壊れてしまわれるのでございましょう?ここは結界で閉じられたリオネ国ではないのです。そうです、非力な乙女、それが今のあなたの姿なのです。魔王に連れ去られた非力な乙女を助けることこそ、最も優先されるべきなのです。魔王の首などまた別の機会でいい。ああそうだ、私の用意した筋書きを無理に演じていただかなくとも結構ですよ。なァに、ちょっと、そのバティウスに記憶を操作させますのでご心配には及びません。次に貴女様が自我を取り戻した時、きっと素晴らしい世界になっていることでしょう。それまで、おやすみなさい。……バティウス」

 男が冷たい声で少年の名を吐き捨てると、彼は感情を取り戻した大きな瞳で彗を見上げた。

 少年の葛藤が手に取るように分かる。守るものがなければ、少年は男やオルナータに手を貸すことはなかっただろう。しかし、明らかに彼は誰かを人質にとられている。彗の考えが正しければ、トレニアの長であり恐ろしい魔力を持つランサスの身に何かが起り、この少年は連れ去られてきたのだろう。そして、少年を自在に操ることができるよう、彼の家族や友人のうちの誰かの命をちらつかせているに違いない。

 状況さえ把握できていたのなら、手の打ちようもあっただろうに。

 彗は従者を使いに出すところの判断を違えてしまった自分を責めた。

 彼女の体術さえあれば、この場はどうにかなる。しかし、もしそれが少年の大切な人を傷つける結果となったのでは、人としてあまりに情けない。

 迂闊に乗り込んでしまった自分をもう一度だけ罵り、彗は不安げに自分を見詰める少年に微笑みかけた。

 「いいよ、バティウス。お前はあのゲス野郎に反抗できないんだろ?今の私ではお前に勝てないのははっきりしてる。だから、いいよ。お前は大切な人を守れ」

 少年の顔中を覆う大小様々な傷を優しく撫で、そのうちのひとつに唇を落とすようにそっと距離を縮める彗。

 私は大丈夫だから。少年にだけ聞こえるようにそう言い残し、彼女は五感を失った。

 立っていられなくなった彼女の肢体をバティウスが咄嗟に支える。

 力なく項垂れてしまった彼女をどうにか床に横たえて、少年は光の消えた瞳を閉じさせた。

 「フン、小娘が。バティウス、明日の一番の船でここを離れる。それまでその人形を見張っていろ。決して逃げようと思うなよ?お前の姿が見えなくなったら、お前の妹の体はバラバラになるんだからな」

 無言のまま見上げるバティウスの頬に男の平手が鳴った。

 「……っぅ……」

 「そんな生意気な目をするんじゃないよ?生きて妹と会いたかったらな」

 言い捨てて、男はオルナータとともに部屋を出て行った。

 残された少年は人形と化した彗のために涙を落とす。

 村を焼き払われ、必死に抵抗した大人たちのうち、見せしめのように長のランサスが滅多打ちにされる光景がまざまざとよみがえってくる。

 「逃げろ!逃げろ!決して振り向くな!」

 いつまでも耳について離れないランサスの、大人たちの願い。

 しかし、妹とともにどうにか逃げおおせようとした少年の前に、男が立ちはだかったのだ。あっという間に妹を奪われた少年は、今回の襲撃の目的を知る。

 「お前がバティウスだな?確かに、ランサスよりも強い魔力を秘めているようだ。くくく……バティウスよ、他者より高い魔力を持って生まれてことを後悔するんだな」

 そうして、炎で焼ける闇の中、少年は自由を失った。

 窓から差し込む月明かりで現実に引き戻された少年は、そうすることが義務であるかのようにそっと彗の手を取ると、その冷たく滑らかな甲に唇を寄せた。

 「必ず僕がお救いいたします」

 そう呟く彼の双眸はすでに渇き、代って青い炎を灯していた。

どうでもいいですが、バティウスはクソガキです。設定がいかされるかどうか知りませんが、クソガキです。

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