第24話/勇者
我が名は勇者オルナータ!
人の世を騒がせる悪しき魔王を打ち滅ぼすため参上仕った!
魔王よ、その首我がもらい受ける!!
今日から連合国軍の総大将となった、自称勇者のオルナータという男。半裸で、人の作った馬に乗る、あまり若くない、あまり美しくない、あまり上品とは言えないでっぷりとした男の姿を見て、魔王軍の士気は目に見えて下がった。
あの美しい総大将は何処へ行った?
目の保養が……・。
あの山から下りて来たようなタヌキおやじはいったいなんなんだ?
口々に不満を並べる魔王軍の兵士たち。彼らの意見は、「あんなのどうだっていい」というところで満場一致し、馬になっているものはがっくりと肩を落とし、騎乗しているものも額にまいた鉢巻を自らの手で解こうとしている。
昨日の今日で勢いに乗じ一気にたたみかけることを計算していた軍師ヴァインの目論見が見事に外れた形となったわけだ。
「なんてこった……」
ヴァインが頭を抱えながらそっとフロウに目をやると、魔王軍の大将は事も無げに大欠伸をしてうっすらと涙を浮かべている。敵方の総大将が誰であろうとまるで意に介さず。コキコキと首を鳴らして、大きく伸び、そして、最後にもう一度大欠伸をすると、ヴァインを呼んだ。
「総大将がただのタヌキおやじなら、今までの鬱憤すべてを晴らしてこいって伝えるのはどうだ?前の総大将は綺麗すぎて目の保養ばかりしていたから負け越していたんだろう?タヌキ相手ならなんの手加減がいる?とっとと借金返済しちまおうぜ?」
控えていたネルがヴァインの目配せで動いた。
「お、ちょっと待った。ついでだから、『あのタヌキに無理やり嫁にさせられようとしている不幸なお姫様を救済するため』ってのも付け加えといてくれるか?それでいくらか士気も高まるだろ」
ジロリと睨む軍師に、「まるっきり嘘ってわけじゃねぇよ」と、フロウ。
そう、彼の言うことは99パーセント事実。魔王の首と引き換えにリオネ国の第一王女を嫁にしようとしているのは、まさしく、目の前の敵将オルナータなのである。今朝、血相を変えてフロウのねぐらに飛び込んできた彗の言うことには、あのいけ好かない虫唾の走る小男は外戚としてリオネを牛耳ることが目的なのであり、敵将の首であればそれを魔王の首と偽って婚姻関係を迫るに違いないという。
「あんのゲス野郎は俺の手で直に制裁を加えてやる。立ち上がることもできないくらい、ぎったんぎったんにしてくれるわッ……クククククッ……」
はーはっはっはっはっはっはっは!
魔王とは違い、むせることなく高笑いを披露した彗の顔は極悪にして凶悪。
その彼女が、人的騎馬戦を望んだのだから、フロウに拒否権はない。連合軍側に持ちかけ、承諾を取り付けたという報告をしに行ったところで、屍一歩手前の魔王を救出したのだった。
おそらく、魔王軍勢の中の一騎となって出陣を心待ちにしているであろう彗と、泣く泣く女性の姿になって引きずり出された魔王とを思い浮かべ最後の身震いをすると、フロウはドラを叩くよう指示を出した。
連合軍の士気の低さは魔王軍の比ではなかった。
美しく聡明な総大将が一転、利己主義を腹いっぱいに抱えた野心家が指揮をとっても誰も付いてくる者などいない。連合軍一騎に対し魔王軍は三騎で囲みに行く作戦がてき面に戦果を挙げた。
気がつけば、総大将と両手で数えるくらいの数しか残っていない。
勝ったも同然の魔王軍は、もちろん、降参することをすすめたのだが、オルナータは顔を真っ赤にするばかりで首を縦に振らない。それで仕方なく、フロウは敵と同じ数だけを残して、あとは後方に下がらせた。
「愚弄しおってっ……」
タヌキは頭から湯気を出して怒り狂っていたが、その部下たちは内心ほっとしたような表情をしている。
「ええい!こちらは一騎当千のつわものぞろい!蹴散らしてくれるっっ!!」
お前が行けよ。
連合軍兵士の雰囲気が魔王軍側には手に取るように分かるというのに、なぜかタヌキだけがその空気を読まずに喚き散らしている。
「こうなったらとっとと終わらせてやった方が親切ってやつだな」
魔王軍の先頭に立つ銀色の男がにたりと笑う。
ぶっつぶす。二度と立ち上がれないように、ぶっつぶす。
独り言にしてはずいぶんと大きな声で言うものだから、マオをはじめ馬になっている三人は震えあがりながら一心に唱えていた。「敵じゃなくてよかった」と。
そうして、あれよあれよという間にタヌキ以外は簡単に潰れた。いや、タヌキをいたぶるためにわざと最後まで残したという方が正しい。
身ぐるみ剥がれたタヌキだけがぶるぶると赤子同然に震える様に、ますます銀色の悪魔の笑顔が冴えわたる。
「多勢に無勢!なんと卑怯な!」
タヌキが騒ぎ立てれば立てるほど、悪魔の顔が楽しげに歪んでいく。
タヌキの足元の馬はその威圧感だけで戦意を喪失し、乗り手の許可が得られれば今すぐにでも敗走するだろう。しかし、場の空気を読まないタヌキはなおも喚き、がなりる。
そして、銀色の青年を指差し、高らかに言い放った。
「ええい、そこな銀狼!いざ尋常に勝負せよ!」
レイをフロウ直属の名立たる将と踏んだのか、タヌキは鼻息荒く一番触れてはいけないところに自ら突っ込んでいった。爆心地に飛び込むという自殺行為に他の魔王軍の兵士たちは潮の引くように、さーっとどこへともなく去って行った。
取り残された二騎の間に冷たい風が吹く。
先んじて動いたのは、連合軍将、オルナータ。
「きええええええええええええええええええいぃぃぃ!」
奇声を発し、まっすぐ一直線に突進を開始。
レイはぎりぎりまで敵を引き寄せ、鮮やかに己の拳を運んだ。
ひらりと回避する途中で脇腹に一発。
続いて、反転した振り向きざまに背中に一発。
さらに、相手が体勢を立て直したところに、長い手を自在に操ってすかさず顔面に一発。
涼しい顔をして正面から向き直るレイに対し、タヌキはあちこちぼろぼろになり今にも倒れそうな体となっていた。痛ましいのは変形した顔のラインと二本の鼻血。さらに、急にあちこちが痛みだしたように体を捩って身悶えている。よもや目に見えぬ速さで攻撃をもらっているとは気づかぬ、あるいは認めぬタヌキは血の気の引いた真っ青な顔でレイを見据えている。
「ええい、何をしておるもたもたるすでない、あの銀狼を叩き落としてくれるっ」
止めておけばいいものを。しかし、馬たちの必死の祈りは通じない。
「それじゃあ、これで終わりにしてやるか」
ぱきりと、指を鳴らすレイがマオ以下二人の馬に合図をする。
ほぼ同時に駆けだした二騎。伸びる四本の腕。ずんぐりとした短い腕をすらりと長い腕が叩き落とし、へし折った。苦痛に顔を歪めるタヌキ。くらりとよろけたその頭部にレイの腕が伸びる。鉢巻を、タヌキの栗色の髪ごとむしり取った。
ずるり。
気色の悪い感触にレイが己の手の中を覗き込む。
そこに、まっ白い鉢巻と、ふさふさの栗毛色の髪の束。
驚いて相手の姿を認めれば、馬の上には丸禿のタヌキ。
彼が慌てふためいて落馬する様がゆっくりゆっくり皆の視界に映る。
一瞬置いて、
ぶあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!
突如沸き起こった大爆笑に、タヌキは無傷の足を生かしてつむじ風のように退散していった。
「タヌキのくせに、自慢の毛がないとはな」
しかし、笑うレイの瞳には相変わらず鈍い色が浮かんでいた。
たぬき、愛嬌あって好きですけどね。