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第23話/悪魔

 一度目の失恋と本人が思っているものはただの被害妄想。そして今回、初恋と同じ相手に二度目の失恋をしたと思いこんだ魔王がベッドの中でもぞもぞと寝返りをうっていると、傍若無人の例の侵入者が勢いよく室内に飛び込んできた。

 「起きやがれッッ!!」

 有無を言わさずに魔王のくるまっていた上掛けをひん剥き、ベッドから叩き落とす。

 床の上に投げ出されながら、魔王は銀色の獣を見上げた。肩で荒い息をし、瞳孔の開いている金色の瞳の下には濃いクマが生息中。恐ろしいほど引きつった笑顔の口元は尋常ではない。何事かと魔王が問う暇もなく、獣はベッドの端に片足をかけて凄んだ。

 「いつまでそんなかっこうしてる?とっとと姿変えてツラ貸せ」

 「いや……あの……、今日はちょっと……」

 少しは察してくれと、魔王が体中で叫ぶのだが、相手は一向に気にしない。むしろ、その傷口に粗塩を塗り、揉んで叩いて重石を乗っけるが如く、鼻で笑っている。

 「あぁ、例のお姫様にふられたとかいう理由でうじうじしているつもりか?それなら、選択肢は二つだ。一つは今すぐあのお姫様を探しにここを出て行くこと。ちなみに、あの王様は出て行ったぞ?とられたくなければいますぐ出て行け。そして今度こそ捕まえろ。捕まえて自分のものにするまで帰ってくるな。そして、もう一つは、すっぱりときれいさっぱり忘れて、俺達と戦場に立つことだ。あんたの力なんぞ無くたってどうにでもなるが、頭数は一人でも多い方がいいからな。さぁ、どちらかだ。選べ!」

 一気にまくし立てられた魔王は床に正座したまま呆けた。

 初恋を追い続けるのか、忘れるのか。それを今すぐここで決めろと?

 思いもよらない二択。しかし、それこそが本質のようにも思え、魔王は唸る。

 しかし。

 ……決められない。

 どちらもそうしたいようにも思えるし、したくないようにも思える。

 長年、胸にぐさりと突き刺さっていた「嘘つき」という言葉は意外にも簡単に取り除かれてしまった。できた傷すら完治したかのようにチクリとも痛まないこの不思議さ。成長した彼女の笑顔を思い出すたび、温かい感情が押し寄せてくるにも関わらず、そのどこにも甘やかさを伴わない疑問。

 初恋のはず、好きなはず。

 だけど、好きとはどういうことだろう?恋とは?

 「はいー、終了ー!」

 ぱちんと、魔王の目の前で誰かの指が鳴る。

 ぐるぐると自分の心の中に手をつっこんで考えていた彼はついうっかり目の前の人物を忘れていたようだが、生憎と相手の方は魔王の記憶のかなたから舞い戻り、悠然と微笑んでいる。

 「時間切れ。残念だけどあのお姫様のことは忘れてもらう。異議申し立てがあれば心の中でのみ許可する。口に出してももちろん却下だから」

 「は……?」

 「うん、だから、とっとと戦場に行くからとっととマオになりやがれ」

 「いやいや、ちょっと待て。二択だったはずだよな?選んでないんだが……」

 「だから、時間切れだって言ってるんだよ。それにな、追おうと思う気持ちが先行するのなら、目覚めた瞬間に彼女のところへ駆けつけてるはずなんだよ。それが恋ってやつだと思うぜ。それができなかったんだから、もう諦めろ」

 正論すぎてぐうの音も出ない。

 彼女がもうここにいないことは気付いていた。ついでに、あの男がいなくなっていることも。

 それが分かっていながら、自分は未だにここにいる。それがすべてを物語っているようにも思えた魔王は目を伏せてため息をついた。

 なんて不甲斐ない。心の中で自身を嘲り、魔王はふと、他者の体温に気付いた。

 レイの金色の瞳がぐっと近づいたのだ。

 「なんだったら、なぐさめてやってもいいぜ?」

 少ししか時間ないけどな。

 レイの冷たい手が魔王の頬に触れる。銀色が鼻の先で揺れた。そして、するりと唇から甘い熱が滑り込み、己の熱を分け与えるように何度も何度も浸食を繰り返した。

 「んー……ッ!」

 「黙れ」

 ざらざらした男の手で頬を撫でられ、後頭部をしっかりと捕らえられている。

 角度を変え、挿し入れるところも変えられて吸い上げられるうち、だんだんと魔王の指先にも力がこもってきた。

 次第に熱を帯び出した体で相手に触れ、魔王は指からするするとこぼれおちる銀色の糸を夢中で手繰り寄せた。甘い熱が甘い香りと甘い感触を伴って目の中で爆ぜる。何が起こっているのか、何をしているのかなど考えられない頭は使い物にならず、ただただ本能に従ってそうすることが一番正しいことと思えた。

 しっかりとした相手の腰に腕を回したところで、魔王は身体的には「彼」の瞳を覗き込んでそっと離れた。とろりととろけた瞳に漆黒の男が映り込んでいる。同じく、彼の黒い瞳には怪しい色香を纏う「彼女」が映っている。

 「なぐさめてくれるんだよな?」

 吐息が漏れ、てらてらと光る唇に今度は自らが噛みつこうとした時、自分の胸にささやかな抵抗を感じた。

 視線だけを落とせば、レイの手が魔王の胸を押している。

 「あんた、バカじゃないのか?私は今男だし、それに、あのひとの代わりにはなれない……」

 顔を背けて、すっかり女性の顔をした男が頬を染めていた。

 距離を取ろうとしているのに腰にまわされた魔王の腕のせいで叶わず、それでも無理に顔を遠ざけようとしたので必然的に白い首がさらされた。

 「男でも女でもなんだっていい。代わりにしようなんて思ってもない。ただ、なぐさめてくれると言ったのはそっちだろう?」

 かぷり。

 首に鋭い痛みと熱い息を感じた瞬間に、彼女は一気に覚醒し、キレた。

 「ふっ、ざけんなああああああああああ!!」

 鳩尾に無理やりの一撃、続いて脇腹への一撃。さらに、胸倉を締め付けて往復びんたをお見舞いしたのち、両手で挟みこんだ頭部へ渾身の頭突きが綺麗に決まった。落ちかけた相手の胸倉を両手で掴んで立ち、いっそ窒息死を狙って締め上げる。決して軽くはない魔王だが、彗はその手を緩めない。途中、自分とあまり身長差がなく、そのため彼の足が床についていることに気付き、彼女はわざわざベッドに立ちあがってぎりりと音のするほどに締め付けた。明らかなる殺意。

 必死に腕の中でもがく魔王に、彗は低く低く笑った後に絶叫した。

 「魔王のくせに、生意気なんだあああああ!」

 慌てて駆け込んできたフロウがいなければ、絶命していたところだったろう。

 せき込んで泣きながら体で息をする魔王に、

 「とっとと姿変えて出てこい」

 捨て台詞と共に去って行く銀色の悪魔。

 どんよりとした雰囲気を纏った主にどう声をかけたものかと黙って佇んでいたフロウは、突然ひらめいたように手を打って、会心の笑顔で言った。

 「ご愁傷様」と。

 まったく、王思いの臣下である。

ジャイ×ン降臨。笑

魔王、ドンマイー。

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