第21話/決闘
期せずして顔を合わせたふたりの男が、小さな木片を積み上げた塔を真ん中に睨みあう。
そうっとそうっと、慎重にひとつの木片を魔王が引き抜いて、さらに上へと積み上げれば、相手の男はさっと勢いに任せて抜き取る。
ぐらり、ぐらりと、小さな塔が揺れる。
そのまま倒れてしまえと、魔王がほくそ笑んでみても、揺れは徐々に小さくなっていき、男が「ほらよ」とばかり乱暴に手に持っていた欠片を積み上げる。
負けじと、今度は魔王が、バランスの悪いところを支える木片に手をかけた、その時。
どん!と、テーブルを強くたたく音がしたかと思うと、ふたりが築き上げた塔が一瞬で崩壊してしまった。
「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
情けない男たちの声が静かな夜に響く。
「なんだよ!あのままいけば、コイツが失敗して俺の勝ちだったのに!!」
「なにをぅッッ!俺はこういうものに関しては負けたことがないんだ!!そっちこそ、次の手で負けが決まったものを!」
「あーそうだよなー、あんた根暗そうだもんなー。友達もいなさそうだし?確かに強そうだわなー。はははー」
「なにをおおおおお!?そう言うあんたは見るからに頭が空っぽそうだなぁ!わはははははは!」
「……やるか?」
「表に出ろ……」
と、ふたりが席を立ちかけたところで、塔を崩した第三者の平手打ちが双方の後頭部に炸裂した。
「あーんーたーらーはああああああああ!!さっきっから見てれば、なんてくだらない方法で決闘してるんだ!?クジ引きすればどっちもはずれっていう狡い手使うわ、カード使えばイカサマするわ、腕相撲してて蹴りあいって何事だッッ!ってゆーか、そんなどうしようもない決闘があるかぁぁぁぁぁ!!」
この決闘の賞品であるエリス嬢がテーブルをひっくり返して絶叫した。ぜーはーと肩で息をする彼女の目は完全に据わっている。
「まぁまぁ、落ち着けよエリス。こんな夜中におおっぴらに決闘なんてできるはずないだろー?」
「できるだけ平和的に決着をつけようとしているんだし」
なぁ?と、この時ばかりはふたりそろって頷き合い、激昂する彼女をなだめにかかるのだから、エリスでなくてもイライラするというものであろう。
「さて、次はどうするか?」
「そうだな、もうこうなったらジャンケ……エルシー、グーは痛い。グーは……ッ!」
「そうだなー、そうだなー、うーん、ううううーん」
ふたりとも、エリス嬢のあまりの剣幕に冷や汗をかきながら頭をひねっている。
と、不意に栗色の髪の男が手を打った。
「そうだ、エリスをめぐってこんなことしてるんだから、この場で口説き落とした方が勝ちってのはどうだ?」
にやり、男は挑発的に魔王を見て笑う。
その青い瞳に、「どうだこの根暗め、こんな恥ずかしいことおまえに出来るか?」と言われている気になった魔王は、出来る気もしないのに、
「やってやろうじゃないか」と、こたえていた。
魔王が我に返って、まずい、と思ってみても取り消しは不可能。男は魔王を見下すように悠然と微笑んでいる。
「よし、じゃあ決まりだな。まずは俺から!」
へらりと笑いながらエリスに近づいて行く男。だが、彼がエリスの手に触れようとした途端に、その青い瞳から火花が飛びだして、くらりと体がよろけた。
「触るな、殺すぞ?」
低い声で唸るエリス。
「へ、へめひぇ、さわっへからひゃひゃいひゃらほーなんら?(せめて触ってから叩いたらどうなんだ?)」
言いつつも、男はめげずにエリスににじり寄る。左の頬が変形しているようにも見えるが、それは彼らの日常からすればほんの些細なことに分類されるらしく、双方ともに気にする様子はない。
傍で見ていた魔王の方が頬を抑えて顔をしかめている。
「もぅ、エリスは照れ屋さんなんだから〜。いい加減俺のこと好きだって認めちゃえばいいのに」
「1時間息をしないでいてくれたら好きになるかもしれないな」
「え?本当にッ!?でも、あれ?それって確実に生きてないよね?あははー……アレ?なんか、しょっぱい汗が目から……」
堪らなくなった魔王がそっと男の背に手を置いた。
無言で見つめ合う男たち。そこになんらかの情が芽生えたのか、お互いに手を取り合ってうんうん、とひたすらに首を上下に振り続ける。
「報われないってつらいよな……」
「ああああ、あんたにも分かるか。本当になんでこんなに愛情表現してるのに伝わらないんだろう……」
「直球すぎるんじゃないのか?」
「いやいや、下手に引いて見せたらそりゃあもう風のように逃げられるんだって」
「つらいな」
「つらいさ」
ううううううううう……。
妙に湿っぽくなってしまった空気の中、痺れを切らした女王様が、にっこりと微笑んで言いました。
「それで?決闘はどうなったんだ?やらないんだったらとっとと帰ってくれないか」
とげとげしい声が身にぶすりと刺さったふたりは、互いの眼のなかにきらりと光るものを見た。
「じゃあ、決着をつけようか?」
男が笑う。
「ああ、そろそろいいだろう」
魔王も笑う。
「よし、ではこれで決着だ。いいな?」
「ああ、負ける気がしないがな」
「俺もだ」
エリスが息を殺して真剣な眼差しで見守る中、魔王と男は息を整えて、ほぼ同時に叫んだ。
「へへーんだ、俺なんてエリスの×××で××な姿見ちゃったもんねー!」と、男。
「俺なんて、ちいさいころはエルシーと一緒に×××したことあるわ!!」と、魔王。
「あああん?そんなのちいさいころには、××は××××じゃなかったろうがッ!!俺なんて大きくなった××見たし!!」
「はあああああ!?あんたそれ犯罪だろうが!!本人の了解も得てないんだろう!?」
「了解なんて無粋なこと誰がするかッッ!!ああゆうのはこっそりとのぞいてひっそりと楽しむもんなんですぅぅぅ!!うらやましかろう!!」
「くぬぬぬぬッ!!それなら、あんたエルシーの×××しちゃったとこ見たことあるかッ?ないだろう!?可愛かったぞ!いや、もう一生見られないな!!」
はーっはっはっはっはっは……。彗との高笑いの練習を遺憾なく発揮した魔王に、男は悔しそうに歯ぎしりをする。
「くっそおおおお!!なら、エリスの……がはッ!?」
「はーっはっはっはっはっはっはっ……はうごほえッッ!?」
突然、男と魔王の口が封じられた。
ふたりが、投げつけられた枕を放りながら振り向いた先には、瞳孔全開の麗しの人。口元は笑っているはずなのに、目が黒い光を放ちながら冷ややかに輝いている。体中からにじみ出るのはどす黒い殺気ただひとつ。
「私はいいことを思いついてな。あんたらふたりともぶちのめせば、私はどちらのものにもならなくていいんじゃないかって、な。どうだ?正論だろう?最期に言いたいことがあれば心の中で言うことだ」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!」
ちょっとした仕返しをするつもりが、逆鱗に触れていたことを思い知ったときにはもう遅い。
魔王と男は体を寄せ合って震えあがった。
そして、彼女の美しい線の足がひゅうと空を裂いた音とともに、ふたり仲良く意識を失いましたとさ。
変態撲滅。めでたしめでたし……?
伏せてあるところは御想像にお任せします。
たぶん、下品なこと言ってる模様。(笑)