第2話/誤解
「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!!あれ?何見てるんですか?はい、魔王様もご一緒に!!はい!バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!!」
魔国一のキレ者、宰相ルゴの奇怪な行動を見て、魔王は心の底からため息をついた。
不審者をつまみだすどころか、なぜに万歳三唱?しかも満面の笑み+目から青春の汗?魔王が向ける冷やかな眼差しにもめげることなく、彼は彗と名乗った不審者の手を取ってくるくると回りだした。
「何がそんなに楽しいんだ?」
「楽しいのではありません!私は今非常に嬉しいのです!魔王様にお仕えして苦節40年!ついに!魔王様が魔王様らしい魔王様のような行動をとられたことに感激、感動!!そして例えようのない歓喜の心が私にこのような行動を取らせるのです!!」
ひゃっほーいと踊り狂う女性のような美しい顔立ちをした、しかし、非常識極まりないルゴの奇行にほんの少しだけイラついた魔王は、タイミングよく彼の顔面にストレートパンチを決めた。
「ふごぉッ!!」
彗の手から崩れ落ちるルゴ。それを何の興味もなさそうに眺める魔王。これが魔王城におけるナンバー1とナンバー2というのだから、ある意味恐ろしい。
「いやですね、冗談に決まってるじゃありませんか。相変わらずノリがよろしくないですよ?」
「お前の奇行に付き合っていられるか。とっととこの侵入者を始末しないか」
「はい?」
ルゴのまっ赤な瞳が彗を見る。
「侵入者とは?こちらにいらっしゃるのは魔王様がどこぞからさらってこられた姫様では?そのような寝言は就寝後にお願いいたします。それで、婚礼の儀はいつになさいますか?どうせ暇ですからぱーっと盛大にいたしましょう」
「お前は俺の話を聞いているのか?」
「もちろんですとも。それで?やはり吉日大安がよろしゅうございますか?ドレスはいかがなさいましょう?美しい銀髪を持っておいでですから、真紅のドレスがお似合いになると存じますが、いかがですか?」
「んー?赤ねぇ?私としては、赤よりも深い青色が好みなんだけど」
「ああ、それもよろしゅうございますね。では早速そのように手配いたしましょう。ほかに御所望の物はございませんか?えー・・・」
「彗と申します」
「彗様ですね?お美しいお名前でございますね。私は宰相を務めますルゴと申します。どうか魔王様をよろしくお願い申し上げます」
「はい。立派な魔王にしてみせますわ!」
がっちりと手を取り合い頷き合う彗とルゴ。その脇で、まるで空気のようなぞんざいな扱いの魔王はぐったりと肩を落としている。
「バカがまた増えた・・・」
しかし、呻く魔王の言葉などはしゃぎあう二人の耳には届くはずもなく。
「さあさあ、彗様、旅の疲れを湯浴みで流してはいかがでしょうか?」
「え?いいんですか?じゃあ遠慮なく」
「何をおっしゃいます。このさきずっとこちらで暮らすのですから、遠慮などなさらないでください。むしろ、一刻も早く城の主として振舞っていただきますようお願いいたします」
えへへへへ、うふふふふ・・・周りに小花をまき散らす勢いで微笑みあう二人。手に手を取って魔王の私室から出て行こうとする背中を、影のように無視し続けられていた魔王が勇気を持って呼び止めた。
「ちょっと、待て」
くるりと振り返る太陽のような満面の笑みに、折れそうになる心を必死に叱咤して、魔王は続ける。
「その彗という女にはまだ話がある。少し時間が欲しいんだが」
突然現れた不審な人間と打解けるルゴにはもう頼れない。しかもとんでもない誤解をしたままの宰相と、その誤解をいいように利用している彗という女をこのまま野放しにすれば、結果自分の首を締めるだろう。ならば、今ここで彗という女には大人しく帰ってもらった方が身のため。説得して納得して速やかにお引き取り願おう。人畜無害な魔王がそう決めたというのに。
「そんな、いけません!」
突然頬を真っ赤に染めてルゴが叫んだ。
何事かと魔王が驚くうち、傍らの彗の肩を軽く抱いた彼がさらにまくしたてる。
「いいですか魔王様!ご婦人にはご婦人の身だしなみというものがあるのです!!それを、まるでマテのできない不躾な犬のようにサカるなんて、私はあなたをそのようなふうにお育てした覚えはございません!!」
「おい・・・」
「参りましょう!彗様!」
ばたん。
勢いよく閉じられた扉に伸ばした己の虚しい手を見つめ、それから魔王はくらくらする自分の頭を抱えてうずくまった。
しかし、これから起こる嵐のような生活をこの時の彼はまだ知らない。
こんな感じで進みます。
笑って許して下さい。