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第14話/兄妹

 「留守番なんて嫌だ!!兄様のばかーーーーーーー!!!」

 新調した真新しい純白のドレスを翻し、レジィは部屋を飛び出して行った。

 魔王が信頼するごく少数のものたちが集った場にて、彼女、魔王の妹であるレジィには、魔王城で魔王代行の役割が与えられようとしていた。どんなことがあろうともレミアムを離れられないシャロムを除けば、ほかにその役割を果たせるのは血筋的にも魔力的にも彼女しかいない。それは、満場一致の決断だったのだが、ただひとり、当の本人だけがそれを拒んだ。

 「私は兄様のお側でお役に立ちたいのです!それを、魔王城で留守番なんて、絶対に嫌です!どうか一緒に連れて行ってください!」

 と。

 しかし、魔王は首を横に振るばかりで、頑として妹の願いを聞き入れることはなかった。

 しばらくの押し問答の後、ついに業を煮やしたレジィの方が突然席を立ち、捨て台詞ともとれる悲鳴を残して一同の前から姿を消したわけだ。

 「魔王様、レジィちゃんを追って話をするべきですわ」

 シャロムの妻のミンが静かに口を開く。できることならいますぐにでも後を追いたい心境であるのを堪え、彼女は静かに魔王を見つめる。

 その横で彼女の夫のシャロムも深く頷いて魔王を見る。

 「しかし…」

 言いかける魔王に皆の視線が一斉に集中した。

 どの瞳にも、「早く行ってこいや」という非難の色が浮かんでいる。末席に身を置いているツィンクに至っては完璧に殺気立っていた。



 ほんの少しだけ開いた扉の内側から、細い泣き声が聞こえていた。

 明かりのない真っ暗な部屋から漏れる少女の嗚咽。その部屋は、今は誰にも使われていない、亡き母のための思い出の部屋であった。

 扉を開き、目につくのは中央に据えられたどっしりとした長椅子と華奢な机。淡い生地に可憐な花模様が描かれている長椅子は、何年か前よりも少し色あせ、そして小さく見えた。母に甘えて寄り添う幼い自分の姿と優しく微笑む母の姿が記憶の底から蘇る。褒められたくて、兄と一緒に剣技を披露したこともあった。

 だが、独特の空気の中で溢れて来るそれらの思い出より、今はもっと大切なことがある。

 魔王は母との思い出の詰まったそれらを素早く横切り、奥の寝室へ続く扉を開けた。

 「レジィ……」

 天蓋付きのベッドの上。胎児のように丸くなって泣く少女の体を抱き起し、魔王は呻くように囁いた。

 「すまなかった。足手まといになるとか、そういうことでお前を魔王城にやろうとしていたんじゃない。一緒に連れていけないのは変えようもないが、しかし、お前が大事だからこそ、魔王城にとどまって欲しいと言っているんだ。それだけはどうか分かって欲しい」

 魔王の熱がうまく伝わったのか、彼女の冷え切って頑なだった肩が微かに緩んだ。

 「ごめん、なさい」

 ぽつりと呟いたきり、しゃくりあげるレジィ。

 「泣きたいだけ泣けばいい。気のすむまで傍にいるよ」

 暗闇の中、魔王が壊れもののような妹の背中を何度か撫でているうちに、ふと、記憶の蓋が開く。

 同じように暗い部屋。今よりもずっと幼いレジィがベッドにしがみついて泣いている。声もあげずに歯を食いしばって泣いている。自分のせいで母親が死んだと、自分さえ生まれてこなければと、苦しそうに泣いている。

 そんなことはない。お前のせいじゃない。何度も何度も言って聞かせるのに、それはあっさりと妹の体をすり抜けていく。父も兄も自分も、お前のことを愛している。必要としている。だから自分を否定するな。お前を生んだ母を否定するな。

 今でもはっきりと思い出すあの時の自分の無力さが、そのまま今の感情と重なって魔王の胸に迫る。

 「あの日みたいですね」

 いつのまに泣きやんだのか、レジィの理性的な声に現実に引き戻され、魔王は急いで記憶の蓋を閉じて笑う。

 「そうだな。あれからだいぶ経つのに、昨日のことのようだ。まさか、今でも自分が不要な存在だと思っているわけではないんだろう?」

 「……はい」

 「歯切れが悪い。言い直し」

 照れくさそうなレジィの瞳が魔王を映す。

 「わかってます。自分の存在を否定するようなことはもう思っていません。だから、さっきのは…」

 さっきのは、嫉妬です。

 深呼吸をし、感情を飲みこんで紡いだ言葉は魔王には予測もつかない言葉だった。

 「なん?誰が誰に、嫉妬?意味が分からんのだが?何の話だ?」

 「彗に、です。私は魔王城に残らなければいけないけれど、あの人は兄様について行くのでしょう?それが悔しくって我儘言ってしまっただけです」

 兄から体を引いて、レジィは泣き腫らした瞳で精いっぱいの笑顔を作って見せる。

 「でも、それは見当違いだとさっき分かりましたから、大丈夫です!私が立派に魔王城を守って見せますから、兄様は心おきなく暴れ倒してきてくださいね!」

 「あ?あぁ、…よろしく頼む」

 今泣いたなんとやらがもう笑った。

 「我儘言ってごめんなさい」

 と、一方的に晴れやかな笑顔で魔王の腕から逃れていくレジィ。

 じゃ、おやすみなさいと、機嫌良く手を振り、呆気なくも軽やかに部屋を出ていく妹にひとり取り残された魔王は、暗い部屋の中、頭を抱えてしまう。

 レジィは何と言った?

 それは見当違いだと、「さっき」分かった?

 つまり、それは、見当違いだと「さっき」誰かに教えてもらった?

 「誰かって誰だ…」

 こぼした言葉に返答する者などない。

 しかし、

 「それは、私」

 魔王の耳にはしっかりと聞き慣れた声が返ってきた。高くも低くもない、ちょうど暗闇に溶けていく温度を持った声が。

 起き上がって振り返った先に腕組みをした女性。寝室の扉に背を預け、彼女もまた魔王を見ている。

 「彗か…。レジィに何を吹き込んだって?」

 「あら、失礼ね。大切な大切な妹君の誤解を晴らしてあげただけよ?」

 「誤解?何を誤解していたというんだ」

 「魔王様と私の関係について、かしらね。なーんか、ルゴ様あたりが私のことをお后候補だなんてふれ回っているらしいじゃない?それを真に受けて、私にお兄さんを取られちゃうと思っていたみたいよ?可愛いわよね」

 相変わらず扉のそばに立ったままの彗がくすくすと笑う。

 「それに、ミン様に素直になれないあたりも可愛いくって。はやく彼女自身の大切なものに気づけばきっと世界は変わるのに。あの変態には今すぐ奇行をやめさせるべきよ」

 「ツィンクのことか?」

 「そう。ふざけてる暇があったら真剣に向き合うべきだって伝えておいて。知ってる?あの夜、私のところに来たのはレジィちゃんの方が先だったのよ?この際、面倒だから魔王命令とかでくっつけちゃえば?」

 「できるか、そんなもの。だいたい、あんな女癖の悪いのに大事な妹を渡せるか」

 「はー?」

 なに言ってんの?とでも言いたそうな彗のため息にムッとしつつ、魔王が何かを言いかけ、そして、その口をふさがれた。

 「むぐッ…?」

 「いいから、黙って。その女癖の悪いのってレジィちゃんの気を引くためじゃないかしら?レジィちゃんさえ手に入っちゃえばきっと大人しくなると思うわ」

 「むぐむむむ?」

 「まー、もう彼女に魔王代行を言い渡しちゃったんだから諦めるしかないわねー。帰ってきたら二人の結婚式かもよ?」

 焦る魔王の口元を解放して彗がくすりと笑う。

 「まさか、何の冗談だ!」

 「冗談じゃないかもよ?うちの母親が借金のかたにさらいかねないお姫様なんだから、ちゃーんと隠しておいた方がいいし、さらわれる前に人妻になっちゃってた方がいいと思うけど?まァ、用心することね」

 じゃあね。と、言い残して去ろうとする彗の手首を捕まえて、魔王は問う。

 「ちょっと待て、ひとつ聞きたいんだが、レジィとはどんなことを話したんだ?そんなに親密な関係ではなかったろう?」

 疑わしげに覗き込む魔王に彗はやれやれといったふうに首を振る。

 「魔王様、ひとついいことを教えてあげましょう。女性の敵は女性ですが、女性の味方もまた女性なのです。そして、できれば、女性という生き物を敵に回すものではありません」

 ぴしゃりと言い放つ彗の格言をうまく飲み込むことができず、しばらくぼんやりとしていた魔王だったが、すでに敵に回しつつある強欲女王の顔を思い浮かべて、

 「もう敵に回してしまいそうなのだが、その場合はどうすればいいんだ?」と思い余って疑問を口にすれば、

 「諦めることですわ」

 にっこりと、他人事のようにあっさり突き放す彗。そして、魔王の手をやんわりと振り払って、今度こそ彼女は扉の奥に消えた。

 「……どう諦めろと?いや、諦めるだけじゃ解決にならんだろうが」

 呟けど、今度こそ返答は帰って来ず。


 その夜、彗とレジィ、それからミンとサンテノーラにじわじわと甚振られる夢を見て、夜中に3回も飛び起きることになったのは言うまでもない。

「くしゃみが止まらない★」と君が言ったから今日は花粉症記念日

くしゃみがつらいッッ!!…と思ったら、ただの風邪でした。がふッ。

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