第1話/遭遇
世界の果て、空と海が交わる場所に【魔王城】があるという。
人と魔族の長き戦いの間、その場所を探しあてるべく幾人もの勇者が旅立っては消息を絶った。
あるものは言う、勇者は魔王城へ辿りつかなかったのだと。
またあるものは、城に踏み込んだ勇者は魔王に惨殺されたのだと噂する。
人が最も恐れる存在、魔王。その魔王の棲みか魔王城。それさえ攻略してしまえば人の世は太平になると人々は疑いもしなかった。魔王という存在をこの世から消し去る。それが世界に生きる人々の宿願であった。
が、その魔王城に簡単に辿りついてしまった人がここにいた。
人の希望の星である勇者ではない。また、魔王を殺そうという目的すら持ち合わせていなかった。
むしろ、魔王を殺そうというより、魔王を叱咤激励しにやって来たというのだから、魔族も驚いたに違いない。
頑丈な城壁をふわりと越え、すれ違う魔族たちにはにこやかに会釈をし、その人は苦もなくあっさりと魔王の部屋にすべりこんでしまった。
「誰だ?」
低く、よく通る声がした。
窓に広がる薄い紫色に染め上がった空を背に、すらりとした長身の男が立っている。そよぐ風に長い漆黒の髪がゆらゆらと揺れるが、それに頓着した様子もなく彼は自室に突如現れたものを見つめた。
「あなたが魔王?」
「お前は人か?」
「私は、リオネ国第一王女彗。あなたに、魔王に言いたいことがあって来たの」
女性とはいえ、すっかり男装で旅支度を整えた、彗と名乗った彼女は、厚ぼったいマントをなびかせながらつかつかと臆することなく魔王へ歩み寄って行く。
そうして、上背のある魔王の顔を下からまっすぐ見上げ、大声を放った。
「ちょっと!もう少し気合入れて戦争してよねッ!!」
「・・・・・・は?」
間の抜けた魔王の答えに彗の片方の眉が吊り上がる。ついでに大きなため息を吐いて、自分よりはるかに大きな魔族の王を睨みつけた。
「だーかーらー、あなたがもう少し気合入れて戦争してくれないと、魔王軍が負けちゃうって話よ!そうするとね、私が困るの!」
「はぁ・・・」
困惑気味の魔王にさらに彗の鼻息は荒くなる。
「もおおおおお!!なんて覇気のない魔王なの?それでも魔王なの?人畜無害な魔族の王なんて聞いたことないわ!しっかりしないとその首取られちゃうわよ!?」
「別に構わんが」
「きーーーーーッ!!私が構わなくないのッ!いいッ?今日から私があなたのその根暗な根性を叩き直すわ!!立派な極悪外道な魔王に更生なさい!!それまでは私は帰りませんからねッッ!!」
びしいっと、指を鼻先に突きつけられた魔王はあまりの出来事に硬直。心なしか顔色が悪い。
そして、彼がいいとも悪いとも判断する前に、この威勢のいいどこかの国のお姫さまは彼のベッドにどっかりと腰を落ち着けてしまった。
さらに、魔王にとって間の悪いことに今度は魔国宰相のルゴが音もなく現れたのだった。
「おや?どこからさらってきたお姫様です?あ、お后候補ですね?いやー、よかったですねー。魔王様は奥手でありますから皆で心配しておったのですよ?」
とんでもない誤解が生まれ、そして、魔王の静かな生活が音を立てて壊れた瞬間であった。
はじめまして。新尾 六(ニイオ ムイ)と申します。
「小説家になろう」デビューです。新参者ですがどうかよろしくおねがいします。
つたない文章ですが温かい目で見守っていただけるとありがたいです。