物の価値は見様でごろりと変わるものだよ。
11,
俺はミケーレに選択結果を伝えた。
ゾンビの意見を聞き入れ貧乏貴族を選んだ。
「あの従順無垢なメイドがよほど気に入ったのね。
私が貴方の言いなりになると思っているのならそれは間違いよ。
こっちを選ぶことに決めていたわ」
「初めから決めていたのか?」
「ええ、貴方と考えが一致することは無かった。
つまり私の気持ちを貴方は理解できなかって事ね」
「解った伝えてくる」
「待ちなさい。
気に入ったメイドと別れるのは辛いでしょう?
もっと親しく付き合って気を持たせ続けなさい。
悩んでいると言って焦らすの」
「そんな酷いことをどうして……」
「即決したら失礼に当たるわ。
じっくり考えて選ばれる方が嬉しいでしょう?
悟られないように大切に扱いなさい」
もし打ち明ければ俺もゾンビの仲間入りになるのだろう。
死というものを感じながら話をすることに成るのか。
実に怖い事だ。
全ての発言や振る舞いに気を使わなければ嘘は簡単に見破られる。
俺に出来るのだろうか。
「俺の事を良く知っているだろう。
無理だすぐに気づかれる」
「じゃあ言い方を変えるわ。
彼女を抱いて既成事実を作れば私も仕方なく貴方の選んだ方にするしかなくなるわ。
部下の失態は私の責任でもあるの」
彼女は俺が恋心を抱いているのを知っている。
だから諦めさせようと動いているのだ。
彼女言う選択には意味はなく、俺の行動が最終的に彼女の選択になる。
騙し続けるか、彼女を忘れ抱くか……。
彼女は微笑み楽しそうに見ている。
そう言う時は何かを企んで実行した時だ。
「ゾンビが部屋に居たのはまさか」
「貴方に知識を与える為に、暫くは貴方に預けておくわ。
よく相談をして考えることね」
「くっ……」
いや、これはチャンスだ。
時間制限付きとは言えメイドを手に入れたのと同じことだ。
使用人としての振る舞いや知識を得る機会を与えてくれたわけだ。
リリアナから学べば、命を落とさずに済むかも知れない。
ああ、その程度で止まっているから俺は何時まで立っても成り上がれ無いんだ。
「来なさい、新しい仕事を覚えてもらうわ」
ミケーレは屋敷を出て、少し離れた場所にやって来る。
寮のような建物がある。
「ここで何をするのでしょうか?」
「魔物に親を殺された身寄りのない哀れな孤児がここに集められているわ。
彼らは農民として生きるか、兵士として生きるかの選択権がある。
農民として生きるなら、農家へ労働力として貸し出しているわ」
「子供を働かせているのか?」
「ええ、それで稼いだ金でまだ働けない孤児達を養っているの。
でも赤字続きで存続させるのには負担が大きい。
そこで廃止するかの検討をしているところよ」
「利益が出るように考えろと言うことですか?」
「利益を出すには簡単なこと。
役に立たない子を始末することよ。
貴方にそれが出来るのかしら?」
命令されて自分の身が危なくなったら間違いなくやる。
拒否できる立場に無いからだ。
「やりたくない」
「彼らの中から、ゾンビの管理が出来そうな子を見つけ出し、
仕事を引き継がせて欲しい」
「それが終わったら俺を捨てるのか?」
ミケーレは微笑むと耳打ちする。
「それは貴方次第、教えるのが上手ければ先生になれるかも知れないわ。
貴方の価値を決めるのは私じゃなくて貴方自身よ」
「解った」
その日から、リリアナを連れて孤児院に通うようになった。
孤児院を管理しているのは2人だけだ。
老いて皺くちゃな顔の神官サムスと、若い女ロニカだ。
サムスは俺が来ると不機嫌そうな顔をする。
「又来たのか、汚らわしい悪魔憑きめ。
そのゾンビは部屋に入れるな」
反応は最悪である。
「では神の力で悪魔を払って汚れを取り除いて下さい。
貴方が本物の神官なら、それが出来るはずです」
「何を言う……」
「神の言葉を聞き、奇跡を起こすのではないのですか?
さあ、はやく」
「ちっ……」
サムスは両手を組み祈りを捧げる。
何か起きるわけでもない。
ただの形式的な儀式に過ぎない。
「祓った、通っていい」
「では遠慮なく入ります」
子供達は雑巾がけをして部屋を掃除している。
誰を後継者とするのか迷う所だ。
「誰を選ぶのが適切だと思う?」
リリアナは微笑みを返す。
「私には解りません。
判断基準を決めてくだされば候補を選ぶことが出来ます」
基準と言われても見た目ではない。
まずゾンビを怖がらないか?
以前にメイドが嫌がり作業が出来なかったことがある。
メイドは割と優秀でないと採用されない人材で、それが失敗続きになったのは嫌な事を無理にさせたからである。
同じことを繰り返し失敗しては行けない。
「そうだな、まずゾンビに興味があるものを選びたい。
好奇心が強いことだな」
リリアナは微笑むと大声で言う。
「私と共に新たな仕事をしたいと思う人は私の周りに集まりなさい」
子供たちはリリアナの顔を見て逃げ出し隠れた。
緑色肌で異様な雰囲気を出している。
それを見て近づきたいと思う者は普通は現れない。
意を決しったのか3人の子がリリアナの前にやって来た。
「何人を育てるのですか?」
「聞いてないな、全員育てれば良いんじゃないのか?」
「それは駄目です。
競争がなければ彼らは真面目に取り組むこと無く安心して無能になります」
なるほど、競わせて選別をするのか。
最終的に一人を選ぶにしても、期待を持たせる方が良いな。
「まず二人を決める。
何か特技を見せて欲しい」
子供達はそれぞれ得意とすることを見せる。
一人目は最年少の男の子だ。
茶色の髪でボサボサで服もボロボロだ。
外に出ると石を拾い、木に向かって投げつけた。
虫が落ちてくる。
「えへへ、命中した」
質問を間違えた。
特技と聞いたから当然、得意なことをやるに決まっているのだ。
求めるべきは従順に作業が出来るかである。
まあ、趣味があるのは良いことだろう。
俺は拍手して少年の頭を撫でた。
「中々の腕前じゃないか
次の子はどんな事が出来る?」
二人目は10歳ぐらいの女の子だ。
黒と茶色が混ざったような髪色で肩ほどの長さがある。
「木登りが出来ます」
そう言うと近くの木に登り始めた。
「待ってくれ、危ないから見せなくていい」
うっかり足を踏み外して死んだら目覚めが悪い。
余計な危険なことをさせるべきではないのだ。
「他に得意なことないです」
「解った次の子は?」
三人目は目付きの悪い少年だ。
この中で一番年上のようだ。
「走るのが得意だ。
誰にも駆けっこに負けたことはない」
体力があるなら適任かも知れない。
色々と遠くへ移動して回るのは大変だ。
得た情報では誰が良いのか決める判断材料にはならない。
よく考えずに集めたのは失敗だった。
能力を図るためのテストを用意して準備を整えてから行動に移せば良かった。
どうする?
「リリアナ、質問を考えてくれないか?」
「はい、どのような質問をすれば良いのですか?」
「記憶力を試したい」
リリアナは暫く黙り動きが停止した。
これは考えているのだろう。
「私が10人ほどの名前を告げます。
明日、聞いてどれだけ覚えていたかを競うのでは如何でしょう?」
「それはいい考えだ」
リリアナは12人の名前を告げていく。
子供達は覚えようと口ずさむ。
「では、明日答えを聞きに来ます」
子供たちと別れを告げさる。
戻る道中にリリアナに聞く。
「あの名前は?」
「共に働いたメイドの名前です」
「なる程な、直ぐにあんなに沢山思いつくのは凄いと思っていた。
俺でも最初の数人しか覚えてない」
「私の記憶は劣化していくのですよ。
明日私が忘れていたら、誰が正解しているのか解らないではないですか?」
「そうだった。
メモ取っておこう、もう一度言ってくれ」
「相変わらず記憶力がないのですね。
メモで理解できるなら文字を読める子を選べば、
覚えなくても済んだのではないですか?」
「学校にも行ってないんだろう?
文字が読めるのか」
「さあ、それは本人次第でしょう」
確かに本人に聞かないと解らないな。
必要な情報は何なのか考えてなかった。
ゾンビの管理に必要なのは洞察力だろうか。
仕事を丁寧に行う几帳面さ……。
「ああ、何を基準にすればいいのか解らない、どれもこれも必要なものばかりだ」
「あれもこれもと欲張れば相手をすべて知っていないと、
雇えないことになりますよ。
必要最低限、3つぐらいに絞るのが良いかと思います」
「正確に選ぶならいくつもの条件が居るだろう。
もしふさわしくない相手を選んだら俺の責任を問われるんだ」
「ゾンビを扱うのに一番困ることを考えて下さい」
ゾンビに触れてゾンビ化することだろうか。
ゾンビが使えなくなることの方が重大だろう。
労働力として必要不可欠な存在に成りつつある。
ガスが溜まって爆発させてしまう事が一番の危険なことだ。
「素早くメンテナンス出来ることか。
後は正確に判断できて適切な処置が出来るかだな」
待てよ。
ガスが溜まって体が膨れているのは現場にいる人の方がよく解る筈だ。
今まで自分が全てを目で見て確認しててんてこ舞いだったが、よくよく考えば色々と任せられそうな事は多い。
「では最後の子を選べばいいと思います」
「いやその前にやりたいことが出来た」
ゾンビは労働力として貸し出している。
当然、借り主が居る。
借り主が直接ゾンビに命令することはなく、奴隷を使って間接的に行っているのだ。
ゾンビは異臭がするので近づきたくない為だ。
俺はその奴隷にメンテナンスが必要なゾンビには目印として赤い布を手に巻くように交渉した。
「この布を腕に巻いてあるものを優先的にメンテすることにしました」
「待ってくれ、ちゃんと整備しないで大丈夫なのか?
魔物みたいに襲ってきたりしないだろうな?」
「はい、ゾンビは命令に忠実です。
ただ内部にガスが溜まって爆発する為にメンテが必要です。
なので体が膨張し初めたら目印を付けて欲しいのです」
「今まではそんな事をしなくて良かったんだが、
急にどういう事だ?」
「新入りがメンテを行うことになります。
なので成れない分時間が掛かってしまいます。
遅くなればガスが溜まって爆発してしまいます。
なので協力が必要です」
「それはそっちの都合だろう。
なんで手間を掛けないといけないんだ」
「ではメンテが遅れて爆発しても俺は知らない。
ゾンビを故意に破壊すればその責任は誰が取るのかな?」
「まさか俺たちなのか?」
「そう、壊したら弁償するのか決まりだ。
ゾンビに成って働いてもらう」
「解った目印を付けておく、その代わり目印が付いているのに、
壊れたらそっちの責任だ」
全部に布をつける可能性がある。
それを断つために、ゾンビよりも目印の布は少なく渡す。
「数が少ないなどういことだ?」
「経験上、一度にメンテが必要になったことは有りません。
ですので本当に必要なものにだけ付けて下さい」
転生前に震災で医療現場は来たものから順に治療を行って助かる命も助からなかった事があった。
その反省から、優先順位を決める色分けを行ったのだ。
緊急を要する者を優先して治療することが出来たと言う話を聞いたことがある。
知恵を応用する事は生きる上で重要なことだ。
目印を付けてもらうことで、目利きが出来るように成るはずだ。
引き継ぐ為の準備をしていく一方で、自分は何が出来るのかを考えていた。
俺にしかできない別の事は何だろう。
「なあ、このまま成るがままに身を任せるとどうなると思う?」
リリアナは微笑む。
「それは死が待っています。
安泰だと進歩を止めた者は気づかない内に崖っぷちに立たされて居るのです。
盤石と思われた地盤は崩れて無くなるものなのですよ」
「怖いことを言うんだな」
「ミケーレ様は私から情報を聞き出したのですよ。
何もしないはずが有りません。
その時、ゾンビの情報を知る貴方は足手まといと判断すれば切り捨てられる」
情報は得るだけでは意味はない。
それを活用してこそ生きるのである。
「解っている」
恐らく争いが起きて、大量にゾンビが作られる事になるだろうという予感がしている。
だから使い手を増やす計画を立てているのだろう。
そうか、だとしたら忠実で何でもこなす人材を選ぶべきだったんだ。
「評価の基準を決めたら、数値化出来るか?」
「なんなりと私の価値観を基準に数値に致します」
数値化出来ればゲームと同じだ。
能力を基準にレアリティで分ければいい。
リリアナに審査基準を伝え、レアリティ分類をさせた。
トレーディングカードゲームなら、SSRみたいな高レアばかりを使うことに成る。
レアカード以外はゴミで全く使えない。
「能力の低い奴を選んで連れてきてくれ」
「無能な者は何処に行っても無能で使えないです。
それでも宜しいのですか?」
彼らには行き場所がない。
優れた能力がある者は別の場所でも活躍ができるからだ。
それなら従順になるしか無いだろう。
生きるために必死に成るはずだ。
「俺も無能だけど、こなしているだろう」
「確かに……」
必要なものは奪い合い取り合うが、そうでないものは見向きもされない。
その見向きもされない者に手を差し伸べたら、間違いなくすがるように成るだろう。
俺がミケーレに依存しているようにだ。
彼女なしでは生きていくことは不可能だろう。
だから手に入れたいと欲するのだ。
ご愛読頂き有難うございました。