ゾンビのように命令に従ってくれないと困っちゃうよ
7,
ミケーレは後一年で18歳を迎え成人となる。
成人と成れば結婚する事になる。
婚約相手を探し色々な貴族と会い話しをしている光景が目につくようになった。
俺はそれを眺めているしか出来ない。
誰かに取られたくない。
奪いたいと言う欲望が毎日のように増していく。
彼女は甘い香りがするのだ。
毎日、薔薇を浮かべた風呂に入っているために体から花の臭いがするのだ。
俺は数日に一度水浴びをする程度の待遇だ。
普段は布に水を付け体を拭くだけだ。
特に冬は冷たく辛いものがある。
使える水は桶一杯だけで、布は何度も洗ってボロボロになる程使っいる。
与えられた給料で生活用品を買うわけだが、布は特に高額で安易に買い換えることは出来ない。
貧しさに地位の低さ彼女と釣り合う要素はなにもない。
どうすれば彼女を手に入れらるんだ。
貴族は美男美女が多いように見える。
美しい女がいれば妻や妾として迎え入れる為に生まれてくる子も自然と美形に成るのだろう。
悔しいが俺はそれほど美男ではない。
見た目ですら勝ち目がない、これが生まれ持った運命だと諦めるべきなのか。
「……なんで貴族に転生しなかったんだ」
無駄に独り言をつぶやいても虚しいだけだ。
転生と言うアドバンテージはなく、単に長生きした経験を持つだけだ。
本当に何もないのか?
なにか勝る物があるんじゃないのか?
漫画やアニメを見たことがあるが、それを生み出す力はない。
現代の知識を多少持っていても、それを活かす場面が全く思い当たらないのだ。
学校教育は生きるための力を与えてくれるものではなく、生活するの困らない程度の知識を与えてくれるだけだからだ。
自ら考え行動すると言うより与えられ真似をすることを叩き込まれる。
なので意味も解らずただ先生が言っているから正しいや、皆がやっているから正しいと何も考えなくても周りに合わせるだけで良いと思うようになるのだ。
体を清潔に保つのも彼女の側に居るのに必要なことだ。
特にゾンビは腐敗臭がするので、それが体に染み付いていたら嫌な顔をされる。
毎朝行っている事だ。
それが終わるとミケーレに会いに行く。
「ミケーレ様、今日の予定は昼からゾンビの点検を行います」
自分が行う作業について報告する決まりである。
時間は割と開けておかないと彼女は機嫌が悪くなる。
「では午前中は空いているのですね。
今日もお見合いが行われます。
客間の花を別の物に変えておいてくれる?」
「畏まりました」
俺は忘れやすいので手帳にメモを取っている。
彼女は手帳を取り上げると中身を見る。
この文字は転生前に覚えたもので、この世界の住人には読めない。
なので安心して好きなことが書けるのだ。
「何かの記号?」
「はい、奪われても内容が分からないようにしています」
「そう、良い心がけね。
でも魔法で貴方自信が話すかもしれないわ」
「そんな魔法があるのですか?」
「ええ、もし其れを感じたら舌を噛み切ってしゃべれないようにすることね」
そんな覚悟は俺にはないが、使用人等は情報を黙秘する義務があり魔法が施されて破れば死ぬ。
秘密を暴露しそうに成ると鼓動が激しくなり苦しく成っていき、発言する直前に破裂するらしい。
そんな呪いを受けてまで使用人になりたい者が居るのは待遇が良いからだろう。
農民だと肉体動労が主でしんどい事を沢山しなければならない。
汗水たらして働いてもすべて奪われ、受け取る報酬は少ない。
使用人は貴族の所有物で財産と言う考えがある。
なのでそれを大切にすることは富を増やすことに繋がるらしい。
手帳を返し彼女は言う。
「それから、エイレーンには来なくていいと伝えて」
「あの新人でしょうか?」
「そう彼女は与えた仕事をこなせていない。
だから必要ないと判断したわ」
「まだ数週間しか……」
「貴方は甘いのね。
いい、無能な人間が席を独占していたら、本当に優れた人間が座ることが出来ないのよ。
それは能力が有る者にとって不幸ではないかしら?」
「はい……」
「貴方がここに居られるのは私にとって価値が有るからよ。
彼女にその価値を示す事が出来るかしら?
言ってみなさい」
使用人とは余り話したこともない。
新人が来た時は顔見せで名前の確認と挨拶をするぐらいだ。
知らない相手の価値を示せと言われても出来ない。
「ゾンビの手入れに人手が欲しいです。
俺に預けてくれませんか?」
「貴方が責任を持つのね?
判断は一週間で行いなさい」
彼女に損をさせるようであれば無能の烙印を押される。
そうなれば本当にお終いだ。
ゾンビ関係の事は殆どが俺と彼女が行っていることだ。
外部の者が秘密を知ることを避けて居るためだ。
魔法の技術が流出すれば、俺が疑われ責任を取る羽目になる。
「はい、手入れには魔法は使いません」
彼女の指示に従い部屋に飾る花を変えていると女が話しかけてきた。
「あの、ミケーレ様の従者ですよね?
私はフィネスキ家に仕えるリリアナです」
他の貴族に使えている使用人だ。
その女は自分と同じぐらいの歳で常に微笑みを絶やさない可愛い子だ。
髪の色が若干黒が混じった茶色い感じで後ろで束ね丸くしてある。
「はい、俺に何のようですか?」
「お嬢様と私の主人が結ばれれば、貴方と一緒に仕事をすることになります。
ですからご挨拶にと」
貴族の所有物なら当然のことだった。
合併するとリストラされるのは会社だけなのだろう。
財産と考えているなら捨てると言う選択肢は生まれないはずだ。
必要ないと判断されれば捨てられる可能性は有るが数年仕えたものが切られた所は見たことがない。
判断は割と早く行われ大抵は新人が居なく成る。
赤い薔薇を花瓶に挿しながら言う。
「ああ、気が早いものだな。
まだ決まったわけではないだろう」
使用人は腕に胸を当てる。
布越しというのに暖かく感じ感触が伝わってくるようだ。
「いえ、貴方に協力をして欲しいと言っているのです。
もし成功した暁には……」
これが誘惑なのか。
見た目は可愛く好みだが、ミケーレと比べると平凡に思える。
俺は敵わない恋でも彼女の事が諦められない。
「主人を誘導する事など俺には出来ない。
意思を尊重したい」
使用人は顔を近づけて言う。
「素晴らしい忠誠心ですね。
私では魅力が足りませんか?
これでもそれなりに体型も顔も自信があるのですよ」
甘い匂い香水を付けているのだろう。
周りから切り崩す戦略なのか。
どんな方法を使っても勝ち取るのが貴族のやり方なのだろう。
俺に興味があってリリアナが好意を寄せる行動をしているのではない。
そう思うと急に冷めた。
「君の事を知らない。
それに俺を利用しなければならない程の男を好きになるとは思えないな。
だから協力はしない」
リリアナは悲しそうな顔をして目に涙がたまる。
「……貴方も解るでしょう?
失敗は許されないの、私の家族がひどい目に合うわ」
今度は泣き落としか。
嘘泣きだとしても泣かれると悪いことをした気分になってしまう。
ミケーレに甘いと言われたのは、こういう卑劣な奴が多いからなのだろう。
情に流されて物事を決めていたら知らない間に操り人形にされて自分を不幸に貶める事になる。
もし言葉を真に受けてリリアナと付き合っても彼女も幸せではない。
自分の心を偽って行っているからだ。
「そうだな話するだけならな。
結果は期待しないでくれ」
それから色んなメイドに声を掛けられるように成った。
どの女も誘惑してくるのだ。
なんだ、急に春が来たのかと思い浮かれ始めていた。
「こんなに好かれるなんて転生して良かった」
塞翁が馬と言う言葉があるが、初めは地獄のような日々だったがこういう時が来れば……。
そうか又、不幸に落ちるのか。
彼女達は、主人が少しでも有利に成るように周りから攻めているだけだ。
本気で俺を好きになっている女は居ない。
これは幻想と変わりないものだ。
それに溺れれば真実の愛は手に入らず虚像で生き続けなければならい。
不本意な事をさせていると負い目を感じつつけることに成る。
俺はどうすれば良いんだ。
遂に悩んでミケーレに話すと微笑む。
「彼女達は約束は守るわ、
家に使えているメイド達も、そう言う出会いで結ばれたそうよ。
今の所は3人に候補を絞っているわ」
相手の心を意識するとどうしても躊躇してしまうと言う話なのに。
彼女にとってはどうでも良い悩みなのだろう。
彼女は3人の絵を俺に渡した。
どれも地位が高く顔も良い、此れが現実なんだ。
連れていたメイドはどの子も可愛い、無謀な恋を捨て相手のことを考えるのは止めて得られる物を手にすべきか。
使用人達の顔を思い浮かべていた。
度の娘も可愛く品があったな。
そう言えば最初に声を掛けてきたリリアナは、この男のメイドだったな。
一枚手に取り彼女に返す。
「この主のメイドに泣きつかれて可愛そうだったな。
失敗したら家族がどうのって言ってました」
ミケーレは微笑むと言う。
「敵に回したくは無いわ。
何を求めてるのか調べてくれる?」
彼女の視線が絵に向っている。
今押し倒し、全てを奪ってしまえば……。
俺は欲望に負けそうに成り彼女の肩に手を置く。
彼女は微笑むと、手を軽く払った。
「次はその手が飛ぶことになるわ。
気をつけなさい」
俺は真っ青に成った。
なんて事をしてしまったんだ。
いや、勇気を振り絞って強引に押し倒せば……。
それで彼女は幸せなのか?
俺の欲望で何もかも奪うことに成る、誰も幸せに成らないのではないのか。
だが目の前にあって手に取れない辛さがある。
欲に負けた時点で俺は終わりを迎える事になる。
初めは嫌な女だと思っていたが、彼女と長く関わっていく内に欲しいと思うによう成っていた。
彼女の意見が正しいと思えるからだ。
「それでエイレーンの処遇は決めた?」
エイレーンは全く役に立たないドジっ子だった。
何をさせても失敗しかし無い。
わざとやっているのかと思う場面が多々ある。
ーー
昨日の事だ。
何時ものようにゾンビの点検を行うために道具を運んでいた。
エイレーンは三編みの茶色の髪で小柄な女だ。
ほぼえむと可愛くそばかすが目立つ顔だ。
「あの気づいたのですが昨日洗った道具を入れ忘れてました」
「重さで気づかなかったのか?」
「はい、中を見て初めて気づきました」
皮の鞄に入れている。
中身が空っぽで気づかないというのは流石に驚いた。
「嫌なら止めても良いんだけど」
「そんなクビになったら親兄弟が何を食べて生活すれば良いのですか?
街を出ていくしか無いんです。
それだけは嫌です」
彼女は死体に触れるのが嫌で、ゾンビと関わりたくないと言う意識が強かったのだ。
それが仕事に影響しミスを連発していた。
嫌なことは長続きしないのだ。
「これが出来ないなら、もう止めてもらうしか無い」
「そんな嫌です」
ふとゾンビならこんな面倒なことはないと思った。
「ゾンビになるか?」
「えっ?」
彼女は顔が青ざめて体が震えはじめた。
「冗談だ、失敗は誰にでも有る気をつけて次にミスしないようにしよう」
「はい……」
ゾンビに成ることは恐怖だ。
何の抵抗もできずに主の命令に従い動くだけだ。
奴隷よりも過酷な労働を強いられる。
ゾンビは内部から腐っていく体が膨張し始めると危険で針で刺し内部に溜まったガスを抜く必要がある。
防腐処理を行っても完全な腐敗を避ける事は不可能だった。
腐敗すれば質の低下に繋がりやがてスケルトンになる。
古いゾンビは異臭が凄まじいのだ。
その後もミスを立て続けに彼女は行った。
ゾンビ直接手で触れることは禁止されているが素手で触れたり、必要もないのにゾンビに針を刺したり、道を間違えて反対方向へ歩いて行ったりと正常な業務が行えないほどだ。
「済まないがもう無理だ。
君には向いてない」
「そんな、明日からどうすれば良いんですか?」
ミケーレの言葉を思い出す。
新人を切る時に言っていた言葉だ。
どうしたら良いのかと問われれば必ずこういった。
「それは君が考えることだ」
「そんな気をつけます」
「俺の仕事が君の為に遅れているんだ。
改善する機会を何度与えた?
その機会を逃したのは君自信だ」
人手を増やして楽になるどころか負担がまして作業が遅れているのだ。
そんな状態が続けば自分も身の破滅をする。
もう見捨てるしか無いと判断したのだ。
ずるずると助けようと手を貸したばかりに依存が高くなり彼女わ駄目にしてしまったのだ。
ーー
「使い物になりませんでした。
何をやっても失敗ばかりです」
「そう、それは残念ね。
貴方には人を使う器ではなかったのね」
「……それはどういう意味ですか?」
「彼女の心を理解せずに道具として扱えば当然、結果なんて出せないわ。
それが出来ないから貴方はゾンビ使いでしかないのよ」
助けようと色々と頑張ったのに酷い言われようだ。
「教えて下さい」
「情報料はいくらだすの?」
「今月の給料です」
彼女にすれば微々たるものだが俺には大金だ。
知識の価値は利用して初めて示せるのである。
「彼女が失敗する原因は将来の不安から来るものよ。
その不満を取り除くどころか、失敗したら破滅すると貴方は追い詰めてしまったの。
それが心を支配して他のことに手が回らなくなったそれだけよ」
「つまり続けていれば大金が手に入り安泰だと知らせる事が必要なことだって事ですか?」
「そう、貴方は最下層の身分、それと一緒に働くってどう感じる?
富と縁遠い貴方に彼女は初めから救う事は出来なかったの」
初めから結末が見えていたんだ。
それで託した。
彼女に遊ばれていたんだ。
「もう一度……」
「既に終わったことよ。
もう彼女は居ない街を出て何処かへ行ったわ」
冷酷だと思っていたが本質を見抜く目で物事を判断する力は優れている。
もしズルズルとエイレーンに構っていたら支障を期していただろう。
「汚い……」
「思った事は口に出さずに閉まっておくことね」
彼女を怖いと思う一方で憧れを感じていた。
微笑みを見るたびに鼓動が高まり欲しいと思うのだ。
ご愛読頂き有難うございました。
まだ続くので読んで頂けると嬉しいです。