第3話「はじめての冒険:洞窟探検・その5」
「紅葉、あなた踊りながら走れるわよね?」
面と向かってそんな事を言われた私は、呆気に取られて逆に踊りを止めてしまいました。
「え…えぇ?そんなのやったことありませんよ!?」
「じゃあ、腕の動きだけでいいから」
「まぁ…それくらいなら多分…」
「わかった」
倉井さんの中では、何かしらのプランがもう出来上がっているみたいです。
「何をするつもりなんですか!?」
「詳しく説明してる暇はないけど、あいつらから安全に逃げるのよ!」
「わ…わかりました…!」
これだけで十分…ではありませんが、目的を聞けただけでもやるべきことは分かります。
走りながら踊る…要するに、強化効果を維持しながらこの場から撤退できれば良いという事ですね?
腕だけの振付で強化が維持できるのかはまだ分かりませんが、踊りを止めても強化はある程度持続する事は分かってますし、おそらく何とかなるでしょう。
全力で走りながら腕は別々にワタワタしてる視覚的シュールさはありそうですが、この際背に腹は代えられません。
その後倉井さんは、戦いながら他のメンバーにも、指示をしています。
「夏輝!あなたはその地面ナンタラとやらのパワーをありったけ溜めておきなさい!」
「オッケー!!」
「白金はとにかく前線維持、全力疾走が出来る体力を残しておいて!」
「わかりました!!」
「私が撤退!って言ったら全員、入り口まで全力で走るのよ!」
倉井さんが指示を出すまでは、今までと同じ、夏輝さんが魔力を溜めるまでの持久戦の様です。
ただし、ゴブリンの数があまりにも多いので、白金君や倉井さんだけでは抑えきれず、
私の方にも数匹の接近を許してしまっています。
なので、踊りながらも周囲を警戒して、襲い掛かってくるゴブリンを交わしながらの踊りになります。
当然、踊りながらひらりと躱す、なんて芸当は出来ないので、襲われそうになったら踊りを中断して距離を取ってから踊りを再開する、なんて不格好な形ですが。
「ちょっとこれ前線維持も無理っぽいんですけど!?」
10匹ほどのゴブリンに囲まれて、ヤケクソに剣を振り回している白金君が叫んでいます。
倉井さんも器用に立ち回りながら、私の方へ向かってくるゴブリンを牽制してはいますが、それも中々限界が見えて来ています。
夏輝さんの方を見ると、ステッキを抱えて周囲を走り回っています。
ステッキは、さっきまでよりもさらに明るく、LEDランタンと同レベルの輝きにも達しています。
それを確認していた時、
「ゲーッ!!」
「ッッ!!」
回避し損ねたゴブリンの一撃が、私の脇腹を掠ります。
回避を踊りに必死で傷の状態はみられていませんが、そこまで強い痛みでは無いので軽傷で済んでいると思います。
ですが、そんな地味な痛みでも、気になって集中力が削がれてしまうのも事実。
これ以上負傷するわけにはいきません。
「そろそろ限界っぽいよ!!」
夏輝さんの声が響きます。
もうそっちを確認している余裕はありませんが、視界の端からも強い光を感じられるくらいには強い光を発しています。
「よし、総員撤退よ!入口に走りなさい!!」
夏輝さんの報告を聞いて、倉井さんが即座に撤退命令を下しました。
それを聞いて、白金君は囲まれていたゴブリンの輪を、盾を構えて強引に体当たりする形で突破しそのまま走ってきます。
…と、私もそんな事を確認している暇はありません。
飛び掛かって来たゴブリンを寸前で躱し、身を翻して入口にダッシュします。それなりに高めのヒールなので速度は出せませんが、一番入口に近いところに陣取っている為、足手まといにはならない…と思います。
そんな私のすぐ横を倉井さんがダッシュで追い抜き、すぐさま反転し、広場の方に銃を向けて叫びます。
「牽制は私がやっておくから、紅葉は後ろは気にせず走りなさい!」
「わ、分かりました!」
さっき躱したゴブリンが、私を追撃する為に向ってきているようですが、走る私のすぐ横を倉井さんの銃弾が駆け抜け、後方で着弾し呻くゴブリンの声が聞こえます。
…一応、腕の動きは走りではなく、振付っぽい動きはしていましたが、どれだけ効果があったかは分かりません。
まず最初に倉井さんが、そして次に私が、入り口の、天井が低い場所たどり着きました。
「はぁー、はぁー…!」
「紅葉、皆がそろうまでここで待機よ」
「え、あ、はい」
逃げるのに待機とはどういうことか分かりませんが、今まで通って来た道を単独で走るのもそれはそれで危険そうなので、従っておきます。
もう体力もあんまり残っていませんしね。
そしてそのすぐ後に、夏輝さんと白金君がたどり着きます。
倉井さんが、氷の銃弾を乱射し牽制してくれたおかげで、ゴブリン達はまだ広場の中ほどに居ます。
ですが、見る限り残弾もあまり残っていないようです。
「で!これは何すればいいの!」
眩く輝くステッキを持った夏輝さんが言います。
もはや光が強すぎて、表情はよくわかりません。
そんな夏輝さんに倉井さんは言いました。
「今よ、そのステッキを広場の上の方に全力で投げなさい!!」
「上!?」
「いいから!」
「わ、分かった!!」
言われるがまま、夏輝さんは新体操のバトンを放るような動きで、ステッキを上方に向けて投げました。
私はもう踊りは止めてしまっていますが、強化効果はまだ残っていたようで、
重いはずのステッキは男子のハンドボール投げのような勢いで飛んでいきます。
そして、高く飛んだステッキは天井の鍾乳石の一つに当り、
カーン!
と甲高い音を立てます。
「…今よ!全力でぶっぱなしなさい!!」
「りょーかい!…っ、"地面バスター"っっっっ!!!」
正拳突きのようなポーズをしながら夏輝さんが叫ぶと同時に、
ドォォォンッ…
とやはり、洞窟全体が振動するような衝撃が走り、そして、
バキバキバキ!
ガラガラガラ!
そんな何かが破壊されるような音と主に、広間に大量の鍾乳石が降り注いで来るのが見えます。
それは地面に叩きつけられると同時に大量の土埃を巻き起こし、私達が立っている入口の埋め尽くします。
「え、えええええ!?」
「「「グギャァァ!!」」」
思わず腕で顔を覆い土埃をガードしたため、今目の前で何が生きているのかは分かりませんが、
岩が砕ける音、土が捲れ上がる音、そしてゴブリンの悲痛な叫び声、
あと、多分白金君の驚きの声が聞こえてきます。
そんな状態が数秒続いた後、辺りは静かになりました。
さらに数秒後、土埃が晴れてきた先に現れた物は…
「ふぅ、作戦は大成功ね」
「や、やりすぎな気もしますけど…」
「これくらいやらなきゃこっちがやられてたわよ」
大量に地面に突き刺さる鍾乳石と、その下敷きになって息絶えるゴブリンの群れ。
さっきまで平坦で歩きやすかったはずの広場は、鍾乳石の破片が散らばり、障害物だらけの空間と化していました。
ゴブリンの甲高い鳴き声が一切しない所を見ると、この大崩落で一体残らず全滅してしまったのかもしれません。
それはそれで凄惨な現場です。
「予備のランタンを持っておいて良かったわ」
倉井さんはリュックサックから、予備のLEDランタンを取り出して、辺りを照らしています。
今まで使っていたものはあの撤退で持って行くことは叶わず広場に置きっぱなしになっていたので、この崩落に巻き込まれて壊れてしまったのでしょう。
実際、広場の方に戻って来てみても、あの明るい光は何処にも見えません。
「うっ…よく見ると結構エグい…」
「お、思いっきり潰れてるのとかありますね…うっ」
広場に戻って状況確認…もしたい所ですが、地面を見ると、中々えげつない光景が広がっていて、正直あんまり見たくないです。
歩いているだけで、ザリザリいっていた足音が急にピチャピチャと湿った音になるだけでもう嫌な気分になってきますし。
「ぎゃー!頭蹴っちゃった!」
「もう!そういう事言わないでくださいよ!」
見ないようにしてましたけど、さっき私が蹴ってしまったのは一体なんだったのか…?
「うーん、めぼしいお宝みたいなものは無いわね」
皆が遺体から視線を逸らしている中、倉井さんはゴブリンの跡を物色しているようです。
「まぁ、身につけているものも粗末なものだしね」
「あー、見せなくていいですから、ね?」
「そう?」
倉井さんが赤く染まった布切れを見せてこようとするので、それは必死に食い止めます。
「ただね、一部人間の持ち物っぽい物も、あるにはあるのよ」
倉井さんがゴブリンの亡骸から取り出したのは、一本の矢でした。
鋭い矢じり、長い柄を持つ、私達がよく知る矢です。
「弓が見当たらない限り、これの使い方は知らなかったのかもしれないけれど」
「…ってことは…どういう事なんです?」
「こいつらは、人間の道具を奪って、それを模倣していたのかもね」
今足元に落ちている小さな剣も、人から奪った剣を、ゴブリンなりに使えるよう複製した物、
だったのかもしれません。
…よく見るとこの剣も、普通サイズの剣を折って、そこに持ち手を強引にくっつけたような作りをしているようにも見えます。
「でもそれってつまり…」
「まぁ、犠牲者が居た…って事でしょうね」
「…」
そう言われると、さっき見つけた宝箱の中身にも、変な考えが及んでしまいます。
あそこには、金色の剣や、踊り子の衣装が入っていました。
もしかしたら、その持ち主だった人達は既に…
そうなってくると、お宝じゃなくて遺留品になってしまうのですが、その場合扱いはどうすればいいのか…
一通りの状況確認を終えた私たちは、広場から少し戻った通路のちょっと広くなっていた場所に集まって、休憩や傷の応急処置を行っていました。
上空にぶん投げた夏輝さんのステッキは、無事回収できたようです。
あの空間はとても血生臭い感じになってしまっていたので、集まれませんでした。
「いくつか戦利品のようなものは見つけたけれど、大半は岩に潰されて破壊されてたわね」
「こっちもそんな感じ。ちっちゃい剣はいっぱいあるけど、それは持って帰らなくていいよね?」
「ゴブリンの爪とか、アイテムになりませんかね?」
「嫌よ、気持ち悪い…」
そんな会話を、傷を受けた脇腹の調子を確認しながら聞いています。
患部は斜めに一線、赤い線が入っていて、薄っすら出血が見られます。
やっぱり直接肌を露出していると危ないなぁ、などと考えながら持ってきた消毒液をガーゼに付けて、患部に当てて、その状態をキープしながら医療用テープで固定します。
多少沁みますが、仕方ありません。
「いくつかお金は見つけましたね。真っ二つになってるのとかもありましたけど」
「やっぱり、人間の道具の価値というものは理解していないようね」
「せっかく綺麗なアクセなのに曲げられちゃってるんだもんねー。宝石の部分は使えそうだけど!」
「何がどれだけの価値があるのかは分かりませんけど、お宝っぽいものはあんまりありませんでしたね」
休憩がてらあの広場で手に入れた物を報告し合いますが、ゴブリンはあまりそれらしいものを持ってない上に、崩落で潰れてしまった物も多く、お宝らしいものは見つけられませんでした。
「あんなに沢山倒したんだから、ご褒美くらいあっても良いとは思うんですけどねぇ」
「現実は厳しいって事だね!」
「レベルアップもしませんしね」
強敵を倒したところで、見返りがあるとは限らない。
そんな現実の厳しさを痛感した一行なのでした。
「そろそろ、地上に戻りましょうか」
休憩もそろそろ終わり、と言ったタイミングで皆に提案します。
スマホを見ると、時間は15時24分。
帰る時間を考えると、もう帰宅し始めてもいい時間でしょう。
「そうね。なんだか今回の戦闘で体もメンタルも疲れ切った気がするわ…」
「同感ー。もうヘトヘトだよー」
ダンスである程度身体能力がブーストされていたとはいっても、基礎体力までパワーアップした訳ではありません。
実際、ダンス中はいくらでも踊れそう!と思っていても、効果が切れる頃にはその反動でも来ているような身体の重さがあります。
勿論、今もそんな感じです。
「初めての冒険でここまでできれば十分ですよね!」
「そうですね。想像以上の大冒険だったと思います」
「ええ、じゃ、荷物を纏めて、さっさとここから出ましょう?」
そうして私たちは衣料品や飲み物などをポケットに仕舞い、あの死屍累々とした広場を後にします。
「あの惨状、他の冒険者が見たらどう思うんでしょうね…」
「…天井の岩が崩れて巻き込まれた、って思うのを願うしかないわね」
よく考えれば、この世界でゴブリンがどういう扱いなのかすら分からないまま倒してしまった私たちは、場合によってはマズイ事になる可能性も、無いとは言えません。
それを言ったらスライムもそうですけどね。
帰り道は、行き程困難な道のりではありませんでした。
既に一度通った道である事、もうお宝が落ちている事を気にする必要がない事、道中の敵はもう倒したので、出てくる敵の量がとても少ないこと、
そしてゴールが分かっている事、
様々な要因が合わさり気楽に、それこそ来週の授業の話なんかをしながら出口に向かいます。
一応、途中で見つけた宝箱の所で、黙祷はしておきました。
「あー、ここで最初にスライムと出会ったんですよね」
「…なんかまだスライムの感触が蘇る…」
「あなた毎回それ言ってるけど、どんな感覚だったのよ…」
「倉井先輩体験してみます?一応スライム、採取してありますよ?」
「…やめとくわ」
もう前衛、後衛の概念の無くなった私たちは、下校でもするかのように固まって移動しています。
いやまぁ、この4人で下校した事はありませんけれど。
そうしてザリザリと土を踏み鳴らしながら歩いていると、視界の先に、光が見えてきました。
「あっ、出口じゃない?」
「ふぅ、やっと外に出られるのね」
一行は、若干早足になりそうな気分で出口へと急ぎます。
実際には、足場の不安定な上り坂だったり、体力があんまり残って無かったりで、殆ど早足にもなってなかったとは思いますけれど。
そして洞窟の外に出た一行を待ち受けていたのは…
「おぉぉー、キレイな夕日だねー!」
「何も無い平原だと、こんなに綺麗なんですね…」
「うぅ…夕日が目に眩しいですね…!」
視界いっぱいに広がる平原が、全てオレンジ色に染まっています。
遠くに見える木々も、山も、そして雲も、遠くに見える町の影も。
夕日そのものは元の世界でも何度も見たことがありますし、学校の屋上から夕日に照らされた町々を眺めた事もありますけれど、それとはまた違う雄大さを感じます。
「ちょっと写真とっとこ」
夏輝さんはスマホを取り出して、この光景を撮影しています。
「あなたそれ間違ってもSNSに流すような事しないでよ?」
「分かってるって。冒険部のグループチャットには上げておくね!」
「…ま、それくらいならセーフかしら」
なんて会話をしている倉井さんの顔をふと見た時に、
「っふ!」
思わず吹き出してしまいました。
「ん?」
「あ、いや、洞窟に居た時は気が付かなかったんですけど、土で汚れまくってたんですね…!」
「え?嘘!?」
そう言われて、手鏡で顔を確認している倉井さんは、顔…というか全体的に土で汚れている感じがします。
そう見て見ると、白金君の白かった鎧もなんだかくすんでいる気がします。
「そういう紅葉も割と酷い感じになってるわよ?」
「え、でも顔はちゃんと拭いたはず…」
「もうそのタオルがダメになってるんじゃない?」
「え、えぇ?」
腰のポケットからタオルを引っ張り出してみると、ガッツリ茶色く染まっていました。
「うわ…」
「一回水洗いとかしないとダメそうね。」
このままポケットに仕舞いこむのはちょっと気が引ける状態だったので、
やっぱり洞窟は汚れる物だと確信した一行…だったのですが、
「あれ?夏輝さんはあんまり汚れていませんね」
「え?そう?」
4人の中で1人だけ、夏輝さんだけは、顔を綺麗ですし、服もあまり汚れていないように見えます。
別にサボっている様子なども無い…というよりもむしろメインで戦ってくれたメンバーのハズですが…?
「あれじゃないかなー、地面バスター」
「地面バスター?」
「そう。多分あれの勢いで土とかを吹っ飛ばしてたんだと思う!」
「体に付いた土だけを吹っ飛ばすなんて、随分とご都合主義な技ね…」
「魔法って、不思議ですね…」
それなら私も踊っている最中に土を飛ばしてくれたらいいのに、なんて思ったりもしましたが、
そうなってない以上、私の踊りの魔法と、夏輝さんが使う地面バスターでは、何か違いがあるのでしょう。
今後、そう言うことについても勉強する必要がありそうです。
とりあえず、入り口に併設されていた小屋で、最低限の身なりを整えた私たちは、日が落ちないうちに町へと向かいました。
もしあの町が夜になったら消灯するタイプだったら、暗くなったら目的地が分からなくなってしまいますからね。