第3話「はじめての冒険:洞窟探検・その1」
「では今から、特殊冒険部の第三回活動を開始します!」
某日、
洞窟探索という内容から長引きそうと判断した私達は、休日に部室に集まって、冒険の準備を行いました。
外からは運動部の掛け声と、吹奏楽部の演奏が聞こえる、いつもの学校です。
にしても、また部室でこれを着ることになるとは…
踊り子の服というのは、体が資本の踊り子の舞いをよりよく魅せる衣装であるため、体のラインをしっかりと見せていく形になっているわけです。
そんな衣装を、高校三年生の、ダンス部どころか運動部に所属しているわけでも無い体育の成績3の私が着ればどうなるか。
言わなくてもわかるでしょう。
完全に衣装に着られている形になるわけです。
夏輝さんのようにもっとスラっとしていれば良かったのですが…
もう少し腹筋とか鍛えておくべきだったかな…等と考えながらも、一通りの準備、医薬品や光源等を揃えました。
布地の多くないこの衣装にも、収納スペースはあります。
「ふぅ、いよいよね」
「いやぁ、ワクワクしますね!」
白金君や倉井さん達も、装備を整えて準備万端のようです。
重厚な鎧や、革製のコート。そしてその背には立派な銃や剣が携えられていて、
私とは別ベクトルで他の生徒に見つかったら一発アウトな格好ですが。
「黑音ちゃん早く行こうよー」
コスプレ風魔法使い衣装の夏輝さんに急かされるので、転移の鍵となるスマホを手に取ります。
「じゃあ、行きますよ?」
そういいながら、スマホに表示された、配信開始のボタンを押しました。
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気がつけば、以前帰った時と同じ、ギルド裏の路地に私達四人は立っています。
格好も、持ち物も旅立つ前と同じです。
前回帰った場所に行けるというのは確認済みですが、まだ慣れませんね。
「そう言えば洞窟ってどこにあるの?」
「ちょっと待ってて頂戴」
夏輝さんの質問に、倉井さんがスマホで場所を確認しています。
前に倉井さんと二人で洞窟の場所を調べたので、その場所は分かっています。直接行った訳ではありませんけれどね。
なので、夏輝さんと白金君を案内しながらその洞窟へと向かいます。
「今回探検するのは、西アウフタクト洞穴。文字通りここから少し西にある洞窟よ」
「近場にあるんだね!」
「今の私たちは遠出する手段もありませんからね」
そんな事を喋りながら裏路地からメインストリートに出ると、
前と同じ喧騒が広がります。
この世界はまだ数回。まだまだこの衣装に慣れていない私は、その人の波の圧に押されて身構えてしまう、というか縮こまってしまいますが、倉井さんが庇うように私の横に立ってくれました。
「大丈夫よ。変な奴が出てきたら私がぶっ飛ばすから」
「そんな物騒な…」
「今の私達には武器があるのよ!」
「そ、そういう問題じゃないです…」
これは私の問題なので…というか暴力でカタ付けるのは止めましょう?
とにかく、この世界で冒険していく以上衆目の目にさらされる事には慣れておかないといけません。
そう思うとあの日ギルド前で見た、沢山の人の前で踊っていたお姉さんがやけに魅力的に感じるのでした。
今日はギルド前には居ませんでしたが、いつかまた会える日が来るかもしれません。
「私は大丈夫ですから、さっさと洞窟に向かいましょう?」
「だね!帰る時に夜になってるとめんどくさいからね!」
「こっちで冒険した後、元の世界で補導対象にはなりたくありませんね」
そう言いながら、町の外に出る為メインストリートをぞろぞろと歩き始めました。
元の世界ではもう冬ですが、こちらの世界の季節はどうなのでしょう?
こんな格好でも、通り抜ける風は心地よく、太陽の柔らかいと光と合わさって丁度いい気候です。
四季は日本特有の気候と聞きます。こちらの世界にはもしかして季節は無い…?
ただ、不安の種は無い訳では無く、4人全員冒険のド素人、アクシデントに対応できるかは未知数です。
これからの冒険、期待半分不安半分といった調子で歩いていました。
町を出ると、そこには何もない広い平原が姿を表します。
そこを道案内がてらギルドで得られた情報を共有していました。
「洞窟とはいっても、そこまで危険度のある所では無いとは聞いたわ」
「未開の地では無いんですね」
「そりゃまぁこんなに人の居る町の近くに未開の洞窟なんてあるわけ無いでしょ」
「なぁんだ…」
気を落とす夏輝さん。
でも、未開の洞窟なんて、そんな危険地帯にレベル1で乗り込むのを許すほど、私もバカじゃ無いですからね?
そして、
既に探索しつくされた枯れた洞窟を探索して撮れ高無しで終わらせる程間抜けでも無いわけです。
「でもそんな夏輝さんに良いニュースがありますよ?」
「何?」
「何とこの洞窟、未だに新しい戦利品が見つかる、現在調査中の洞窟でもあります!」
「ほほう?」
「つまり、まだまだ探索の余地は残されてると、いうことです」
「それはワクワクだね!」
夏輝さんはテンションを盛り返したようです。
これで皆ワクワク気分で冒険を出来ることでしょう。
平原を踏み歩くその後ろで、倉井さんと白金君の声が聞こえます。
「今なんて都合の良い洞窟なんだ、って思ってないかしら?」
「えっ!?そ、そんな事思ってないですよ!?」
「別に良いのよ?私はそう思ったから」
私はノーコメントで。
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そうこうしてるうちに、私達一行は洞窟へとたどり着きました。
緩やかな傾斜が広がる平原に、突然現れた小さな崖のような地形。
剥き出しの岩場にぽっかりと数メートル程の口が空いています。
そしてその傍らには小さな小屋が。
ここにも、町にあったものと同じような青い光を放つ石のような物が釣り下がっています。
あれなんでしょう?
「あったあった多分ここね」
「うわぁー、まさに洞窟って感じ!」
横の小屋は休憩室と書いてあり、中には椅子やかまど等、一休みしたり料理を作ったりと、そう言うことが出来る場所の様です。
近場ですし、さほど疲れても居ないので、今ここを利用する事は無いでしょう。
今私たちが見るべきは、洞窟本体です。
百人中百人がこれは洞窟だと答えるようなあからさまな洞窟の入り口の前で、
私達は冒険前の確認を行います。
「道具は全員に行き渡ってるかしら?」
「「「持ってます」」」
全員、包帯と水は必携です。この服にも小さなポケットは付いているので、それくらいは入りました。
荷物確認が終わった後は、行動の確認です。
皆でバラバラに行動しては危険ですからね。
「絶対一人で行動しないこと、最低でも二人、出来れば四人で行動してくださいね?」
「「「わかりました」」」
「後は、不用意に色んなものに触らない、何か見つけたら報連相と帰還の用意…でしたっけ?」
「そうよ、合ってるわ」
皆で事前に用意した行動指針を再確認します。
「ふぅ、一通り確認は出来たようね」
背負ったリュックからランタンを取り出しながら倉井さんが皆を見渡して、
そして最後に洞窟の入口に視線を移します。
「じゃあ、早速乗り込むわよ」
倉井さんが先頭に、LEDランタンを持ちながら洞窟へと足を踏み入れ、
それに続くように白金君、夏輝さん、私と懐中電灯を持ちつつ次々洞窟へと入っていきます。
「うわぁ…どきどきしますね」
「転ばないように気を付けないとね」
洞窟は緩やかな下り坂になっていて、平原とは違い所々にある大き目のゴツゴツした岩と、小さな石の混じる湿った土で覆われてます。
土は柔らかいですがヒールが沈み込むほどではなく、歩くのにさほど苦戦はしません。
岩の部分は躓くと危ないので避けて歩きます。
さっきまでの陽気と裏腹に洞窟の中はとてもひんやりとしていて、
水着然としたこの衣装では中々肌寒い所があります。
というか普通に寒い!
風こそ無いですが、全体的な気温が低く、冷たい空気が脚を、お腹を突き刺してきます。
「それにしても、ずいぶんと明るいわねこれ」
私が寒さに震えていたその時、倉井さんがふと呟きました。
倉井さんが持つLEDランタンは、インテリア用ではなく屋外キャンプ用で、想像以上の明るさを持っています。
それは洞窟の凸凹のひとつひとつをくっきりと照らし出すほどの光源と化していて、
「見えやすいのはいいけど、思ったより雰囲気無いよね」
洞窟の先もしっかり見えるし、足元も安定して見えるし、安全に進むことが出来ます。
それは良いことなのかはたして…
「これだけ明るいと、色々見落とす心配は無さそうですね」
とはいえ、元の世界で学校生活も並行する必要のある私たちにとっては、安全である事は重要です。
そんな光源を頼りに、不安定な足場を避けつつ、何かないか周囲に目を配りながら皆歩きます。
洞窟は入口こそ人2人がすれ違える程度の幅でしたが、中は少しずつ広くなっていて、
いつの間にか、数メートル程の幅になっていました。
大体学校の廊下より少し広いくらいです。
そんな時、
「あ、ちょっと待った」
突然、倉井さんが小さめな声を上げながら立ち止まりました。
そのまま玉突き状態になりかけながら後ろの3人も立ち止まります。
「な、何?」
最後尾に居た私は前の状況はあまりつかめず、何が起きたのか分からぬまま聞き返しました。
「ほらあそこ、見える?」
倉井さんが小声で手招きしながらそんな事を言うので、倉井さんの横に行って、手の指す方を見てみると、
「あれ、見覚えあると思わないかしら?」
「た、確かに…」
ランタンで明るく照らされた洞窟の先に、何か青いブヨブヨしたものがいくつか動いています。
確かあれは…
「あ、あの時のスライムだ!」
「馬鹿っ!うるさいっ」
夏輝さんの声量は大きく洞窟内に反響しながら響いていきます。
そしてその声に視線の先のスライムが反応したのか、ブルブルと細かく震えて、こちらに跳ねながら向かってきます。
数は…大体5匹くらいでしょうか?
「こ、こっち来ますよ!?」
「ほらやっぱり気づかれちゃったじゃない!」
急にざわざわし始める私達。
「と、とにかく迎え撃つ準備をしましょう!!」
「おっけー!」
「はい!」
「当然!」
私の掛け声と共に、白金君は周囲に私達が居るので、背中にある剣を恐る恐る抜きます。
金属が擦れる音が洞窟に心地よく響きます。
倉井さんや夏輝さんも同様に周りに当たらないように銃や杖を取り出しました。
私も腰に差している扇を取り出して開きます。
皆手にしていた懐中電灯をしまって、ランタンが唯一の光源になりますが、それでも十分照らしてくれる光量があります。
「さ、武器を手に入れてからの初めての戦闘ですね!」
「前は素手で倒せた奴らだけど、数が多いから油断しちゃダメよ」
「今回は私も戦えるね!」
とまぁ、皆モチベーションに満ちている初戦闘なのですが、
「あ、あのぅ…」
「何、紅葉?」
「私、どうやって戦えばいいんですか?」
持ってるのは二振りの扇。
綺麗な装飾こそされていますが、別に刃が付いてるとかそんな事も無い、木製のフレームに布張りがされているオシャレ扇。
これでどうやって戦えばいいんでしょう?これで叩くのは勿体ないような…
「踊り子なんだから踊ればいいんじゃないの?」
「な、何の踊りを…?」
「し、知らないわよ…授業でやってた奴でいいんじゃない?」
困惑する私と倉井さん。
「ちょっと!もうスライム来てますよ!!」
白金君の叫びでハッと前へと視線を戻します。
スライムはもう随分と近くまで接近してきていました。
「とにかく、こいつらは私で何とかする紅葉は何が出来るか試してなさい」
「そっ、そうですね!そっちは任せました!」
踊りによって支援する職は聞いていたものの、具体的にどう支援するのかはよくわかっていない私。
とりあえず、皆が戦っている後ろで、学校で習ったダンスをしてみる事にしました。
…部長なのになんてパッとしない有様なんでしょう…