第2.5話「いよいよ冒険の始まり!…の前に」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
勢いで駆けだしたはいいものの、そもそも体力の無い私は、庁舎から出た辺りで体力を使い果たし、
膝に手をついて息を切らしていました。
この衣装、露出度の割に金属が多くて意外と重い上に、
ヒラヒラジャラジャラした装飾が多く、
そしてハイヒールなので、思ったよりも走りにい事が分かりました。
目の前に広がる街道では、様々な人々が往来していて、思わず少ない布地で体を隠そうとしますが、
そんな私を見ている人なんて誰も居ませんでした。
よく見れば、私みたいな格好の人も、当たり前のように見かけます。
庁舎の向かいのギルドの前にも、私と同じような格好のお姉さんが踊りを踊っていて、周囲を沸かせています。
あの人美人だし踊りも上手だなぁ…
改めて、踊り子という職業が、この世界では割とありふれているという事なのでしょう。
現実世界で言えば、警備員さんの服は普通の服より目立つけど、そういう職業だと分かっているので別に浮いている訳では無い、的な感じでしょうか?
そうこうしているうちに、他の部員も庁舎から出てきました。
「あ、居た」
「ヤケクソになるのは自由だけど、1人で勝手に行動するのは危険だから止めなさいよ」
衣装箱を抱えながら3人は心配そうだったり、呆れ顔だったり、そんな感じの顔で近づいてきます。
「一応紅葉の制服も持ってきたからね」
「持ってるのは僕ですけどね!」
「そりゃ男子だし、当然でしょう?」
「そんな横暴な!」
「あ、ありがとうございます…」
私の制服を巡って口論が起きようとしている倉井さんと白金君の間に割って入って、仲裁しようとします。
「と、とりあえずちゃんとギルドに登録しておきましょうか…」
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「お疲れ様でした。これで皆さんは正式にギルドへの登録がなされたことになります」
ギルドの受付の人から、ギルド会員証…のようなものを貰いました。
とはいっても、よくある保険証のようなツルツルした手のひらサイズのカードではなく、
ゴワゴワした丈夫な紙に、情報が書いてあります。
私の名前がしっかりと書かれていて、職業欄に踊り子、と書いてあるのを見ると、なんだか不思議な感覚を覚えます。
まぁでも、これから冒険が始まるんだなぁ、というワクワク感も無い訳では無いのです。
「所で皆さん、この町に始めて来たとの事ですが、宿の方は大丈夫ですか?」
「あ、えっと…それは問題無いです」
日が暮れる前に元の世界に帰るので…なんて事は口が裂けても言えません。
「ではこれで、登録手続きはすべて完了しましたので、明日以降からギルドでの依頼や、各種手続きが利用可能になります」
「明日からなの?」
夏輝さんがひょっこりと私の横に出てきて聞いてきます。
「良くいるんです。ギルドに登録して、その高揚感から碌に準備もせず仕事を受けてしまう人とか…そのために、全員1日準備期間として置いてもらっている訳です」
「な、なるほど…」
私達は最初から一旦帰るつもりでしたが、そう言う事もあるかもしれません。
買ったばかりの靴を、意味もなく履いてたり、
新しいスマホを、保護シートを張る前に使おうとしたり…
「じゃあ、私達が今ここでやれることはもう無いのね?」
「併設された酒場で飲食を取る事は可能ですが、依頼などはそうですね」
「わかったわ。ありがとう」
倉井さんが場を纏めた後カウンターを離れ、次に何をするか話し合います。
「これからどうしましょうか?」
「何か食べてこうよー!」
夏輝さんが店のテーブルを指しながら私の衣装の腕のヒラヒラした部分を引っ張ってきます。
この部位なんて言うんでしょう…
ギルドのテーブルは、お酒のようなものがたくさん並んでいますが、
見渡すとステーキやパンケーキ、サラダなど普通の料理もあるようです。
確かに並んでいるそれは美味しそうだし、それらを見ていると、なんだか小腹が空いているような気もしてきます。
ひと段落もしましたし、ちょっと軽食を摂るのもアリなように感じ…
「私達今文無しよ?食べていける訳無いじゃない…」
「「あっ……」」
職業も得て、装備も貰いはしましたが、当然お金の支給なんてなく、
私たちの私物にはここでは役に立たない日本円しかないのでした。
「ってなると…一回帰るしか無いですよね、荷物も邪魔ですし」
「そうですね…」
白金君が横に積んである木箱を小突きながら呟きます。
何にしても、今は制服が入れてある、元々装備が入っていた箱が、まぁまぁ大きい荷物になってしまっているのです。
「ってなると、次はどうすんの?」
「とりあえず、人目に付かない場所に行かないといけませんね」
「そうね。帰る姿を誰かに見られたらマズいし」
私達が異世界から来ている事をこの世界の人達に知られるわけにはいきません。
知られたらどうなるかは分かりませんが…いや、分からないからこそ、知られる訳には行きません。
この町の地理に詳しい訳ではありませんが、裏路地くらいあるでしょう。
「僕は裏路地ってなんか危ないイメージがあるんですけど…」
「確かに」
「丸腰の女子が一人でー、とかならそうだけど、銃だの剣だの抱えた4人組とかなら大丈夫じゃない?」
「最悪危なくなったらその場で速攻帰っちゃいましょう?」
「ホント便利よね、その帰る機能…」
幸い裏路地は近くに…というかギルドのすぐ裏にありました。
なんとなくこういう町の裏路地のイメージはよくわからない木箱とかタルが転がってる狭い通路なイメージがありましたが、思ったより道幅も広くゴミも少ない道でした。
想像通り謎の木箱はありましたが…
「ただ人通りの少ない道って感じね」
各々装備箱を抱えて、(私の荷物は白金君に持って貰ってます)私はスマホを持ち、出来るだけ近くに寄るようにします。
「じゃあ、帰りますよ?」
「周りに人は居ないわよね?」
「大丈夫!」
ギルドのすぐ裏というのもあって、ギルド前の喧騒がここまで聞こえてくる中、
皆で集まってギリギリ聞こえる位の程々の音量で話します。
「じゃあ…カウントダウンとか要ります?」
「誰か来る前にさっさと帰りなさい」
「そ、そうですね」
スマホの画面には、部室のパソコンのカメラの画像と、今の配信時間、そして配信停止のボタンが並んでいます。
今の部室には誰も居ません。
今がチャンスとばかりに、配信停止のボタンをタップしました。
「「うわっ!」」
その瞬間、スマホの画面が突然光り輝き、
いやもしかしたらスマホそのものが光ってたのかもしれません。
とにかくそれに目がくらんだ私はそのまま目をつぶってしまい、
気が付いたら…
「…あ、戻って来てる…」
私達4人は部室に戻ってきていました。
見慣れた部室、さっきまでの喧騒はどこへやら、微かに聞こえる部活動の掛け声や吹奏楽部の演奏だけが聞こえてきます。
「あー、楽しかった!」
「一体どんな原理で転移してんのかしら…」
…っていうか、
「い、衣装、そのままなんですね…」
目の前の3人は、向こうの世界で貰った装備を着ていました。
コートに、鎧に、魔法少女…?
でもそれはもちろん、私の踊り子の服も同じなわけで…
「がっ、学校でこんな格好してたらマズイですね…」
部活中は制服でなくともいい校則はありますが、ビキニ+α程度の面積しかないこれでは、流石にアウトでしょう。
「多分特殊放送部なら何着てても問題ないって思われてると思うよ?」
「それアンタのせいじゃない…ともかく、皆ちゃんと着替えないとダメね」
そう言いながら倉井さんは、白金君が抱えていた木箱を一つ取って、私に渡してきました。
多分私の制服が入っている奴です。
「って事でほら、さっさと着替えてきなさい」
「最初で良いんですか?」
「あなたが一番見つかったらアウトな格好だし、それにきっと一番今すぐ着替えたいのは紅葉でしょ?」
「そ、そうですね、ありがとうございます…」
倉井さんの気遣いに甘え、私はそそくさと準備室の更衣スペースに駆け込みました。
部室の更衣スペースは、向こうの世界の更衣スペースよりやや狭い構造です。
準備室に無理やりこしらえたスペースなので仕方ありませんが。
それにしてもこの衣装、手足や首、腰等を金属パーツで止めるようになっているので、するりと脱ぐことが出来ず、着替えに手間取る構造です。
そうこうしている間に外から皆の声が聞こえます。
「でもこの剣、どうしましょか、見つかったら銃刀法違反ですよ?」
「何とかして見つからないようにするしかないわね」
「うーん、布にくるんで段ボールの底に押し込めとく?」
カーテンの向こうから物騒な声が聞こえてきます。
そう言えば皆物騒なものを持って帰って来てましたね。
私の武器は扇だったので、その辺に置いておいても問題は無さそうですが…
とりあえず着替え終わった私は、踊り子の服を元の木箱の中に仕舞い、
更衣スペースから出て部室に戻ると、
「これでバレないかな…?」
「上にもっともらしいものを入れとけば大丈夫なはずよ…」
大きなダンボールに、何か怪しいことをしている3人の姿が…
「何してるんですか…?」
「段ボールを上げ底して隠してるのよ」
そうドヤ顔で語る倉井さんですが…
「なんか密輸してるみたいですね…」
「た、多分やってる事は同じよ…」
スッと目を逸らしながら苦笑いをしています。
なんなら今隠そうとしてる品は異世界の物品なので、下手な密輸より密輸してるかもしれません。
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「そういえば紅葉」
数日後、異世界から帰り元の学生生活をしている昼休みの真っ最中、倉井さんがふと何かを思い付いたように話しかけてきました。
「ん?」
「ちょっと前に冒険部のアンケートしてたじゃない?あれ結果出たんじゃ無いの?」
「あ、そうだ!」
動画投稿者としても活動している私達は、あの世界の冒険に様子を動画にして投稿しているのです。
当然、そのまま投稿したら大騒ぎになってしまうので、
あくまでも創作のストーリーとして、という形での配信ですが。
それで、その動画ではアンケートを行っていて、次にどこに行くかのアンケートをとっていたのでした。
「えーっと、どれどれ…」
手にしたスマホを手に、アンケートを行っていたSNSへと繋ぎます。
候補は4つ。
次の町に行くか、
森を探索するか、
洞窟を探検するか、
魔法の勉強をするか、
「……洞窟探検が一位みたい」
「洞窟ねぇ…」
くっつく程にすぐ横にやって来た倉井さんがスマホを覗いて難しそう顔をしながら呟きます。
言わんとしていることはわかります。
洞窟探検は4つの候補の中では一番難易度が高そうなものですし。
しっかりとスマホの中のアンケートが洞窟探検になっているのを確認した倉井さんは、元の場所に戻ると改めて真剣な顔で話してきます。
「洞窟探検になった以上、きちんと準備しないとダメね」
「準備というと?」
「例えば、私たちがどんな魔法が使えるのかチェックしておくとか、後はちゃんと薬とかその辺の準備かしら」
「薬って言ってもね…」
こっちで用意できるものなんてたかが知れています。
「こっちには薬草もポーションも無いんだよ?」
「ちょっとした塗り薬と包帯とか、その辺が限界でしょうね」
「まぁ…無いよりはましかな…」
「応急処置は大切よ?あっちの世界の洞窟なんてどんな雑菌があるのかもわからないんだから」
「そっ…そうですね…」
なんだかそういう生々しい話を聞くと、ちょっと不安になってきます。
言葉も通じますし、空も綺麗だったりしたのでいまいち実感は湧きませんが、あそこの生物は皆この世界の生き物と違うんでしたね。
「護身用にショットガンでも持って行こうかしら…」
「異世界に現代武器持ってくのはやめましょうよ…」
物騒な事言い出す倉井さんは置いておいて、思案に耽ります。
っていうか、倉井さん銃剣貰ったじゃないですか。
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「というわけで、次の冒険は洞窟探検に決まりました」
「「おぉー」」
数日後、部室に4人集まった中で、ホワイトボードにでかでかと"洞窟探検"と書きながら話します。
「言わなくても分かると思うけど、4つの中では一番難易度が高い冒険よ」
ホワイトボードを挟む位置で、倉井さんが捕捉します。
「というわけで、対策なしで挑むわけにはいかないので、いくつか物資の準備をしてきました」
倉井さんと二人で用意しておいた物資を入れておいた段ボールを、机の上に置き、
中身をテーブルの上に広げていきます。
「まずは包帯、怪我した時用ですね」
普通の携帯サイズの包帯が3ロール。そんなに要らないとは思いましたが、
3人に持たせておけばそれなりに安全そうだと思って用意しました。
その内一個は使用済みなので、だいぶ量が減ってますけど…
「あと、消毒液と、ミネラルウォーター、絆創膏…」
皆の装備があんまり携帯性が良くない(倉井さんのは割と大き目)なので、あんまり沢山は持って行けませんが、医療用品、応急処置関連は厚めに用意します。
「後はあれね、洞窟なんだから明かりも必要ね」
倉井さんも段ボールから懐中電灯を4つ取り出して並べます。
そしてさらに、手提げ型のランタンを取り出してきました。
「LEDランタンよ」
「火じゃないんですね」
「こっちだと火を使うランタンより調達が楽なのよ」
「えーっと、後はあれですね。携帯食料」
「何それ、ゲーム?」
「違いますよ、カロ〇ーメイト系の奴ですよ!」
「とまぁ、これが私と紅葉で考えた準備ね」
「他にも二人にアイデアとか出してもらいたいなーって思ってます」
「オッケー!」
「はい!わかりました!」
白金君も夏輝さんも乗り気なようです。
「みんな荷物は限りがあるしいくつか候補が出たら取捨選択はしないとダメね」
「それが厄介ですね…」
「荷物はできるだけコンパクトにしないといけないですね」
そうこうしながら部室は次の冒険の準備で盛り上がっていくのでした。
しかしこの時、私達は重要な見落としをしていたことに気が付く人は、誰も居ないのでした…
「何その前フリ」
「い、いやぁ…こうしておいた方が面白いかなぁ…って」
「ガチで冒険してんだからそんな重要な見落としはしたくないんだけど?」
紅葉「やっぱりこっちから物資を持ち込めるのズルいですよね?」
倉井「いいのよ。私達戦いのド素人なんだから」
白金「それに怪我とかしたらこっちの生活にも影響ありますからね」
倉井「それにどこぞのチート能力よりマシでしょ?」
紅葉「先人にケンカ売るのはやめましょうね!?」




