第2話「まずは冒険の準備をしよう・前編」
特殊冒険部、冒険規則
1・必ず2人以上で転移する事。
2・身の危険を感じたら速やかに帰還する事。
3・こちらの世界の物を無暗に教えない事。
4・郷に入っては郷に従う事。
5・異世界であった事はきちんと記録し、かつ部員外の人に言いふらさない事。
「あ、そうそう」
ちゃんと4人で旅立てたことや、そこでは見たことも無いモンスターが出る事を確認し、
一度元の世界に戻って来た私達。
後日もう一度同じ4人で旅立とうとしたとき、ふと倉井さんが呼び留めました。
「何です?」
「前回は念のため太刀持って行ったけど、今回は置いていくわ」
「えっ、どうして!?」
倉井さんは何重にも布を巻いて部室に保管されている太刀を指しながら言います。
冒険の後あれは、ウェットティッシュで刀身を綺麗にしてあります。
あれはかなり私達の主戦力ととして活躍していたのに!
「あんなの抜身で引きずってたら町で怪しまれるに決まってるじゃない」
「あっ……」
ド正論。
あの太刀、勢いで作っただけなので、鞘は無いのです。
刃物むき出しで歩いて良い場所なんてありませんね。
「ってわけでこれから私の戦力は無くなるから、白金、あなたが頑張りなさい」
「僕しか居ないんですか!?」
「そうよ」
「せめてなんか代わりを持って来て下さいよ…」
そんなこと言われてもですね…
それらしいものはキャンプ用の収納ケース付きの果物ナイフくらいしか無かったので、一応倉井さんが持って行くことにしました。
何故倉井さんなのか?
女子の中で一番敵に切りかかっていけそうなのが倉井さんだからです。
私と夏輝さんは、今回も戦力にはなりません。
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なんとなく面白そうだから、という理由で気軽に異世界にやって来た特殊放送部一行。
降り立った地は、スライムのような不思議生物が住む平原でした。
とにかく情報と安全な場所が欲しかった私達は、そこで見つけた町らしき場所へと向かいます。
前より戦力がダウンした私たちですが、モンスターに遭遇することは無く町のすぐ近くまで行くことが出来ました。
「近寄ってみると、思ってたより大きそうですね…」
私の真横で、私に歩幅を合わせてくれている白金君が呟きます。
ザクザクと短い草を踏み分けて丘を下って行くと、その町は想像よりも何倍も大きく見えます。
大きな壁がそびえ立ち、一見物々しく感じますが、よく見ると所々青白い光を放つ何かが等間隔で設置されていて、若干の都会らしさを感じる外見です。
あの光は一体何なのでしょう?
そうこうしているうちに、その壁のすぐ近く。
大きなゲートのようになっている場所を発見しました。
「あっ、ここが入り口かな?城門みたいなのが見えるね!」
夏輝さんの言うとおり、そこはアーチ状のゲートと、今は開いていますがそこにある巨大な扉。
そして、槍のようなものを持つ、鎧を着た衛兵のような人が、左右それぞれに一人づつ配置されています。
「人は居るけど、日本語は通じるのかしら…」
「通じなかった時の為にいつでも帰れる準備をして話しかけてみましょうか」
「そうですね。通じなくて捕まりそうだったらすぐ帰りましょう」
ワンタップで帰れる異世界転移の良いところ…
というよりも、ズルいところ、って気がしますね。
皆でスマホを手に、ワンタップで配信終了ボタンを推せるようにしながら衛兵さんに近づきます。
あれですね。いつでも通報できるように110番のボタンを用意しながら話しかけるみたいですね。
私はやったこと無いですが。
「あ、お疲れ様です!」
衛兵の人に、あたかもよく利用しているかのように、軽く会釈しながら通り抜けようとすします。
「ん?あ、ああぁ、君たちもお疲れ様」
衛兵の人たちもその流れに流されたかのようにそのまま会釈を返してきてくれて、
そのまま門をくぐる事が出来ました。
そして、私たちの言葉が通じる事も確認できました。
そのゲートの先には…
「広っ…」
ズラリと並んだオシャレなレンガや木で出来た家々や、石畳のような道路。
そして、遥か遠くに見える何かの塔、
そしてほんのり香る潮の匂い。
入っただけでもわかります。この町、多分かなり大きいですね?
「どこ見ても普通の家しか無いね」
「この町、デカいですね…」
「情報を得るのはちょっと骨が折れそうですね…」
思ったよりも大ボリューム町に、呆気にとられる4人。
「っていうかさっきの兵士、普通に通してくれたけど平和ボケでもしてるのかしら…」
「ま、まぁ、色々手続きとか無くて良かったと考えましょう」
そんなのがあったら、何も知らず、手持ちも無い私たちは詰み同然です。
「ま、とりあえず情報を得られそうな場所を探しましょう」
少し歩いた感じ、この世界の文字は読めるので大きく困る事は無いでしょう。
さっき見た店みたいな建物、普通に”喫茶マーメイド”って書いてありましたし。
20分後…
「思ったより無いわね…」
別に普段歩いてない、というわけではありませんが、普段歩かない石畳は思ったより安定してなくて、
履きなれたローファーでも案外に大量を消耗します。
そして、歩いても歩いても見えるのは、民家やちょっとしたお店のようなものばかり。
確かに酒場なら情報は得られそうですが、自衛手段の無い未成年の私たちが立ち寄る場所では無いでしょう。
「でもなんか周りの人の格好が変わって来たね」
そんな夏輝さんの一言を聞いてふと周囲を覗いてみると、町中を歩く人達のシルエットが若干ごつく、
あるいは派手になっている気がします。
「市民から冒険者に変わった感じがするわね」
「あ、なるほど!」
その倉井さん一言でその正体が分かりました。
さっきまで町を歩いていた人はシンプルで質素な、私たちの世界で言えば私服のような格好が多かったのですが、今周りに居るのは、
例えば大きな斧を背負い、全身鎧を着こんだ戦士のような人、
長い杖を手に、肌を出したいのか隠したいのかよくわからないドレスを纏った魔法使いのような人、
顔を布で隠して、全身も黒い布で覆った忍者のような人…
皆個性的で、"衣服"というよりも"装備"といった格好の人が多く歩いています。
「きっと近づいてるって事だね!」
「そうですよ!実はあとちょっとだったりして!」
「ギルドとかあるかもしれないわね」
「ギルドですか…」
ギルドがどういう所なのか、
完全にゲームでしかその名前を聞かない私は、冒険者とクエストが集まる場所、的なイメージです。
もし私の想像通りなら、こういう格好の人が多いという事は、ギルドは近くにあるかもしれません。
そしてその予想は的中し、そこから3分もしないうちに、
「あ、あそこじゃない!?」
夏輝さんが大きな声を上げた先は、特に人が賑わっている場所がありました。
町で見た中で一際大きな建物が道路の両側にある、その内の一つ。
立派な2階建ての建物から、ざわざわと色んな声が聞こえてきます。
「随分と賑わってますね」
4人で恐る恐る近寄っていくと、当然周りの人からの視線が刺さります。
制服のような格好の人は、ここには誰一人いませんからね。
「珍しい格好の子供がいるな」
「ほらあれじゃない?魔導院の」
「あぁ、確かにあんな感じだったかもな」
聞こえてくる声からは、聴きなれない単語も聞こえます。
そのアウェー感が正直気恥ずかしくて、早くどこかに行ってしまいたい気分です。
もし1人だったらもうここを離れて元の世界に帰っていた可能性もありますね…
幸い今は4人なので、数の暴力でその建物の前まで来ました。
看板に、「オルケス王国ギルド・アウフタクト支部」と書かれています。
オルケス王国…アウフタクト…見慣れない言葉が並んでいますが、どうやらここはギルドの様です。
「ここ居酒屋とかじゃないの?酒臭いのだけれど!?」
「でも、ギルドって書いてありましたし…」
その建物の内装は木造で、赤いカーペットが敷き詰めらていたり、シャンデリアが吹き抜けのフロアに下がっていたりとオシャレな感じではありましたが、
内装は、いくつかのブースに分けられた長いカウンターと沢山の座席で構成されていて、どちらかというとフードコートのようにも見えます。
ただ、さっき倉井さんが言ったように、座席に座っている人たちの中には昼間からお酒でも飲んでる人が多いのか、フロア全体が若干お酒臭かったりしています。
当然、昼間から飲んでいる人はサラリーマンのおじさんとかではなく、
毛皮で出来た鎧を着た明らかに凄まじい体格の男の人や、この町中でビキニアーマーのようなものを着て平然としている眼帯で片目を隠した女の人とかなので、
そんな今まで見たこと無いような奇妙な光景が広がっています。
「凄い!なんかコスプレパーティみたいだ!」
「きっとあの鎧、コスプレとかじゃなくて本物だったりするんでしょうね」
「私もああいうの着れるかのかなー?」
夏輝さんと白金君はギルドかどうかより、周りの人の方が興味があるみたいです。
完全に視線が座席の方に向いています。
「あんた達、それっぽいカウンターを見つけたから話聞きに行くわよ」
何かを見つけた倉井さんがその二人を突っついています。
「それっぽいカウンター?」
私も気になった単語があったので、倉井さんに聞いてみました。
倉井さんはカウンターの端の方を指しながら、
「ほらあそこ、”ギルド総合受付”ってあるでしょ?多分あそこなら話聞けるんじゃないかしら」
「確かに」
「って訳でほら、4人で行くわよ」
「えー、その辺の人とも仲良くなりたーい!」
「それは後でやりなさいよ…」
夏輝さんはギルドのフロアの隅の席に座っている、私たちと同じ位の見た目の女子を指していました。
当然、その人も不思議な服をしてる訳ですが…
呆れる倉井さんと抵抗する夏輝さんを横目に、私達4人はギルド受付へと向かう事にしました。
「ここは総合受付です。どうかなされましたか?」
受付の人は、きちっとしたスーツのような服に身を包んだ大人の女性でした。
そこら辺に居る人達よりは、かなり話しやすい雰囲気です。
「えっと…ほんのついさっきこの町にたどり着いて、ここの事を知りたいんオですけど…」
「オルケス王国ギルドのシステムの事ですか?」
「ええまぁ、そんな所です」
本当はもっといろいろな事を知りたい所ではありますが、異世界から来ました、なんて言っても怪しまれて終わりでしょうし、作戦としては他の国からやって来た人と言う体でまずは国の事を知ろう、という事になりました。
が、受付の人は私達をじっと見定めるような目で眺めています。
眉がちょっと動いたりして、すこし難しい顔をしているように見えます。
「見たところまだ皆さんは大人ではなさそうですが、保護者にあたる人は居ますか?」
「え、えっと、今ここにはいません…」
「そうですか…」
親は…当然元の世界にはいますが、ここにはそれにあたる人は居ません。
そう考えると何も持ってないですね、私達。
「ついさっきここに来たという事は、アウフタクトでの住民登録も終わっていませんね?
「そ、そうですね…」
「今まで他国のギルドへの参加経験はありますか?」
「い、いいえ…」
ヤバイ。
思っていたよりも、しっかりとしたシステムがあるみたいです。
完全に不法移民と同じレベルの私達です。
最悪即元の世界に帰る準備をしておいた方が良いかもしれません。
と思い、ポケットの中のスマホに手をかけそうになったその瞬間、
「では、先にここの向かいにある町庁舎で在中証明と職業認定を受けて貰ってからの方が良いですね」
「「「在中証明?職業認定?」」」
聞きなれない言葉に、思わず皆で聞き返してしまいます。
「在中証明は簡単に言えば、簡易的な住民登録のようなもので、家を持たずともその街への在籍を示す証明書で、移民や冒険者など、固定の家を持たない人の戸籍証明になります」
受付の人が懇切丁寧に教えてくれます。
確かに私たちはこの世界に自宅となる物は一切ありません。夜になったら元の世界に帰れば良いと思っていたので、元々持つ気は無かったわけではありますが…
「職業認定は、各々の能力を証明するものになります。身体能力、魔力適正、様々な観点から客観的な能力指向を評価する物になります。こちらも保護者、教導管の居ない者に対するギルドでの能力証明になるものです」
「な、なるほど…?」
「つまり、私達がどういう能力を持ってて、どんな仕事が出来るのかを他者評価するものなのね」
「そういう事です。能力詐称を防止する制度ですね」
まだよくわかってない私でしたが、倉井さんは理解できたようです。
あとで話を聞いておきましょう。
というわけでカウンターを離れ、ギルドの4人掛けの丸テーブルを囲む4人。
受付の人からは、
「未成年だけでは色々と制約がありますので、面倒だとは思いますがよろしくおねがいします」
と言われてしまいました。
まぁ、当然と言えば当然ですね…
「とりあえず、町庁舎で二つの認定を受けないといけないみたいですね」
まるでファーストフード店にでも来たかのように浅く椅子に座りながら皆に話しかけます。
テーブルは若干のざらつきがある程度で、ちゃんとした物のようです。
「面倒くさいけど仕方ないよね、私達未成年だもんねー」
「さっき魔法適正、って言ってましたね。ってことはやっぱりこの世界、魔法があるんですね」
「そういえばそうだったね。魔法使いとかになれるのかな?」
適性の話より、魔法の話で盛り上がっている夏輝さんと白金君。
「それも含めての適正調査って訳ね。単にたらい回しにされてるのかもしれないけれど」
「とりあえず、ここにても仕方ないですし、行ってみましょうか…」
私達は各々テーブルから席を立ち、町庁舎に向かう事にしました。
…とは言っても、目的地はこのギルドの道路を挟んだすぐ向かい側ですが…
ギルドの正面にあるのは、ギルドよりもさらに大きい石造りの建物です。
お城のような丁寧な装飾と、オシャレなガラス張りの外見が特徴です。
町庁舎という名前や、その外見から、役所的なイメージがあります。
そこに私達一行は、在中証明と、職業認定を受けに行くのでした。
曰く、それが無いとギルドでの活動も出来ないらしいので。
「これやっぱり市役所的な奴ですかね…」
白金君も同じことを考えていました。
中も大体そんな感じで、静かで落ち着いた雰囲気に、いくつかのカウンター。
入り口近くの棚には、オルケス王国観光マップのようなものも…
こっちでは、ギルドでよく見た戦えそうな人以外にも、こちらにはフォーマルそうな格好の人や、
普通の市民のような、シンプルな出で立ちの人等も居ます。
ある意味で、ギルドよりも異質な雰囲気を感じますね…
なにせ、シスターと、スーツ姿のサラリーマンのような人と、重そうな全身鎧の人が同じソファに座っていたりするのですから。
「で、職業認定とやらはどこで受けられるのかしら」
「うーん、探せば見つかると思いますが…」
立ち並ぶカウンターの上には看板があり、
住民登録課、税務処理課、魔法研究課、物流管理課…
私たちの世界でもよく見る課、見慣れない課、様々なものが見えます。
その中から、それっぽいことが書いてありそうなカウンターを探します。
「あ、あれとかそうじゃないですか?」
カウンターの一つ、少し奥まった所に”適正検査課”というものを見つけました。
なんの適正かは書いてありませんが、多分あれでしょう。
「とりあえず行ってみようよ!」
私が指を刺した瞬間、夏輝さんが飛び出して行って、受付の人と何かを話しています。
そして、そこに歩いて向かう時にはすでに話し終えて戻ってきました。
「やっぱりここで職業認定受けられるって!」
「ちゃんと聞いたの?」
「聞いたよ!?私もそんなにバカじゃないからね!」
あの外見と性格ですけど、一人でコスプレイベントに参加とかしてるみたいですし、
実は物事を調べたりとかは得意なのかもしれません。
「因みにもう4人とも受けるって話してきたよ!」
「は、早いですね…」
それにしても早すぎるような…