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第3.5話「魔法と踊りのパワーその2」

「良かったね!師匠が出来て!」


ユイルさんが着替えに行っている間、私と夏輝さんはまた雑談タイムに入ります。


「師匠って…でもほら、魔法も教えてくれるみたいですし、夏輝さんにとっても先生ですからね?」

「あ、確かに!あとで魅せるポージングでも教えて貰おうかなー」

「コスプレイヤーの先生じゃないですからね?」

「でも、プロの踊り子さんなら体の魅せ方とか、絶対知ってると思うの!」

「いや確かにそうでしょうけど…」

「黑音ちゃんも踊り子なんだから、そういうの習うかもよ?」

「…」


確かに新しい踊りを教わる可能性は大いにある気がしてきました。

運動不足な私に出来るでしょうか?

事前にリングなフィットネスでもしておいた方が良かったのかもしれません。そんな思考を巡らせていたら、


『ガヤガヤ』


なんとなく1階の方が湧いている音がします。

聞き分ける能力はあまりないので、個々に何を言っているのかはわかりませんが。

そうした状態が少し続いた後、


「お待たせ、少し下で捕まっちゃってね」


階段から、ユイルさんが戻ってきました。


「おぉぉ…」

「ゆ、ユイルさん、セクシーですね…」

「あははは、まぁ、そういう衣装だからね」


現れたユイルさんは、当然と言えば当然ですが、さっきまでの衣装とは異なり、私が持ってきた例の衣装を身にまとっていました。

しかし、衣装単体の時と比べ、ユイルさんが着ていると随分と印象が違って見えます。


トップスは光沢の強い黒のビキニトップのようなもの。

単体の時はかなり攻めた雰囲気がありましたが、ユイルさんのスタイルの良さと合わさると、より美しく見えます。


腕には、例の筒状の袖のようなもの。

想像通り、二の腕辺りで止めるアームカバーとして使っているようです。


腰にはスカートのような腰布がありますが、布はほぼ前後の細長いものしかなく、横は腰から太ももにかけて激しく露わになっていて、より一層のセクシーさを醸し出しています。

前に試した時はそれなりに布があると思っていましたが、いざ着用している姿を見ると、これは中々…


とにかく、今のユイルさんはここがギルド、つまり公共施設であることを忘れてしまうほど、一言では言い表せない妖艶さを醸し出しているのでした。

しかし、セクシーさの中にも高貴さと可憐さを兼ね備えていて、なんだか不思議な感じです。

と同時に、やっぱりあの衣装は私には着こなせない代物だったんだなという事実を突きつけられます。


「まだちょっと足りないものもあるけど、大体、戻ってきたかな?」


心なしか、歩くスタイルも良くなった気がするユイルさんは、そのままするりと元の席に座ってきました。


「もしかして、さっき1階が騒がしかったのって…」

「うん。私が出てきたら皆が殺到しちゃってね」

「もしかしてユイルさんって、結構凄い人?」

「どうだろう?昔は頑張ってたけど、今はそうでもないしね」


本人はそう言ってますけど、下の湧き具合は、レストランに有名歌手が入って来たとか、そういう感じでしたよ?

そして、今もそんな感じなので、2階席の他のテーブルの人からの視線が刺さる刺さる。

私もユイルさんも水着みたいな格好なので、ここだけ海の家状態です。やっぱり少し恥ずかしいような…


「さて、私も着替え終わったし、早速魔法について色々教えちゃおうと思うんだけど、いいかな?」

「「はいっ」」

「ふふふ、いい返事だね」


ユイルさんは軽く笑いつつ、下からやや厚めの本を取り出して来ました。

…いったいどこから?


「まずは、貴女達が魔法について、どれだけの理解があるかを聞きたいんだけど、どうなのかな?」

「え、えっとそれは…」


思わず口ごもってしまいます。

魔法に関する知識なんて、はっきり言ってゼロです。でも、それを公言してしまっていいのかどうか。

もしこちらの世界の文明や生活と深く根付いているのだとしたら…

例えば、私たちの世界で、高校生くらいの外見の人が、「スマホ全然知りません」なんて言い出したらどう思うでしょうか?

よほどの田舎者か、あるいはバカかのどちらか扱いは確実でしょう。


夏輝さんも同じ考えに至っているのでしょう。さっきから目を合わせようとしません。

私と合わすくらいは別にいいと思うんですけど…


「もしかして、何か言いにくい事情でもあったりした?」


あ、怪しまれてる…!?

つまり、この状況での正しい答えは…


「あ、えっと、そういう訳じゃなくてですね…?」


そんな時、とっさのひらめきが!

なんてことは無く、普通にお茶を濁して引き延ばすしか出来ない私が憎いです。


「別に、全くわからないならそう言っちゃってもいいよ。若いうちからギルドで生計を立てる人って、案外そういうの多いから。ね」

「そ、そうんなんですか…?」

「うん。魔法は確かにこの国では当たり前に存在してるけど、案外原理とかは全く知らなくて、魔導具だけに頼って生活してて、自力で魔法を使えない人、ってのも結構いるんだよ。特に、何らかの事情で親を失ってしまった子、とかはね」

「…」

「だから、貴女達がどういう背景を持っているのかは聞かない。けど、これからの為にどれだけ知識があるのかだけは、知りたいかな」


なんというか、この世界の"闇"を垣間見たような気もします…

ともあれ、ユイルさんがそういうのであれば、隠す理由もありませんね。

多分、ユイルさんには私達は孤児か何かだと思われてしまった気がしますが…


「でしたらその、正直に言っちゃいますけど…魔法については、全くわからないです…」

「うん。なんか、感覚で出来た!ってだけで、なんで出来るのかはわからない感じかな」

「そ、そうなのね…それはそれでなんというか才能ある気はするけど…」


夏輝さんの輝くメイスを見ながら、ユイルさんは若干の驚きの表情をしています。

それ、衝撃波が出る奴だから、ここで誤爆とかしないで下さいね?


「じゃあ、実践の前に基本原理からかな」

「お、お願いします…」

「っていっても、私も先生の経験があるわけじゃないから、そんなに詳しいわけじゃ、無いからね?」


と前置きをしてから、ユイルさんは説明を始めました。


「まず魔法っていうのは、魔力を使って行う、様々な現象の再現、っていうのはまぁ、分かってるかな」

「そ、そこはなんとなく…」


この世界の知識、ではなくステレオタイプなファンタジーの魔法の概念、としての知識ですが。


「だから、魔法を使うには元になる魔力が必要なんだけど、その魔力、というのは2種類あるの。一つは、今この空間にも満ち溢れている、魔力の元、とも言える存在。ミスト」

「この空間…?」

「目には見えないからね。でも、この世のどこにでもある。空気みたいなものかな」

「へぇ…」


ユイルさんの言う通り、どれだけ目を凝らそうとも、魔力らしきものは見当たりません。

魔力らしいものってなんだと思うかもしれないですけど、例えば光る何かとか、揺らめく何かとか、そんな感じのものです。私が踊っていた時に胸元や掌から出ていた、アレみたいなものですね。


「もう一つは、私たちが実際に魔法として使う魔力、エーテル」


そう良いながらユイルさんは、右の手のひらの上に向けながらこちらに差し出して来ました。ちょうど、いいながら"お手"を要求するポーズに似ています。

そして、その直後、その手のひらから、薄緑色の光と共に、風のエフェクトにありがちな渦巻く気流のような球体が現れました。

というか、まんま風のエフェクトが現れました。


「エーテルは、辺りに漂っているミストを私達生物が吸収して、それぞれ固有のエーテルに変換するの。エーテルも基本は無色透明だけど、各々の意思で活性化させて属性を隆起させれば、こうして姿が見えるようになるし、その属性に応じた魔法が使えるようになるの」


そういいながらユイルさんは手のひらの風の球に向かって、フッ、と息を吹きかけました。

その瞬間、その風の球はブワッ!と弾けるように広がり、私や夏輝さん、ユイルさんの髪や衣服をはためかせ、

一拍遅れてから、きつ過ぎない、さわやかな香水の香りが広がります。

…こういうの、なんだかお洒落だなぁ、と少し関係ない事を考えてしまいますね。


「属性と、その特性とかの話は置いておくとして、魔法を使うなら、まずはこのエーテルを感じ取る所から始める事になるんだけど…多分、それは出来るんだよね?」

「ユイルさんが思っているものと、私が思っているものが同じなら…」


洞窟探検の最中、何度も似たような光は出した事があります。

体内から湧き上がるエネルギーが、まるで炎のような赤い光となって現れたアレ。あれがエーテルなのならば、私はそれを扱ったことがあると言えるでしょう。

と記憶を辿っている私と、


「これでいいんだよね?」


と例のメイスを輝かせ、今ここでそれを証明しています。

まさに論より証拠、というやつです。


「あぁうん。それそれ。ウミさんは大丈夫そうだね。クロネさんは?」

「え、あ、はい!ちょっとだけ待ってください!」


私に話が振られてしまったので、私も夏輝さんのように今この場でアレを見せようとします。

一旦心を落ち着かせて、胸の奥辺りにあるはずの火種を意識して、それを引き出すようにすれば…!


「あ、はい!出ました!こ、これですよね!?」


胸元から赤々とした揺らめく光が沸き上がります。夏輝さんやユイルさんと比べるとビジュアルはとんでもないですが、多分、原理は同じ物…だと思います。


「そうそう。二人ともバッチリだし、すぐ実践に入れそうだよ」

「よ、よかったぁ…」


ほっと一息、気を抜くと胸元の炎はどんどん萎んで、消えていきます。

いい加減、まず胸から出て来るのを何とかしたいのですけれど…ユイルさんのように手から出したい。


「因みに、エーテルを生み出す器官の事を、感応器、って言って、個人差はあるけど、基本的に頭と胸部、正確には心臓の辺りにあるんだよ」

「へ、へぇ…そうなんですか…」

「人によっては手足とか、腰とか、別の場所にもあるらしいけどね」


じゃあ、胸から出て来るのは、正しい反応なのでしょう。

でもやっぱり、手のひらから出す方法を教えて下さい!


「とりあえず、ここで実践は危ないから、外の開けた場所に行こうか」

「わかりました」「はーい」


そこからユイルさんに連れられてギルドを出たわけですが、もう注目を集める集める。

すれ違った会話を又聞きした感じ、旅芸人の一行だと勘違いされているようです。

まぁ、コスプレ魔法少女と踊り子が2人なんて組み合わせ、こちらの世界でなくともそう思うでしょう。


それだけならまだいいのですが、いや良くは無いのですが、ユイルさんはファンサービス旺盛で、声を掛けられれば手を振り返すのです。当然、3人一纏めで見て来る人たちには、私達もそれに応じる必要があるわけです。

絶対に必要があるわけではないですが、お世話になっている以上、面子を潰すわけにもいかないので…


そんなこんなで広い場所、町の外の平原に出る頃には、精神的にヘットヘトになっているのでした。


「ごめんね、なんか私のノリに付き合わせちゃって」

「私はなんか人気者になれた気がして楽しかったよ!」


ユイルさん…というか、踊り子の気質は私より夏輝さんの方が合ってるような気がしてきました。


「お、踊り子って、ああいうファンサービスみたいなの、必須なんですか?」


勢いあまって聞いてみると、


「冒険者としての踊り子なら不要だけと、芸者としての踊り子も兼ねるなら、やった方が良いよね」

「そ、そうですか…なるほど…」


なんて答えが。

確かに、踊り子には戦闘時のバッファーとしての役割もあるのかもしれないですけど、

町でのパフォーマーとしての踊り子も居るんですね。

…私はバッファーとしての踊り子だけで良いかなぁ…この世界で暮らすわけじゃないですし。


「とにかく、始めちゃおっか。まだ日も落ちてないし」

「はい。お願いします!」


時間は、おおよそ4時半くらい…だと思います。私たちがこちらの世界に来た時間から逆算すると、ですが。

元の世界では冬なので、4時半は暗くなり始めの時間帯ですが、こちらはまだまだ日が高く、暫くは明るい時間が続きそうですね。


「まずは普通の魔法からね。魔法使いのウミさんは勿論、踊り子でもよく使うからクロネさんも聞いててね」

「わかりました」


そういうや否や、ユイルさんは軽くステップを踏み、ウォーミングアップのような仕草をします。

そして、たったそれだけの動作で、周囲に火の粉と氷の結晶のようなものが舞い散りました。

当然の話ではありますが、私や夏輝さんと比べて、魔力の放出が圧倒的にスムーズです。


「まず魔法の基本は、自分のエーテルの属性を活性化させて…」


ユイルさんは手を空高く伸ばし、そこに揺らめく炎のような赤い光を生み出しました。

私がいつも出しているものと同じ感じです。


「そしてそれを、形に変えて、放つ!」


途端、ただの赤い光だったそれは、一気に炎へと姿を変えました。

蝋燭の火などではない、まるでキャンプファイアーのような大きく激しい炎です。

手から炎が出ている、なんてあまりにもファンタジーな光景ですが、周囲もファンタジーなので、不思議と違和感はありません。


「原理は単純だから、属性を意識出来れば簡単に出来るはずだよ」

「属性…ですか…」

「そこはね、自分のエーテルを感じなきゃいけないから、慣れかなぁ」


検査の時には、私は火属性に強く偏っていると言われましたね。


「…とりあえず、やってみます」


魔力を出す所までは確実に出来るのですから、あとは実戦あるのみ。

胸元から、ユイルさんと同じ、揺らめく赤い光を生み出します。


胸元にあるままでさっきの炎を出したりなんてしたら衣装とか顔とか髪とか、大変な事になってしまうので、ユイルさんの真似をして、それを手に移します。

移すと言っても、物理的に光を掴んだりは出来ないので、胸元に感じているエネルギーを手の方に体の中を通っていくイメージをしながら、それを感じ取り続けるだけですが。

でも、それでちゃんと魔力は手に移動してくれるのです。洞窟探検の時にもやりましたね。


「その光、なんとなく炎っぽく見えるでしょう?それが本物の炎に変わるイメージをするの」

「は、はい!」

「本物の炎になっても、使う本人は熱くないから、遠慮せず行ってね」


ユイルさんがさっきやって見せたように、私も手のひらで揺らめくそれそ、炎に、炎に…と念じます。


「…ううむ」


確かにパチパチと火の粉のようなものが発生し、小さな火種のようなものが起きているのはわかります。

が、ユイルさんのような、大きく固まった炎にはなりません。

…なにが足りないのでしょうか?


と思ったその時、


「でりゃー!!」


と夏輝さんの叫び声が。

ビックリしてそちらを見てみると、両手でしっかりと握ったステッキの先に、バレーボール程の大きさの岩の塊のようなものがありました。

振り向いた瞬間にそれがあって、それが岩だと認識した瞬間には、重力に従って岩はゴトリと思い音を立てて地面に落ちます。


「おぉ、それそれ、ウミさんは出来るようになったね」

「へっへっへ」


嬉しそうな夏輝さんとそれを褒めるユイルさん。

そして、上手くいかない私。

…私に足りないのは…と夏輝さんと私を比較します。夏輝さんにあって、私にないもの…もしかして、勢い…?


そんな一つの仮説に行き着いた私は…


「やぁーー!!」


声を上げながら、光をぶん投げるような勢いで腕を振ってみました。

すると、

ボゥッ!

と手のひらの光が、ガスに着火したかのように弾けて燃え上がります。


そして、投げる"ような"動きだったので、実際に炎は私の手を離れ、地面にボトリと落ちて、その場でパチパチと燃えています。

さながらたき火のように…


「で、できた…!」

「おめでとう。クロネさんも出来るようになったね」


なんとなく、達成感が妙に嬉しい気持ちにさせてくれます。


「普通の魔法の基本はこれね。これさえわかれば、大体の魔法の理解はで来ると思うよ」

「なるほど…」

「基本的な魔法の原理は、度の魔法も大体これと一緒だからね」




「じゃあ、次は踊り子用の魔法を教えてあげようかな」


というわけで、今度は私専用の講義をしてもらうことになりました。

夏輝さんは、さっきの魔法の練習を続けています。


「踊り子の使う魔法は"舞踏魔法"って言って、踊りの振り付けによって発動する魔法だね」

「いかにも踊り子らしい感じですね」

「歴史的には舞踏魔法の方が古いから、正確には舞踏魔法を使う職業として、踊り子が制定された、って感じかな?」

「そ、そんな古いんですか…」

「そうだね。最古の魔法の一つ、とか言われているよ」


そんなものを習得していいのでしょうか…?

不安な気持ちになりますけど、踊り子という職業として一般化されているのならば、禁術とか、その類ではないのと予想は出来ます。


「舞踏魔法の一番の特徴は、踊りの振り付けによって魔法を発動させる事」

「ふむふむ」

「手足や腰の動き、体の動き全てを使って、魔方陣を組むの」

「ま…魔方陣を組む…?」

「えーっと…そうだね…」


聞きなれない単語に思わず聞き返して、ユイルさんを無駄に困らせてしまいます。


「魔法は、高度なものになって来ると念ずるだけじゃ使えなくて、呪文を唱えたり、魔方陣を書いたりして、より複雑な指示を与える必要があるのね?」

「それは…なんとなくわかります」

「それで、舞踏魔法は全身の動きで指示を出すの。腕を上げる、脚を鳴らす、腰を捻る…」


ユイルさんは、口で説明しながら、実際にその動きを体も表現しています。


「そうした全身の動きで、魔力を活性化させたり、方向を与えたりして魔力を発動させるの」


その動きは、一つひとつバラバラに動いてた居た物が、段々滑らかになって行って、一つの踊りの様な動きへと変わっていきます。

と共に、手足からキラキラとした、火の粉や氷の粒のようなものが舞い始めます。


「発動に時間がかかったり、全身を使うから隙が大きい分、その効果は強烈だから、使い手次第で大活躍出来るよ!」

「つ、使い手次第…」


知ってますよ?

そういうジョブはすべからく上級者向けだと。

そう言うゲームはやりますけど、読みとかが必要な物はそれほど得意では無いので、上手く使いこなせるか今から不安です。

最初は後ろで踊っていればいい職だと思ってましたけど、洞窟探検の時、前線で食い止めきれず、ゴブリンが私の元にやってきてしまった時は踊りながら敵の攻撃を躱す、という事は全然出来ませんでした。


「これも舞踊魔法の一つね。ただ綺麗なだけじゃなくて、私の能力を上げる役割もあるの。クロネさんも冒険の経験はあるようだし、能力が上がる感覚はわかるはず」

「はい。それは分かります」


踊っていると、身体が軽くなっていく上に、ずっと踊っているのに全然疲れない。

あの感覚の事を射ているのでしょう。

因みに、今も感じています。多分目の前のユイルさんの影響を受けているのかもしれません。


「踊り子の基本は後方支援。色んな踊りによって引き起こされる能力の強化は味方にも影響があるから、とにかく踊って踊って味方を助ける。これが踊り子ね?」


以前の私よりも動きの大きい振付をしながらも、私の方をしっかりと見ている時間はとても長いです。

しっかりと正面を見据えられる振付、というのも中々参考になる動きです。

…まだ私が出来るようになるには先が長そうですが。


「まぁ他にも色々出来る事はあるけどー」


一々キャッチーな動作をしてくるユイルさんが何かを考えていた時、思わぬ方向から声がします。


「おうおう、こんなところに若い女が3人も居るぜ?」

「しかも良い格好してんじゃないの」


「「っっ!?」」


声が聞こえた方を振り返ると、こう…想像上の山賊、みたいな人が4人ほど。

野生動物の毛皮のようなものを纏った、ボサボサの髪と髭の男。

皆一様に錆びの目立つ剣のようなものを持っています。


…そして、なんというか、私達3人の事をいやらしい目で見ているような気がして、、どうにも嫌悪感が凄いです。

出来もしないのに、露出の多いお腹から太ももにかけてを手で覆います。

私のいつもの衣装なら出来るのに…今の衣装では腕には幅5センチくらいのリボンしかありません。


「うわっ、絶対ヤバい奴だよアイツら」

「…でしょうね…」

「ど、どうしよう…」


明らかな変質者にドン引きと困惑する冒険部の二人と、


「あなた達、どういうつもり?」


私達をかばうように、両者の間に割り込んでいくユイルさん。


「どうって、そんな恰好の女が無防備に町の外で突っ立ってたら…なぁ?」


へらへらと気持ち悪く笑う奴らに、よりいっそうドン引きして、自然と密着し合う私と夏輝さん。

なんならお互いの服を掴んで、やや抱き合う姿勢になっています。

それとは対照的にユイルさんはというと、


「ふぅん、あなた達にはこれが無防備に見えるのね。なんか悲しい」

「はぁ!?」


…なんかユイルさん煽ってません?

と思うのも束の間、ユイルさんはくるりとこちらを振り返り、小悪魔的な表情をしながら私の方も見てきます。


【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】


「丁度いいからあいつら相手に見せてあげちゃおうかな。舞踊魔法は、支援だけが役割じゃ無いって事をね」


それだけ言ってユイルさんは山賊の方に向き直り、軽くステップを踏み始めます。

前から思ってましたけど、ここは草の生えた土の上なのに、それなりに鋭いヒールでも安定したステップを踏んでいます。

この辺りでも技量の差を感じますね。


毎度神々しく赤と水色の光を纏ったユイルさんは、ゆっくりと山賊に向かっていきます。


「うーん、どうしようかな?大人しく話を聞いてくれるような人でもないよね?」

「へへっ、命乞いなら聞かねぇぞ?」

「私としては交渉の席についてほしい所だけど…1人殺したら話し合いに応じてくれるかな?」

「「「「は?」」」

「「えっ!?」」


突然の物騒発言に、時間が止まります。

山賊も、私達もきょとんとしています。


「ああいやごめんなさい、昔は色々やんちゃしてたから…どうも交渉は苦手なの」

「いいからヤっちまえ!後ろの若い女はド素人っぽいし、4人いれば楽勝だろ!」

「「「おぉぉ!!」」」


しびれを切らした山賊たちがユイルさんに殺到していきます。

私も何か支援したほうが…でも私にできる事なんて…今から踊る?

それじゃぁ間に合わないし…


なんて色々試行を巡らせますが、


山賊がユイルさんと接触する瞬間、するりとユイルさんは山賊の攻撃を華麗に躱しました。

その動きは、まるで踊りの振付の一部の様で、攻撃を躱すまでが振付の一種なんじゃないかとさえ思える程自然な動きでした。

そしてその次の瞬間、

ユイルさんが、スッと腰を落とすような動きと共に、


「っ……ぐ!!」


山賊の一人が、車にでも跳ねられたような勢いで1人吹き飛んでいきました。

まるで夏輝さんがゴブリンに出した地面バスターのような勢いです。


「やぁっ!」


そしてそのままユイルさんが回し蹴りと踊りの中間のような動きでくるりと一回転すると、その軌跡にそって爆発のようなものが発生して、残りの山賊も軽く吹き飛ばします。

踊りと武術が見事に融合した動き、そんな感じの動きで山賊たちを翻弄しています。


「ぐっ…強いぞコイツ…!」

「やっぱ5年も冒険者サボってると、腕も鈍るし、知名度も落ちるよねぇ」


ユイルさんは余裕そうというか、何にも被害を受けていないようにも感じます。


「どうする?まだやる?」


軽く腕を組みながら、起き上がり体勢を立て直そうとしている山賊たちに投げかけます。


「次は本当に殺すけど」

「……」


そんな物騒な事を言いながら、ユイルさんはタンタンと足を踏み鳴らしつつ、踊りの振付のような動きをします。

可憐な動きですが、今度は、両腕に燃え盛る炎が、両足にバリバリと眩く光る電撃が発生していて、あからさまな殺意も見えます。


…さっきまでの優しいユイルさんの面影は何処にもありません。


「…私としては見せしめに1人やっちゃってもいいとは思うの。どうせ賊ならギルドに報告しとけば罪にはならないもの」

「「「「「ヒッィ!!」」」」」」


山賊たちとほぼ同時に悲鳴を上げる私達二人。

マジモードのユイルさん怖い!


「こ、コイツヤバいぞ…!逃げろ!!」

「「「あ、あぁ…!」」」


山賊はユイルさんに恐れおののき、一目散にどこかに消えていきました。

それを見届けたユイルさんは、くるりと振り向き、こちらに近寄ってきます。


私達にあんな事はしないだろうとは分かっていても、若干の恐怖を感じて、抱き合う手に力が入ります。


「とりあえず一安心かな?」

「え、えぇ…そっ、そうですね…」

「う、うん…」


先ほどとは一変し、柔らかな表情を見せるユイルさん。

しかし、さっきの記憶がこびりついて、2人ともぎこちない返事しかできません。


「踊り子の基本は支援なんだけど、踊りによっては、自分自身の身体能力とか、魔力の強化に特化した物もあるの。だからうまく生かせばああやって複数人相手でも余裕で戦えるのよ?」

「は、はぁ…」


全っ然話が入って来ません!


「あ、もしかして怖かった?」

「は、はい…」


山賊じゃなくて、ユイルさんがですが。


「町の外にはたまに居るのよね、ああいう法も秩序もない連中が。ああいうのを何とかするのもギルドの役目だとは思うのだけど、難しいわよね…だって、処罰の対象とするなら、余計に町の中になんて戻らな…」


そこまで言って、どうやら私たちの表情を読んだのか、察してきたようです。


「…もしかして、私に恐れてる…?」


夏輝さんと二人、ゆっくりと頷きます。

するとユイルさんは、


「そうかぁ、やっぱり子供には刺激が強かったかなぁ?」

「子供というか…」


ただただ刺激が強かったというか…


「まぁ、賊なんて滅多に出る物じゃないし、あんまり気にしなくて良いとは思うけどね」


とユイルさんは言いますが、異世界とはそういうものだという事が改めて思い知らされるのでした。

冒険とは、時としてキラキラとしたものでは無いのかもしれません。


なんてことを思っていたら、突然ユイルさんが語りかけてくるような落ち付いた声から、一気に声量とトーンを上げてうなだれ始めました。


「はぁー、それにしても、やる事が出来ちゃったなぁ」

「え、えぇ…?」

「ここ最近、ここらで山賊が出たなんて報告無かったからね。ギルドに報告しておかないと」

「な、なるほど…」

「って訳で、ゴメンね。魔法を教えるのは、今日はこれでおしまいかな」

「あ、ありがとうございました!!」

「大切な後輩だし、またいつか時間がある時に色々と教えてあげるよ」


そうして私たちは町に戻り、ギルド前で解散しました。

その後夏輝さんと二人で席を囲み、今日の事を話します。


「本気のユイルさん、かっこよかったね!」

「かっこよかった…まぁ…そう言われればそういう気もしなくも無いような…」


動き自体はスタイリッシュで、かつ華麗で、見惚れるような動きだったとは思います。

そう言う意味ではカッコいいと言えるかもしれません。


「でもあの動きは私には無理ですね…」

「どっちかって言うとシトちゃんみたいな動きだったね」


シトちゃんとは、特殊放送部一員の1人、霜月詩酉さんの事で、空手が凄く強い方です。


「…私は当分後方支援でいいかなぁ、って感じです。逆に夏輝さんはどうです?新しい魔法とか使えるようになりました?」

「ううん。まだだけど、仕組みが分かればなんか新しいのも考えられそうだよね!」

「ですね。私も何か新しいの考えたいなぁ」

「次の冒険までに強い魔法使えるようになったら、ハル君とかユキちゃんビックリするかな?」

「確かに。ちょっとしたサプライズですね!」

「そうしたら次の冒険も楽になるね!」


そんな話をしていたら、さっき解散したはずのユイルさんがやって来ました。

ユイルさんはギルドに報告に行くと言っていましたし、私達もギルドに居るので、元々可能性はゼロではありませんでしたが。


「あ、良かった、まだ居た」

「あ、ユイルさん。報告は終わったんですか?」

「ううん、これから向かいの町庁舎でもやる事があるね…」


面倒なお役所仕事なのでしょうか。ユイルさんはなんだかゲッソリしている気がします。


「あなた達、洞窟でこの衣装を見つけてくれたのよね?」

「えぇまぁ、そうですね」

「あのさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど…この衣装があった場所にさ、装飾の掘られた首輪とか無かった?」

「え?どうだったっけ?」

「えーっと…あ、はい!確かにありました」

「やっぱり!実はさ…それも私のなんだ…だから、出来れば返して欲しいんだけど…」

「ま、まぁ…良いですけど…あんなもの何に…」

「それはほら、冒険者には色々あるから」

「そ、そうですか…」


今は持ってないので、後日渡す約束は取り付けましたが、結局ユイルさんはあの鎖付き首輪の使い方は教えてくれませんでした。

やっぱり夏輝さんのようにオシャレアイテムとして使うのでしょうか?

…首輪とチョーカーを混同すると夏輝さんは怒るのでそんな事口に出せませんがね!


その後ユイルさんは町庁舎へ向かい、私達も元の世界に帰る事にしました。


「今日も楽しかったね!」

「短かったですけど、滅茶苦茶濃かったですね…」


いつものギルド裏で、帰還用のスマホを手に取ります。


「帰ったら魔法の練習とかしちゃおーっと」

「あの…現実世界の方で魔法、使っちゃダメですからね?」

「えー、なんでー?」

「他の人に見つかったらどうするんですか…この冒険部も、創作のひとつ、って事にしてるんですから…」


そう言いながら、スマホの画面に映る、配信停止のボタンを押します。

これが元の世界に戻る操作。一瞬で視界が光に覆われて、気が付いた時には…


「「さっっっっっむ!!!」」


帰って来た教室は暗く、そして引くほど寒い。


「だ、暖房消されてる…!!」

「確かに向こう言ってる間はここ、無人ですからね…!」


2人ともお腹やら胸元やら平気で出ている格好なので、気温以上に寒いのなんの!

競うように更衣室に…いや、そんな事をしている余裕もなく、どうせ女子二人だからと部室で着替えるのでした。


…やっぱりこの服、脱ぎ着しにくいです!

夏輝「っていうか暖房消したの誰ー!!」

紅葉「他の部員でしょうね…」

夏輝「そう言えば、あの世界に行ってる時って、後から来た人にはどう見えてるんだろうね?」

紅葉「え?そう言えば考えた事無かったですね…」

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