プロローグ
僕は、嘘で出来ていた。
窓の外にかかっている薄い虹を見ながら、ふと、そんな言葉が浮かんだ。
嘘。この言葉がつく事柄は大概良い事ではない。世の中には「優しい嘘」なんてモノもあるらしいが、僕は今までにそんなモノは見た事が無い。
あるとしても、そんなモノは虚偽の代物だ。中身の無い外面だけの嘘だろう。
僕は、どんな嘘であろうとも、嘘は良い事ではない事をよく分かっている。
でも何故か、この「嘘で出来ていた」という言葉は僕の中に驚くほど馴染んだ。
そしてその理由もすぐに思いついた。
理由も何も、少し前までは僕はよく嘘をついていたのだ。
自分の趣味の話や僕の日常生活。時には性癖のようなものまで、嘘をついていた。
それも、人やその時の気分によって話がコロコロと変わってしまう。
もちろん、全てが嘘じゃない。自分の事以外は大概、真実を話している。が、己の事に限っては、もう殆ど無意識で嘘をついてしまえた。
しかも僕が信じられやすい性質なのもあって、僕は誰との会話でもバレないように嘘を織り交ぜる事が出来る自信まであった。先生、生徒、その日あった他人であろうとも、だ。
だから、相手が気付かない事を良い事に、いくつ嘘をついたのかさえ憶えていられないほど、嘘をついてしまう。
………僕は、この小学校からの癖が、あまり良くない類のものということは分かっていた。
どんなに小さい嘘であろうと、誰かを傷つける事があるのを僕は知っているはずなのに。
なのに、なかなかどうしてこの癖は治らなかった。
____いや。治そうとしていなかった、とも言えるかもしれない。
「ふぁ……」
漏れでた欠伸をかみ殺しながら、僕はそんな事を考えていた。
季節は冬。寒さもピークを迎える2月。
こんな無駄な事をぼんやり考えるほど、この古典の授業は退屈だった。
時は昼下がりの4限。
ついさっきまで雪が降り積もっていたのに、授業が始まると共に晴れた。
窓からはほんのりとした陽の光が差し込み、暖房では暖めきれなかった教室を暖めていく。
こんな状況で、さらに国語教師のお経とも思える無機質な説明が長々と続き、しかも食後の満腹による多幸感のダブルブロー。
しかも、僕の席は窓側の一番後ろ………
これで眠気に負けない奴がいるだろうか。いや、いない(反語)
でも残念な事に、僕は眠れない。
ただでさえテストが酷く、赤点ぎりぎりを取ってしまっているというのに、こんなところで減点を食らっては期末の成績がかなり怪しくなるであろう事は、僕の半分睡眠状態の頭でも分かっていたからだ。
目覚ましに、と目をこすりながら後ろからクラスを見渡す。
やはりクラスのほとんどが寝ている、もしくは眠たそうに授業を聞き流している。
でもその中で一人だけ、僕の隣の席の女の子は違った。
すっと通った鼻筋に大きな双眸。控えめに見ても、とても整った顔立ち。
伸びた背筋には、長く艶やかな黒髪が流れ落ち、彼女の透き通るような白い肌と相まって、とても綺麗だ。
そして彼女の鳶色の瞳が間断なく黒板の文字を追い続けている姿は、何かとても様になっている。
無意識に彼女に見惚れていると、彼女が僕の視線に気付いたのか、僕に顔を向けた。
目が、あう。
「…………っ」
急に見つめたりして、変に思われていないだろうか。
だがそんな僕の心配をよそに、彼女はふっと微笑みながら、小さく窓の外を指差す。
ああ、そうだ。一人、たった一人だけ、例外がいた。
僕は彼女に小さく頷くと、再び窓の外の虹に目をやる。
虹はもう消えかけていて、その儚さが、何処か彼女に似ていると思った。
僕は、どうしても彼女にだけは嘘がつけなかったのだから。
一時の暇つぶしにでもなったのであれば嬉しいです。
感想お待ちしています。(モチベがあがります)
一応、毎週金曜の7時から9時に投稿する予定です。