8.惨敗
しばらくの睨み合いの後。
頭をかいて勇者は言った。
「死んでまで追ってきてくれたのか? そいつはなんとも感動もんだね」
「言ってろ。すぐに貴様も同じ目に遭わせてくれるわ」
魔王が鋭い目でにらみつける。
「チートなぞで我輩に勝ったと思うな。その力なしの貴様など赤子も同然。ただの人間以下の分際で」
「でももうこれは俺自身の力だよ」
「ほざけ半分も使いこなせておらぬくせに!」
何の話だか僕には分からなかった。
チート?
何のことだろう。
「だそうだけどヴィー、どう思う?」
「その半分以下の力に負けた者の言葉など聞くに値しない、と思われます」
唐突に女の人の声が聞こえてきた。
はっと目をやると、勇者のすぐ後ろに控えるようにして、女性が一人立っていた。
金色の長い髪、震えが走るほどに端正な顔立ち。薄く光る儀礼服。
さっきまでは誰もいなかったはずなのに。
「ふん。革新家気取りの維持神が。貴様自分がどんな馬鹿げたことをやったか分かっておるのか?」
「あなたほどではないかと」
「そうか分からぬほど阿呆になったか」
魔王は言って姿を消した。
「ならば二人まとめてここで消えてもらうぞ」
「え、ちょ、待っ……」
体が再び勝手に動き出す。
地を蹴って勇者へと飛びかかり、腰だめに構えた右手が光を放つ。
「待ってってば、魔王!」
僕の悲鳴もむなしく。
右拳が勇者の額に吸い込まれた。
鈍い手応え。
「悲しいねえ」
勇者の声がした。
「これがあの強大な力を誇った魔王のなれの果てか」
呆れたような目が、こちらを見据えていた。
腹に衝撃。
「ゴブッ――!」
吹き飛ばされて視界がぐるぐると回転した。
体があちこちにぶつかる。
長く地面を転がって、ようやく止まった。
目を回す僕のもとに勇者の足音が近づいてきた。
フラフラと顔を上げると、そびえるような黒い影が見えた。
殺される。
ぼんやりとそんなことを思った。
けれど。
「邪魔は入りましたが!」
勇者の声が朗々と響く。
「皆さまには予定通り武技大会の告知をしたいと思います!」
……武技大会?
疑問符を浮かべる僕の視線の先で、勇者はなおも続ける。
「今日ご覧いただいたリザードマン、サーベルベア、バトルドラゴン。魔界にはこれ以外にもたくさんの魔王の残党が生き残っています。それらの勢力を掃討するための討伐隊を新たに組みたいのです」
そして勇者は観覧席に向かって腕を広げた。
「よって、隊の長を選別するために大会を行う! 腕に覚えのある者はぜひ振るってご参加いただきたい!」
それからこちらに身をかがめ、手を差し伸べてくる。
「もちろん君も大歓迎だよ」
妙になれなれしい笑みだった。
多分人を舐め切って、馬鹿にした者が浮かべる笑い顔だった。
地面から体をはがして立ち上がる。
といってもこれは僕の意思じゃない。
「まだ、負けてはおらぬ……! 負けてはおらぬぞ!」
魔王の声がした。
勇者が肩をすくめる。
「しつこいなあ。あ。じゃあこうしよう」
こちらに手を向ける。
その先に光がともって徐々に輝きを増す。
「武技大会に参加しておいで。もし優勝できたら俺が相手してやるよ」
魔王が絶叫した。
「我輩を軽んずるな! 我輩を見下すな! 貴様、後悔させてやる!」
声が終わると同時かそれより少し早く。
光は僕を包んで吹き飛ばした。
魔王は防ごうとしていたようだったけれど、まったく太刀打ちできずに僕らは意識を失った。