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7.割り込み

 魔王。

 名はなく、ただ魔王とだけ呼ばれる者。

 その存在が魔界で力を振るい始めたのはそれほど昔ではなく、ほんの数年前のことになる。


 彼は現れてすぐに世を混乱に陥れた。

 まず起こったのは不吉な地響きだった。

 それから頻繁に地震が起こるようになり、規模は小さいながらも人々は次第に不安を募らせ始めた。


 国の占い集団が祈祷を始め、その原因を突き止めたのはそれからほどなくしてのことだ。

 果たしてその結果は、魔界の王が世界の『根』を揺るがしているがゆえ、とのことだった。


 魔王がなぜそのようなことをするのかは謎だった。

 誰にも分からない。 

 けれどもまあ魔王らしいといえないこともない。

 人のには理解できない理由で人間の生活を脅かすなどというのは。


 いつか魔王が世界の根を破壊してしまうのを防ぐために討伐隊が幾度も組まれた。

 そのたびに返り討ちにあって失敗した。

 勇者キョウの出現までは誰にもどうすることもできなかった。


 出現、というのは彼はどこからともなく現れたからだ。

 出自も来歴も不明なまま彼は旅立ち、そしていともたやすく魔王を討ち取って帰還した。


 人々は正直なところ全くわけの分からないまま事態の収束を見届けたことになる。

 蚊帳の外に置かれたまま、まあとりあえず解決したしいいかと違和感を呑み込んだのだった。

 少しくらいはその違和感に耳を傾けるべきだったのかもしれない。


 そのために僕は今、後悔しているのかもしれないのだから。

 大切な人を自分で守れなかった、そのことを。




◆◇◆




「……あれ?」


 ふと気が付くと、僕は街はずれに立っていた。

 そびえ立つ大きな門。

 中から聞こえる大歓声。

 ここは……


「王立演習場?」


 王国軍の演習場の一つだ。

 街中から離れて広く場所を取れるところにそれはある。

 中からの気配で今日は訓練の日なのかと思ったけれど。


 でもそれにしてはなんだか様子がおかしかった。

 中から聞こえるのは兵士たちが上げる気合の声というよりは、何かに興奮する嬌声といった感じだ。


 首をかしげていると耳元で声がした。


「勇者はここであるな」

「魔王……!」


 見回すが姿はない。


「やはり奴は臭う。この世の異物であるがゆえか」

「え?」


 意味が分からず訊き返したけれど、声だけの魔王は無視して「行くぞ」と促してきた。

 その声に合わせて僕の足が勝手に前に進んだ。


「わっ、わっ!」


 僕の意思に反して体は門をくぐり演習場の観覧席へと上がっていく。

 魔王に体を操られているらしい。

 抵抗もできないままに上り切ると、演習場の様子が目に飛び込んできた。


 演習場は慣らされた砂利の地面になっていて、それを取り囲むように高く観覧席が設けられている。

 席は街の人々が詰めかけていっぱいになっていた。

 彼らは転落防止用の柵に押し寄せて腕を振り上げて熱狂の声を上げている。


 一体何を見ているんだろう。

 背伸びをして下を見ると。

 遠く演習場の地面に立つ少年の背中が見えた。


「勇者……」

「うむ。奴だな」


 いつの間にか魔王が横に姿を現していた。

 体中に殺気を漂わせ、くちばしをかみしめて。

 今にも飛び出していってしまいそうに見える。


「ふ。とうとう見つけたぞ。ここで雪辱を果たしてくれる……!」


 僕の足がまた勝手に動き出そうとした。


「ちょ、待っ……!」


 がくんと。

 僕の願いを聞き届けたわけでもないだろうけれど。

 足が急に止まった。


「む。あれは」


 魔王がつぶやく。

 彼が見ているのはどうやら勇者の足元らしい。

 先ほどから黒々とした何かが点々と転がっていたが、それがなんだかは分からなかった。


「リザードマンにサーベルベアか」

「え?」


 それらは魔族の名前だ。

 どちらもひどく狡猾で凶暴な、油断ならない化け物だと聞いている。


 だけど勇者の足元に転がっている塊は、ざっと見ただけでも二十はくだらないように思えた。


「まさか、あれ全部彼が?」

「でなければ誰がやるというのだ。奴ならば造作もなくこなすだろうよ」


 だが、と魔王は続けた。


「一体何のためにやった?」


 その時、硬いものが鈍く軋む音が聞こえてきた。

 見ると資材搬入用の出入り口が開こうとしているところだった。

 ゆっくりと門扉が口を開け――

 大きな顎がそこから姿を現した。


「へ……?」


 僕の間抜けなつぶやきが空気に溶ける間に長い首、重そうな引き締まった胴体。大きい翼に太い尻尾。

 白銀の巨大ドラゴンが姿を現した。


「バトルドラゴンか。戦うことに特化した……というより戦うことしか能のない戦闘狂どもだ。まあ手強くはある……三体ともなれば」


 魔王の言う通り、ドラゴンは一体ではなかった。

 搬入口から次々現れたドラゴンたちは、ゆっくりと勇者の方へと近づいていった。


「飛ばんのだな」

「え?」

「彼らの基本戦法は空中からの一方的な爆撃だ。それをしないということは……いやそうできなくさせられているということは」


 ドラゴンたちが勇者を囲み終える。

 その翼が痛みにわななくように震えていた。


「もうすでに勝負はついておるな」


 魔王が言い終えると同時か少し早く。

 三つの顎から同時に火炎弾が吐き出された。

 それらは瞬時に勇者に到達して爆炎を上げる――はずだった。


「シッ――!」


 勇者の剣が閃いた。

 そう思った時には、全ての火炎弾が両断されて地に落ちていた。


「……どうした? そんなもんか?」


 目にもとまらぬ速さで納剣した勇者が腕を広げる。


「数だけはそろえてやったんだからあんまり失望させるなよ」


 その言葉をドラゴンたちが理解したかは分からないけれど。

 それを合図にさらにおびただしい数の火炎が勇者に向かって降り注いだ。


 また刃が閃く。

 今度は何度も何度も。

 神速でもって、かつ針の穴を通すがごとく精確に。

 あらゆる角度、あらゆる距離、あらゆるタイミング、あらゆる呼吸の間を制し。


 斬って斬って斬って、さらに斬って斬りつくして。


 さすがに疲れが出てきたか、ドラゴンたちの攻勢が弱まる。

 その時不意に勇者が口を開いた。


「おっと露骨に休むと痛い目見るぜ?」


 わずかにできた空隙にパチンと指を鳴らす音が響く。


「ゴアアアアアアッ!?」


 同時、頭を燃え上がらせて三体のドラゴンが反り返った。

 呼吸困難でもおこしたのだろうか、転がって、のたうち回る。


 笑い声がする。

 見ると、勇者が愉快そうに剣を鞘から抜くところだった。


 あまりの光景に絶句していた観客たちがごくりと唾をのんだ。

 僕も含めてだ。


 最初に復帰したドラゴンの首を、勇者はこともなげに両断した。

 次に立ち上がった二体目のドラゴンを、勇者は見もせずに通り過ぎた。

 が、通り過ぎた後にそのドラゴンの頭が割れて中身があふれ出し、崩れ落ちる。


 最後の一体。いまだ地面に倒れてもがいているそのドラゴンを前に、勇者は腕を掲げた。

 その手の先に光が集まり始める。

 輝きは次第に強まっていき、甲高い音を発してその破壊の威力を予感させる。


 その一撃が放たれる直前。


「行くぞ」

「へ?」


 足が勝手に地面を蹴った。

 体がふわりと一瞬宙に浮き、それから一気に風を切る。

 勇者のところへ飛んでいく!


「構えろ!」


 言われるまでもなく手が勝手に前に突き出されていた。

 魔王の力が体に流れ込んでくるのを感じる。


「業火! 地獄の爆冥王!」


 目の前を赤い輝きが包み込んだ。

 手から出るにはちょっと多すぎるほどの炎の奔流。

 ドラゴンに触れ、溶かし、その威力のままに押し流す。


「……」


 丸焦げになったドラゴンをぽかんと目で追った後。

 勇者は改めてこちらに向き直った。


 剣を収めて腕を組み。

 僕の横の魔王をしかと見据えた。


「ああ、なんだ。誰かと思えばザコひよこじゃねえか」


 ピキ、という音が魔王の頭から聞こえた気がした。


「は。よく言うわチートに頼らんと何もできぬよそ者が」


 火花を散らす両者のわきで。

 僕は居場所もなく途方に暮れた。

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