6.魔王
目を開けると見慣れた煤っぽい天井だった。
警兵隊の寮のベッドの上だ。
硬いマットレスの感触。
体を起こして見回す。
隣のベッドは空だった。同じ部屋の同僚は外出しているらしい。
窓から差す光を見るに、もう日はかなり高い場所にあるようだ。
虚空を見つめたままぼうっとしていると、次第にもやもやとした違和感が湧いてきた。
「……僕、どうやって部屋に戻ったっけ」
昨夜の記憶が途中からない。
覚えているのは夜道を歩いていたこと、指輪を投げ捨てたこと。
その後のことを全く思い出せない。
まさかそれから飲んだくれて這って帰ったわけでもないだろうし。
「……夢遊病、かな」
首を傾げた時だった。
「夢遊病だと?」
急に誰かの声がして僕はビクリと伸びあがった。
慌てて見回す。
どこにも誰の姿もない。
「どこを見ている馬鹿めが。こっちだ」
はっとして振り返る。
そこに見つけた異形の姿に、僕は思わず悲鳴を上げそうになった。
結局上げなかったのは、声が喉から飛び出る直前にベッドから転がり落ちたからだ。
「せっかく我輩が棲み処まで連れて帰ってやったというのに、夢遊病とはとんだ恩知らずだな」
「ば、化け物……」
僕はベッドの陰からようやくそれだけを言った。
まず目に入ったのは大きな鉤状のくちばしだった。
それから硬そうな羽毛で包まれた頭、漆黒の瞳、体を包むマント。
鳥の頭をしたその何者かは、天井から逆さまに立ち、こちらを見下ろしている。
くちばしが動いた。
「化け物か」
人間と同じ言葉だ。
嘲り見下す声音だった。
「ふん。そう呼びたければ別にそれでも構わんが。恩に感じるならば正しく魔王と呼んでもらいたいものだな」
「魔王……?」
魔王って、あの魔王か?
でもそれなら間違いなく勇者が討伐したはずだ。
そう思ったところで魔王を名乗る鳥顔はおかしそうにくつくつと笑った。
「ああ確かに我輩はあの腐れ勇者に敗れた。それは事実だ。だがそれで終わったわけではない。我輩は蘇る。お前の体を使ってな」
「僕の体を使う? どういうことだ」
思わず後ずさると、魔王の姿が消えた。
「我輩はな。もう死んでおるのだ」
「わっ!?」
突如間近から聞こえた声に僕は飛びあがった。
真横に魔王が立っていた。
今度は逆さまではなく、普通に床に。
背が高い。
やはり見下ろされて僕は委縮した。
魔王はそれを見て楽しそうに言う。
「いわゆる霊体だ。もう現実に干渉する肉体はない。ゆえにお前の体を使わせてもらうと。そういうことだ」
「ぼ、僕に憑りついたのか?」
「そうだ。お前の体を乗っ取って、今度こそ勇者を倒してくれる!」
そのくちばしがぐわっと開いて僕の視界をいっぱいに覆った。
僕は腰を抜かして床に尻餅をついた。
「逃げられると思うな。お前はもう我輩の手の内だ……従え。屈し、諦めよ……」
視界が赤い闇に包まれていく。
僕は再び意識を失った。