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3.取り立て

 表門の方に回ると、ガラの悪そうな男が鉄柵を蹴って叫んでいた。


「おい本当に誰もいねえのかよ! そんなことねえだろ!?」


 二人組だ。

 背の高い男と低い男。

 さっきから怒鳴っているのは背の低い方の男で、もう一人はそのやや後ろに黙って立っている。


「ちょっとやめてようるさい! 子供たちが起きちゃうじゃない!」


 明らかにカタギじゃないのを相手に、ルリハは怯みもせず食ってかかった。

 男は「ようやく出てきやがったか」と舌打ちしてこちらをにらんだ。


「よおクソ女。しばらくぶりだな。元気してたか?」

「さあね」


 え。知り合い?

 話向きから思わずルリハを見たが、彼女はその視線を無視して言った。


「一体何の用なのよ。こっちはすごく忙しいんだけど?」

「男とヨロシクやるのにか?」

「ジャクスはそんなんじゃない」

「どうだかな。金が必要なんだろ? どんな手を使ってでも欲しいよな?」

「あなたたちと一緒にしないで」

「ケッ」


 男が肩をすくめる。


「まあいいや。そんなことより親分からの伝言だ。貸した金を返せとよ」


 貸した金……?

 僕はまたルリハを見た。

 今度は彼女も僕をちらりと見た。

 聞かれたくないことを聞かれた苦しい顔だった。


「……返済期限はまだ先でしょ」

「それはお前が決めることじゃねえ」

「でも約束では」

「うるせえな。お前に決定権はねえって言ってんだろうが。力づくで取り立ててもいいんだぜ?」


 ルリハはわずかに後ずさって首を振った。


「で、でも、お金はない……今は……」

「なァーらしかたねえなあ!」


 なぜか嬉しそうに言って、男はこちらへと一歩踏み出した。


「そういうことならお前を連れてくよ」

「……っ!」


 いつの間にかルリハの前に背の高い方の男がいた。

 本当にいつの間にかだ。

 ついさっきまではもう一人の後ろにいたのに。

 ルリハの方に腕を伸ばして、彼女の手首を捕まえた。


「やだ! 放してよ!」

「いいのか?」


 その一言は冷たく響いた。


「別に後ろのチビ共でもいいんだぜ?」


 はっとして振り返ると、孤児院の建物の窓からこちらを覗くチビたちが見えた。


「場合によっちゃああいうのの方が高く売れるんだ。それで元金ぐらいすぐに返せるだろうさ」


 どうする、とその目が語っていた。


「っ……」


 ルリハの体から力が抜けた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


 僕は慌てて声を上げた。

 足はぶるぶるで頭はかっかしていたけれど、さすがにここで何もしないわけにはいかない。


「ルリハが借金? 何かの間違いじゃないですか?」


 はあ、とため息が聞こえた。


「引き上げるぞ」


 背の低い男が言って、こちらに背を向ける。


「いや、あの、本当多分間違いですって。だから」


 言っている間にも男たちは歩き出す。

 ルリハを無理やり引っ張りながら。


「ジャクス……」

「お願いだから待って――!」


 ルリハをつかんだ男に手を伸ばした次の瞬間。

 僕は前後不覚に陥った。


「あが……っ!?」


 目の前が白く真っ暗だ。

 矛盾しているのは分かる。

 でも見えているのに何も見えない。


「る、ルリ……」


 手を伸ばすけれど何にも当たらない。

 血の味がした。

 口の中がべちゃべちゃだ。

 殴られたんだとその時ようやく分かった。


「待って……お願い……」


 相変わらず何も見えない。

 目の前にちかちかと何かが光っている。


 頬に硬いものが当たっている。

 地面だ。

 冷たくて湿っぽい。


 泣き声が聞こえた。

 ルリハの声。

 僕を呼んでいるようにも聞こえる。


 うるさい、と怒鳴る声も聞こえた。

 それでもルリハは叫び続ける。


 くそ。

 こんなのってあるか。

 ポケットの指輪も渡さないまま。

 プロポーズもできないまま、お別れなんて。


「ルリハぁ……」


 ぐすぐすと鼻が鳴った。

 我ながら情けない。

 一番しっかりしないといけない時なのに何もできない。

 本当に、本当に情けない。

 僕がもう少し強かったら……


 その声が聞こえたのは、僕がそんな風に悲嘆に暮れている時だった。


「俺ァ感心しないなあ」


 少年の声だった。

 どこかで聞き覚えのある、軽薄な口調。


「……なんだテメエは」


 男のドスの利いた声が聞こえる。

 少年の声はそれにやっぱり気楽に答えた。


「何だろうね? まあそっちで適当に決めてよ」


 ちょうどその時僕の視野が回復した。

 男たちの前に立ちはだかるフードを被った小柄な人影。


「ふざけんてんのか?」


 背の低い男がその誰かに向かっていく。


「どけよガキ」


 突き飛ばそう、としたんだろう。

 だけど、なぜか逆によろめいて後ずさった。


「な……?」

「おやおやあ? どうしたの。ちょっと足元つまづいちゃった?」


 おどけるように少年が肩をすくめる。

 フードからのぞく口元がにいぃっと笑った。

 ひどく不敵な笑みだった。


「こんの……!」


 一瞬で頭に血が上ったのか。

 きらりと閃いたのは刃の光。


「後悔はあの世でしやがれ」


 男は飛び込む。

 意外にも素早い動きだ。


 ――そしてその素早い動きと同じぐらい凄まじい勢いで、吹き飛ばされて転がった。

 倒れて、それからピクリとも動かない。


「……」


 ルリハをつかんでいた男も懐からナイフを抜いた。

 そして同じく飛びかかろうとしたようだが。

 こちらは飛びかかるまでもなく吹き飛ばされた。

 少年から離れた場所にいたもかかわらず。


 男に巻き込まれてルリハも転倒しそうになった。

 よろめいて、しかしそれを支えたのは少年だった。


「大丈夫? 美人さん」


 相変わらずふざけたような口調だったけれど。

 彼はその時、間違いなく格好良かった。

 フードがはらりと後ろに落ちる。


 倒れて動けないままの僕はあっ、とうめいた。


「勇者様……」


 ルリハが小さく声を上げる。

 それは間違いなく世界を救った勇者キョウの顔だった。


「ちわ」


 にっ、と笑う。

 そして二人は見つめ合って。


「……ジャクスが」


 ルリハは小さくつぶやいたけれど、勇者は笑ったままこちらにはちらりとすら視線を寄越さなかった。

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