1.勇者の凱旋
大声と共に押し寄せてくる波がある。
「勇者様ー!」
僕に向かって突進してきた人々が、今日のために急遽置かれていた柵でつっかえた。
それで足は止まり、後から後から押し寄せる人もまとめてせき止める。
殺気立った人々がほんの目と鼻の先でぎゅうぎゅうと押し合いへし合いしているのはなかなかな眺めだ。
足を止められても、みんな口々に狂ったような声を上げて仮設の柵を軋ませていた。
僕はそんな人々を最高の笑顔で迎えた。
髪をかき上げて爽やかに言う。
「はははみんな、サインは順番を守ってくれないかな。なに、慌てなくったって僕は逃げないよ」
それでも人々は叫ぶのをやめない。
「きゃあああ勇者様! 勇者様! ぎゃあああああああ!」
もうほとんど騒音だ。
耳がつぶれそうなほどにうるさいし正直怖い。
「まーまーみんな、だから落ち着いて順番に……」
「ジャクス! 何をふざけている! さっさと仕事をしないか!」
この喧噪の中でも怒声はよく聞こえた。
警兵隊の上司の声だ。
それで僕は現実に引き戻された。
ため息をつく。
「はーいすんません……」
実のところ人々は僕なんか見てもいない。
だって僕は勇者なんかじゃないからだ。
確かにみんな僕の方に向かって突進してきているけれど、その目指すところは僕じゃない。
僕はどちらかというと障害物であって、単なる誘導整理役だった。
「勇者様ー!」
「やあやあみなさんどうもどうも」
その返事は僕のすぐ後ろの方から聞こえた。
ぐいぐいと迫る人々を押さえながら肩越しに振り返ると、すぐ後ろを馬車が通っているのが見えた。
見上げるほどの大きな馬車だ。
多分この催しのためにわざわざ用意したものだろう。
その馬車の上に美女たちをはべらす少年がいる。
彼は人々にひらひらと手を振りながら笑った。
「ちわ。おつかれーっす」
彼こそは邪悪な魔王を倒して凱旋した勇者キョウ。
そしてこの僕、街の一警兵ジャクスから幼馴染を奪い立ちふさがることになる男である。