4、魔法の才能
「ーーリスーーっ、アイーー様ぁっ!」
セシルの声が聞こえる。
水越しに聞くような、ぼんやりとした声。
「んああ?」
ゆっくりと目を開ける。
一番に視界に入って来たのは、泣きそうなセシルの顔だった。
「あ、アイリス様ぁ〜。良かったですぅ……」
「んあ?」
「もう、一週間も眠ったままだったんですよぉ……」
「あう⁈」
私、一週間も眠ってたの?
「どうしたんでしょうか?あの、死んだように眠る様子は魔力切れに似てるんですけど、アイリス様が魔法を使うわけないですもんねぇ」
ごめんなさい、魔法使いました。
「んー、大丈夫なんでしょうか?」
「あうあうー」
大丈夫ですっ!
それにしても、私は魔法が使えないんじゃなかったのかな?
普通に使えちゃったけど。
宙に浮かびうねりを上げる炎。私の身体の何倍もある炎の槍。
“怖い”
第一印象は、それだった。
ずっと憧れていた魔法だけど、凄く、怖かった。
あの力は、他人を傷つけることも出来てしまう。
ぎゅっと目をつぶり、炎の槍を脳裏に思い浮かべる。
その時だった。
この間生み出した炎の槍よりも、遥かに大きなそれが、私の頭上に現れる。
「あ、あうっ?」
なん……で?
私、詠唱なんて、してないのにっ!
「アイリス様……それ……」
また、また意識が遠のく。
……また、私の意識は闇に飲まれた。
ーーーーーーー
「アイリス……様?」
何が……起こった……の?
私、セシルは今起こったことを信じられませんでした。
アイリス様の頭上に……炎の槍が現れ……て、
アイリス様が気絶された瞬間、四散した炎の槍。
これは、アイリス様が炎の槍の術者であることを表していました。
アイリス様は猫の獣人です。
獣人が魔法を使うことはできない。それは誰もが知る一般常識です。
その上、魔法を使うには、魔力を練る方法を学ばなければ出来ない……。
それに加えて、アイリス様が使った魔法は、炎の槍。それも、特大サイズのものでした。炎の槍は、火属性の最上級魔法。
王宮の魔法使いが一年かけて覚えるような魔法です。
極め付けは無詠唱……ということ。
本来、炎の槍は100文字ほどの詠唱を終えて、やっと使える魔法です。
詠唱を省略することも不可能ではないですが、詠唱省略をすれば、魔法の威力は大幅に低下します。
極限まで省略したとしても、魔法の名は唱えなければ発動しないのが魔法というものです。
「それなのに、アイリス様は、無詠唱で特大の炎の槍を……」
ありえないこと、です。
でも、夢なんかじゃない、事実……です。
ベビーベッドで、スヤスヤ眠るアイリス様の顔は、いたって穏やか。
どこにでもいる、子供のもの。
本音を言えば、少し、ほんの少しだけ、アイリス様のことを恐ろしいと思ってしまいました。
「私が、守って差し上げなくちゃ」
これほどの才能。国から、世界から、確実に目をつけられるでしょう。
だから、
「私が」
私が、守りますから。
「奥様にご報告しなきゃ」
私は、アイリス様が眠る部屋を後にしました。