13、恐れられた精霊術師
その場は酷い有様になっていた。
大量の水に流され、馬車に乗っていた人達の衣服はびしょ濡れ。肝心の馬車は水圧で修復不可能なまでに壊れていた。
そして私は、
「御免なさい御免なさいっ 本当に申し訳ありませんでしたぁっ!」
洪水に巻き込んでしまった人達に、全力で謝っていた。
『ごめんアイリス。僕のせいで……』
「大丈夫、シアンは悪くないよ。助けてくれてありがと」
スカイブルーの綺麗な瞳を潤ませるシアン。
それにしても、今回は危なかった。いきなり奇襲を仕掛けられるなんて。
何故あの魔人は私を知っていた?抹殺するってどういうこと?
謎が多過ぎる。
水がはけた後、魔人はいつの間にか消えていた。また、私を狙ってくるかもしれない。
あの魔人は任務だと言っていた。今回の奇襲はあの人の独断では無いらしい。もしかしたら、別の人が私を消しにくるかもしれない。
『アイリス?』
心配そうに私の顔を覗き込んで来る。
「大丈夫、大丈夫だよ。シアン」
『うそだ』
「嘘じゃないよ」
『だって、アイリス、泣いてるよ?』
「え……」
いつの間にか、生暖かいものが私の頬を伝っていた。
「あれぇー、笑ったつもりだったんだけどなぁ」
どうやら、上手く笑えてなかったみたいだ。
…………初めて、本気で死ぬかと思った。平和な日本では感じることなんてなかった恐怖。
13年この世界で生きて、分かっていたつもりだった。此処は日本とは違う。人が簡単に死ぬ世界だと。
だけど、
『だいじょーぶだよ、アイリス。これからは僕がずっと側にいるから』
いつもの様に水蒸気と同化するのではなく、私の肩に降り立ち、銀髪の中に潜り込んだ。
「……ありがと。シアン」
「あのぉーお嬢さん?」
おどおどしながら私に歩みよる乗客の1人。
「あぁっ!」
乗客を完全に蚊帳の外に追いやってしまっていた。
「あ、あのっ!本当にごめんな「ひいいぃっ!殺さないでっ、殺さないで下さいぃ!」
「え?」
洪水のことを改めて謝ろうとしただけなのに、何故か怯えられてしまった。
……悲しい。
『精霊は強大な力を持つ者として、一部の人間から恐れられているからね』
確かに、あの洪水を見た後なら、怯えても仕方ないかもしれない。
「あの、馬車の弁償……」
「大丈夫です、大丈夫ですから!」
「あ……はい」
罪悪感が残るが、そう言ってくれているならお言葉に甘えよう。
「じゃあシアン、学園に行こうか」
馬車を使うのはもう無理だし、飛んで行こう。
『りょーかーい』
私は帽子を深く被り直すと、風属性の《ウィンド》を使い、高く飛び上がった。
ーーーーーーーーーー
「うわぁーっ!」
見渡す限り森、森、森。
川が流れていく様子や風にたなびく木々がよく見える。
これぞ平穏っ!幸せ〜!
「Goooo「煩い」
私の幸せな時間を邪魔する魔物は、魔法で消し去っている。
我が平穏を邪魔する者には容赦しないっ!
『アイリスが一撃で消し去ってるそれ、一応凄く強い筈のワイバーンなんだけど』
そうして数十回ほど魔物に襲われ、何度か人間に矢を射られ、飛び続けること数十分。
自然も大分減り、舗装された街道も増えて来た。
『もう少しで王都だよ』
「あれ?早くない?」
馬車で行く場合、数日はかかるはずだ。
『山脈とか全部無視した上に、物凄いスピードで飛んでたからなぁ』
「まぁ、早く着いたならラッキーだね」
私は騒ぎにならないよう人目につかない場所で地上に降り立った。