第八話 自らの意思(And you'r feeling yourself,)
工房にはたくさんの剣、鎧、金属製の棒があった。壁にずらりと並べられたそれは、まさにファンタジーの武器屋といった体だ。
「お父さーん、いる?」
「ベレンか、いるぞーこっちだ」
ベレンが呼びかけるとすぐに野太い返事が返ってくる。
素材の山に囲まれて姿を現したその人は、一言でいえばとてもゴツかった。ほぼ半裸といってもいい装いには分厚い筋肉が覆い、顎を飾る髭にスキンヘッド。
太郎の思う鍛冶屋のおやじのイメージそのままだった。
「どうした、ここに来るなんてめずらしい。何かあったのか?」
ギンタークはそう言いながらも太郎から目線を離さない。明らかに説明を要求している。
「こいつが花畑にいたのよ。あたしが入り口から入ったときは見かけなかったし、何より明らかにこの町の人間じゃないわ。きっと流民か何かよ。」
「ふむ、それで?」
「不法侵入者は門番に突き出すのが習いだけど、こいつが頼み込んできたから、仕方なく連れてきたわ」
「で、俺に指示を仰ぎに来た、と。」
ベレンは頷き、次に太郎に向かってギンタークを顎で示した。
自己紹介を促されたと判断した太郎は一歩踏み出し、目の前の高い背を見上げる。
「太郎っす。多分勇者で、異世界人っす」
思わず似非敬語が飛び出す太郎だった。
「ユウシャ?…まぁいい。それじゃあタロー、お前はこれからどうしたい」
*
どうしたいも何も、何もないな。というのが、太郎の正直な感想だった。
まずここはどういうところなのか。そういえば国の名前すら聞いていないし、ファンタジー定番の魔物やら魔法だって見ていない。そんな状態で「何をするのか」と言われても、それこそ暗闇の中でどちらに向かって進むか悩むようなものだ。
つまり、今の太郎には知識(灯り)が必要だった。
太郎はまず自分がどんな状態かを二人に語った。別の世界から来たこと、日本という場所、学生であったこと、あの奇妙なラジオのこと。
そしてこの世界のことを何も知らないということ。勇者のこと。
異世界の現地人である二人にわかりやすく説明するのは太郎には難しかったが、この世界にも学校があるらしく、別の世界という点以外に関しては、二人は意外なほどスムーズに理解していった。
「だから、おれはまずこの世界のことを知らないといけないと思うんすよ」
「なるほどな…別の世界からくる救世主ねぇ…、信じがたい。が、否定する要素もなし、か。いいだろう、とりあえずはここに居候として…」
ギンタークがそう続けようとした時だった。
ーーなによ、
「そんなわけないじゃない。…なによ?!じゃあんたここにいる必要ないじゃない!出ていきなさいよ!!お父さんも、こんなやつここに置く必要ないでしょ!?」
突然、叫びだすベレン。服の裾は固く握られ、その顔は赤くゆがんでいた。
「ベレン、落ち着け。まだそうと決まっては…」
「もう知らないッ!!」
そういい捨てると、ベレンは足早に工房を出て行った。
バタン
混乱する太郎の頭に、工房の扉が閉まる音がやけに高く響いた。