第十五話 流されない小石もある。(There is a pebble not shed too.)
ある日のこと。いつものように太郎は武器屋で店番をしていた。ギンタークが雑事(材料調達、商談、職人の集まりなど)でいないときの仕事の一つだ。太郎が来る前はベレンがやったり、その都度店を閉めたりしていたらしい。そこを太郎が補う形だ。
店番をしているうちにだんだんと知り合いも増え、太郎がこの世界に馴染む一助にもなっている。
今いるカウンター(?)からは店内が見渡せるので、来客があればすぐわかる。
「らっしゃーい」
「うっす、タローさん!オジャマするっすよ」
やってきたのは軽鎧に槍を持った細身の青年。この町の門番の一人だ。
「メンテお願いしに来たっすよ」
「またぁ?」
「いーじゃないスか、お金はちゃんと払うんスから!それにすぐ壊れるこれ(槍)もどーかと……おっと」
『あぁん?うちの(武器)になんか文句あんのか』と、こちらをにらむギンタークを幻視する太郎だった。
前述の通り彼は門番。町の周辺を巡回する兵士でもない彼だが、おそらくそこらの兵より何倍も武器にお金をかけている。
いいものを使っているのではなくよくメンテナンス(と修理)を受けるから、というのが、太郎にはいいことなのか悪いことなのか判断の難しいところだ。
いっそ高いの買えばいいのに。
そう思うがそれでもよく金を落とす客を逃す手はないと黙っている太郎。いつの間にか商売っ気が強くなっているようだ。
「それにしてもあついっすよね~、まーまだ夏だからしゃあないっすけど」
「そぉなー」
今日はギンタークはいないためメンテナンスの予約だけだ。太郎の仕事は名簿にサインをもらって終了。
さすがにギンタークのように武器を看れるわけではなかった。
「最近出動も多くてまいるな、いや、まいっちゃうっす!」
「その口調、無理にやらなくてもいいぞ?」
「いやいや~、性に合ってるんすよ!まったくタローさんには感謝感謝っす!」
「それならいいけどな」
実はこの青年、すこし前までは、騎士もびっくりなお堅い口調だった。メンテナンスで通ううちに仲良くなり、しばらく前に相談があったのだ。
「堅苦しくないが相手を尊重する言葉を知らないか」と。
何やら自分の口調に違和感があるらしく、上司の口調、子供口調、果ては冒険者の口調と試してみたがしっくりこなかったようだ。
そこで太郎が「軽い敬語」と、日本語の「あいさつ」を教えてあげ、結果青年がたいそう気に入って、今に至る。今では粗野な口調も慣れてきたのか、まんま冒険者のようになってしまっていた。
「今日はクリエナちゃん居ないんスね」
そして、この青年は太郎の知る中で数少ない無能を特別視しない者でもあった。
「今日は来てないな、それにしてもさ」
「ん?」
「お前はおれやクリエナと普通にしゃべるよな」
来る客の多くは太郎が無能だと知らず、知らされるような常連は「また無能を拾ったのか」とギンタークをあきれた目で見るか、ごみを見るような目で見てくるかだ。生理的に受け付けないのだろう、それでも通うのをやめる人がいないところに、ギンタークの腕と寄せられる信頼がうかがえた。
「あーまぁそおっすね、一緒に生活してたらわかんないっすけど、こうしてしゃべるだけなら何もないっすね。路地裏の方は雰囲気怖いんで近寄んないっすけど。」
あっちは用事ないっすしね。と話す青年に太郎は思う。
太郎には、いまだ差別というものに実感はわいていなかった。今まで身近にあるものとしての意識がなかったせいだろうか。それとも路地裏の人々のように生活に困難したことなないからだろうか。あまり物事を気にしない性質もあり、『そういうもの』としての慣れが勝ってしまう。
『--なによ!?』
そして、そのたびに太郎の脳裏にあの日のベレンの泣く声が響くのだ。その蓄積された感情は太郎の胸に大きな衝撃を与えていた。
そしてこの衝撃は、太郎がこの町の現状を理解するうえで、必要な痛みを与えてくれた気がしたのだ。
だからもっと、こいつみたいに偏見の少ないやつが増えればいい。
この青年の言葉には、消極的ながら、太郎の目指す光景を予感させたのだった。
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